329話 勇者が選んだ結末*
白い世界が消えた。
次にアベルの目に映ったのは、見覚えのある光景だった。
アルセリア王都。
しかし、それはアベルが知る王都ではない。
城壁は崩れ、街には黒い旗が掲げられている。
その中央で、
リシア、
フェリ、
ルナ、
ミリア、
クラリス、
エリス、
セレスティアの
七人が立っていた。
だが、誰一人として動かない。
黒い魔力に包まれ、意識を失ったようにその場へ立ち尽くしている。
「……またか。」
アベルは静かに呟いた。
夢か幻。それはすぐに理解できた。
けれど、その先に立っていた影を見た瞬間、アベルの表情が変わった。
そこにはデュラハンに付き従い…
マユミとメアが立っていた。
メアは無表情だった。首元には黒いチョーカーがあり、そこから伸びる黒い魔力が、身体全体を覆っている。
「アベル……。」
マユミが呟く。メアと違い意識はあるものの、その声には以前のような感情はなかった。
「マユミ!メア!」
呼びかけても。二人は答えない。
デュラハンが剣を抜く。
だが、アベルは短聖剣を納刀した。
その直後、マユミとメアも同時に動いた。
「来るか。」
アベルは身構えた。無手のままメアが放った最初の一撃を受け流す。続いてマユミの戦扇の攻撃を避ける。さらにメアの魔法が横を通り抜ける。
それぞれの動きは速い。けれど、アベルは抜刀も攻撃もしなかった。
「二人とも聞いてくれ。俺は戦うつもりはない。」
返事はない。その隙にデュラハンが踏み込む。デュラハンの大剣がアベルの鞘に入ったままの短聖剣とぶつかって火花をあげる。
同時にマユミの魔力が膨れ上がる。メアも両手をアベルに向けた。アベルは攻撃を避けながら、必死に二人へ呼びかける。
「マユミ!メア!……目を覚ましてくれ!」
しかし、幻の二人は止まらない。むしろ、その攻撃は次第に激しくなっていった。
アベルは鞘に入った短聖剣を握り直す。
(……この展開。)
嫌な予感がした。そして、その予感は的中した。
メアが静かに口を開く。
「私達を倒さなければ。ここから先へは進めません。」
アベルの目が細くなる。
「……そういうことか。」
これは、アベルを絶望させるための夢だ。生き残るために、アベル自身がマユミとメアを殺す。最初から、そういう筋書きなのだ。
デュラハンが襲いかかる。その攻撃は配下であるマユミとメアに配慮したものではなかった。おそらく、アベルが二の足を踏んでいると、デュラハンの攻撃に巻き込まれる形でマユミとメアが命を落とす。
アベルはデュラハンの攻撃を受け止める。
短聖剣の鞘が破損して見えた刃とデュラハンの剣がぶつかりが火花が散る。
鍔迫り合いの最中にもマユミが背後へ回る。アベルはその戦扇の一閃を身体を捻って避けた。更に、メアの風魔法の刃が迫る。それも紙一重でかわす。
だが、アベルは剣を抜かない。
「どうして……。」
メアが呟く。
「どうして剣を抜かないの?どうして攻撃しないの?私の夢なのに、どうして私の思い通りにならないの!?」
アベルは苦しそうに答える。
「そんなの決まっている。俺がメアを傷つけないって、メア自身が思っているからだ。」
「ならば。あなたが死ぬしかありません。私はあなたを……アベルを殺したくないのに……。」
アベルは黙った。その言葉が胸に突き刺さる。
けれど、しばらくして、静かに息を吐いた。
「……それでいいさ。」
メアの動きが止まる。
「アベル……?」
アベルは二人を見る。
「俺が生き残るために、お前たちを殺すくらいなら。俺は、生き残らなくていい。」
その言葉には、迷いがなかった。
メアの表情が揺れる。
「……そんな。そんな選択をしたら、あなたは……。」
アベルは小さく笑った。
「分かってる。怖いさ。」
初めて、その声に弱さが混じった。
「俺だって死にたくない。」
マユミが目を見開く。
「俺だって生きたい。まだやりたいこともある。マユミとメアとも、もっと話したい。学院にも戻りたい。普通に飯を食って。くだらない話をして。そういう時間を、まだ過ごしたい。」
アベルは目を伏せる。
「だから。本当は、俺だって生きたい。」
それでも、顔を上げた。
「だけど。2人の命と引き換えにするくらいなら、
……俺はいつでも死ねる。この命だって惜しくない。」
その言葉に、メアの瞳が大きく揺れた。
けれど、悪夢はなおも続く。
デュラハンが動く。
マユミとメアも。
三人の攻撃が同時にアベルへ向かう。
アベルは避けなかった。
「アベル!」
メアの声が響く。
次の瞬間、アベルはその場へ膝をついた。
それでも、顔を上げる。
「大丈夫だ、お前たちが生きているなら。俺は、それでいい。」
メアは動けない。
「どうして……どうして、そこまで……。」
アベルは静かに答える。
「昔から決めてたんだ。守ると決めた相手を、途中で見捨てない。たとえ、そのために自分がいなくなっても。」
マユミの瞳から涙が落ちる。
「そんなの……馬鹿です。」
「そうかもな。」
アベルは苦笑する。
「でも。俺は、こっちを選ぶ。」
その瞬間。
世界が揺れた。
空に亀裂が走る。
地面にも亀裂が広がる。
街並みが歪む。
デュラハンの姿が崩れ始める。
マユミとメアの姿も。
その輪郭が白い光へ変わっていく。
「待って!」
メアが初めて叫んだ。
「これは、私が作った幻なのに!」
「俺を絶望させるための幻なんだろ。」
アベルは微笑む。
「だったら、俺が絶望する結末を選ばなければいい。」
「……!」
「俺は、お前たちを殺したことを抱えて生きる未来なんて選ばない。」
「だから、俺が代わりに消える。」
亀裂が一気に広がる。
「それなら、この幻に……俺を絶望させることはできなくなるだろ。」
世界が砕けた。
白い光がすべてを飲み込む。
最後に見えたのは、唖然と立ち尽くすメアと、泣きそうな顔でアベルを見つめるマユミだった。
そして、幻が完全に消えた。
◇
アベルの意識が現実へ戻る。
「……。」
目の前にメアが立っていた。
彼女は唖然としている。自分が作った幻が自分の想定とはまったく違う形で破壊された。
「……そんな。」
メアが小さく呟く。
「自分から……結末を変えるなんて。」
アベルは答えなかった。
ただ目の前のメアを見つめる。
首元には黒いチョーカー。
アベルは一歩近づく。
「メア。」
返事はない。
「もういい。」
両手をチョーカーへ伸ばす。
メアが僅かに身を引く。
しかし、アベルは止まらない。
「これで終わりだ。」
両手に力を込める。
黒い金属が軋む。
メアの瞳が大きく見開かれる。
そして…
バキッ。
チョーカーが引きちぎられた。
同時に、メアを覆っていた黒い魔力が、一気にほどけていく。
「……。」
しばらく、メアは何も言わなかった。
ただ、自分の首元へ手を当てている。
やがて…
「……アベル。」
その声に、ようやく感情が戻っていた。
アベルは静かに頷く。
「おかえり、メア。」
メアの瞳から涙が落ちる。
「本当に……アベルなの?」
「ああ。」
「アベルぅぅうう"う"うっ!!」
メアは震える声で叫びながらアベルに抱きついた。そして、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「アベル……会いたかった!ずっと会いたかったの!」
アベルも少しだけ笑う。
「俺もだよ。無事か?酷い事されてなかったか?」
「……うん。多分、大丈夫。」
メアには黒いチョーカー型魔導具を付けていた時の記憶がほとんどない。だから、正確な意味ではわからないのだが、メアはアベルを安心させたかった。
それからもメアはしばらくアベルを見つめていた。
「メアが帰ってきてくれてよかった。」
「うん……ありがとう、アベル。助けてくれて。」
アベルは首を横に振る。
「礼はいい。俺がそうしたかっただけだ。」
「それでも……」
メアは涙を拭う。
「……また会えて嬉しいです。」
二人の間に短い静寂が流れた。腕の中の温もりで、ようやく現実で再会したのを実感する2人。
「メア。本当に無事で良かった。」
その言葉にメアは小さく頷いた。
「……はい。」
だが、アベルは背後を振り返った。
そこには、まだ黒い霧が残っていた。
リシア
フェリ
ルナ
ミリア
クラリス
エリス
セレスティア
アンジェリカと双子の侍女
そして5人の聖女達
誰一人、目を覚ましていない。
それぞれが自分だけの悪夢に囚われている。
アベルは表情を曇らせる。
「……まだ終わってないな。」
メアも振り返る。その表情から笑顔が消えた。
「あいつら…アベルにやたら冷たかったヒト達…。」
メアは、絆の指輪でレオニスの影響下にあった時の彼女たちしか知らない。そのため、彼女達の印象は未だ最低辺のままだった。
「……違うんだ。彼女達はさっきまでのメアと同じように操られていただけで、今では大切な仲間なんだ。」
「ふーん……。」
ちょっと不満そうにするメアを後目に、アベルは彼女達のところに歩いて向かう。
「アベル!待ってよぉ!」
直ぐに、メアはアベルを追いかけてきた。
「……私も手伝うから。」
「助かる。」
アベルは頷く。
黒い霧の向こうは、まだ見えなかった。けれど、その闇の中へ今度は二人で立ち向かう。
勇者アベルと正気を取り戻したメア。
二人の戦いはここから始まる。




