パズルのピースを探して(後) 1
扉が開かれすぐに見えたのは、玉座の代わりに深紅の絨毯に寝そべった巨大な狼。
暗灰色の毛並みは艶があり美しく、極彩色のビーズがいくつもその毛並みを飾っていた。
その体には一振りの剣がくくりつけられている。赤と金で装飾された優美な剣だった。
皆が心の中で思浮かべたのは、広場の剣の伝説。
二五〇年前に一頭のフェンリルによってもたらされた勇者の剣。
この目の前に横たわる狼は、そのフェンリルではないだろうか。
ダンらが謁見の間らしき部屋に入ると、フェンリルはのそりと起き上がり彼らを凝視した。
ダンが横にずれると、後ろからリコリスが前に進み出た。
彼女もまたフェンリルを凝視していた。
「女、名は?」
フェンリルがリコリスに問う。
その声に姿から想像されるような恐ろしさは無く、広がりのある声音は背中をそっと支えてくれるような優しさが含まれていた。
「名は?」
黙ったままのリコリスの前までやって来たフェンリルは、一度姿が溶けたかと思うと次の瞬間にはヒトの形になっていた。
長身のダンですら見上げる体躯の美丈夫。
長い暗灰色の髪にはフェンリルの時と同じく極彩色のビーズが付いていた。
極寒の地らしく毛皮のマントを纏った魔王の中の魔王は、その名に恥じぬ貫禄を持っている。
恐らく彼に伝承の通り人間界侵略の意志があれば数日のうちに大陸を制圧するのではないか。
そう思わせるような風格と威厳が滲み出ていた。
「俺は“記録者”の魔王、イェナ。緑青色の目を持つ女、名は?」
リコリスはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……リコリス」
「リコリス、リコ……」
イェナは独り言のように繰り返すと笑ったようだった。
「また花の名を持って生まれたのか。良い名だ」
「……よくない。死人の血を吸う毒草の名だもの」
「ああ、人間界ではそうだったな。こちらではエルフが薬としても栽培している。病魔を払い再会を望む花だ」
イェナが一歩リコリスに近付く。
彼女を見る目は優しさに溢れていると言うより、慈愛に満ちているようだった。
リコリスはその目を見上げたまま目が離せない。瞬きもせず魅入っていた。
「どうして広場の剣を抜かなかった。あそこにはお前の記憶が全て収まっていたというのに」
「記憶?」
「そうだ。剣には惹かれなかったか? 抜かねばならぬと、そう感じなかったか?」
「惹かれた……とてつもない力で引っ張られているみたいに惹かれた……。だけどそこに何か途方もなく大きな運命がありそうで、怖くて触れなかった……触れたらその運命が伸し掛かって来るような気がして……」
「そうか。それは確かに間違ってはいないな。まあきっかけは別にその剣でなくてもいい」
そう言うとイェナは腰の剣に手をかけた。
鞘から抜かれた銀色の刀身が見えた瞬間、ダンたちが反射的に武器を抜きリコリスの前に庇い出た。




