閑話70話 双子侍女の悪夢*
ある日、アンジェリカの侍女ソラムとソレムは第二皇子の侍女サラサに呼び出されていた。
「サラサさん、ご用件は?」
「できれば、手短にお願いします。」
不機嫌さを隠そうともしないソラムとソレム。双子だけあって息はぴったりだ。2人とも第二皇子の派閥とは関わりたくないのが本音なのだが、皇后に仕える先輩侍女からの申し付けであったため仕方なく来ていた。
「実は、この新しい魔導具のテストを双子であるお二人にお願いしたいのです。」
「……何をする魔導具ですか?」
「映像をみて体験が出来る魔導具です。外出がままならないシュナイダー第一皇子殿下のためにディレク様がご用意されたもので、お二人には同時に違う映像を見ていただき感想をお伺いしたいのです。」
「映像を見ればいいのね。どれぐらい?」
「……15分ぐらいでしょうか。」
「わかったわ。じゃあ、早く始めて早く終わりましょう。」
「では、こちらに横になってください。で、このバイザーとヘッドホンをつければ、自動的に始まります。」
ソラムとソレムは、指定されたリクライニングに横になりバイザーとヘッドホンを装着する。
「では、ごゆるりとお楽しみ下さい。」
ソラムとソレムは、バイザーから流れる絶景や突然流れてくる壮大な音楽に唖然とする。最初はエンタメとして楽しめるものが流れていたが、その映像と音楽は次第にサイケデリックなものや意味がわからないものに変わっていった。ソラムは気分が悪くなるのを感じて目を閉じた。しかし、ソレムは真面目な正確が災いして見続けてしまう。
映像が終わったとき、ソラムはやっと終わったと思った。しかし、ソレムは違った。バイザーを外したあともどこか上の空で目の焦点があっていない。ソラムはソレムに呼びかける。
「ソラム!ソラム! どうしたの?」
「………はい。姉さん。」
その様子を見たサラサが満足そうに話しかける。
「ソレムは上手く行ったみたいね。」
その発言に不信なものを感じて飛び起きようとするソラムだったが、いつの間にか両手首が椅子に拘束されていた。誰かが気づいてくれる事を期待して大声で叫ぶソラム。
「あんた!一体どういうつもり!」
「大声を出しても無駄よ。魔法もね。防音防魔の結界を張ってるから。ちょっと大人しくしててね。」
そう言ってサラサはソラムにスプレーの睡眠薬を吹きかける。直ぐに意識を落とすソラム。その様子をただぼうっと見ているだけのソレム。
「第一段階はこれで終了。次は第二段階ね。」
そう言ってソラムとソレムの拘束を外す。
「さあ、ソレム。いらっしゃい。これから楽しい事をするわよ。」
「……楽しい事?はい。行きます。」
「あら、良い子ね。」
サラサはソラムを抱えて、ソレムはサラサの後に付いていき、隣にあるラボに入っていった。
◇
「じゃあ、ソレムはそれに着替えてね。」
「……はい。」
ソレムはメイド服を脱いで手渡された水着のようなスーツに袖を通す。
「着替え終わったら、ソラムにも着せるのを手伝って。」
「……はい。」
ソレムは従順にソラムのメイド服を脱がして、サラサがスーツを着せるのを手伝った。
「あとは、これをつけて…これでよし。」
2人の手足と胸に装置の端末を取り付けた。
「ソラムをこっちのカプセルに入れて、ソラム、貴女はそっちに入って。」
「はい。」
透明な筒状のスペースに2人が入ったのを確認して、サラサは端末を操作する。透明なカプセルが閉じて密閉され、足元から液体が注がれ始めた。
「その液体の中でも呼吸は出来るから安心してね。」
直ぐにカプセルは液体で満たされ、ソラムとソレムは液体の中で浮いている状態になった。そして足元から液体の色が変わっていく。とある薬がカプセル内に注入されていた。
「じゃあ、第二段階ね。わざわざベースを作ってから薬漬けにして無防備な脳に直接、術を施すのだから今度は絶対に避けられないわよ。じゃあ、ごゆっくり。」
そう言って、サラサはラボから出て行った。
◇
そして、3時間後。
液体が抜かれたカプセルが開いて、立ち尽くしたままのソラムとソレムが開眼する。
「「マスター。ご命令を。」」
普段使わないような全く抑揚のない声でサラサの指示を待つ2人。
「無事に洗脳できたみたいね。じゃあ、生活魔法で身体を綺麗にしてから、そこにあるユニフォームに着替えなさい。その後で仕事について説明するわ。」
「「かしこまりました、マスター。」」
◇
その夜、皇帝の寝室に窓から忍び込む者がいた。
その者は手に果物ナイフを持ち、深い眠りに落ちたままの皇帝の胸にそのナイフを突き立てた。
同じ頃、皇族用の医務室に忍び込む者がいた。
その者は、保管されている注射器と取り扱い注意の劇薬を盗みだし、第一皇子の寝室に忍び込む。そして眠ったままの第一皇子に劇薬を注射した、皇子は一瞬だけ痙攣し、そのまま動かなくなった。
◇
ソラムは自分の手を見つめていた。
血がついている。赤黒い血が、手袋を汚していた。
「……え?」
隣を見る。そこにはソレムがいた。
いつもと同じ顔。
いつもと同じ、よく似た双子の妹。
その手には怪しい薬が残った注射器を持っていた。
「ソレム……?」
「……分からない」
ソレムが自分の手を見つめる。服装も普段なら絶対に着ないタイプの服を来ていた。
「私たち……何をしたの?」
その瞬間、遠くから悲鳴が聞こえた。
二人は反射的に顔を上げる。目の前にあったのは、皇帝の私室だった。
扉が開いている。
その向こうには、倒れた皇帝。
胸には深々と刃物が突き立てられている。
「……陛下?」
ソラムの声が震える。
そして、別の部屋では第一皇子も静かに息を引き取っていた。
「いや……」
ソレムが後ずさる。
「違う……」
ソラムは必死に記憶を探した。
自分たちは何をしていた?
どうしてここにいる?
なぜ、自分の手に血がついている?
「ソラム……」
「分からない……」
「私たち、何をしたの……?」
答えは返ってこなかった。
代わりに、背後から声がした。
「よくやった」
二人が振り返る。そこには見知らぬ男が立っていた。
その後ろには、数人の兵士。
「これであのお方の帝位継承を邪魔する者はいなくなる。」
「……誰?」
「お前たちが知る必要はない。」
男が笑う。
「さて、お前たちを皇帝陛下ならびに第一皇子殺害の現行犯で拘束する。」
ソラムとソレムは顔を見合わせた。
「……何を言っているの?」
男は、二人の首元に手を伸ばした。
その瞬間、激しい頭痛が二人を襲った。
「――っ!」
「う……あ……!」
頭の奥に、何かが流れ込んでくる。
白い光。
黒い影。
そして、聞き覚えのある声。
『皇帝を殺せ』
『第一皇子を殺せ』
『これはアンジェリカの命令だ』
「違う……!」
ソラムが頭を抱える。
「違う! 姫様はそんな命令をしない!」
ソレムも叫ぶ。
男は笑った。
「お前たちが何をしたのかは、もうどうでもいい」
「……え?」
男の声が遠ざかる。
「重要なのは、世間がどう信じるかだ。」
視界が暗くなる。
◇
裁判所。
被告人としてソラムとソレムが、それぞれ少し離れた位置に立っていた。参考人として第二皇子ディレクと第三皇女アンジェリカが隣席している。
アンジェリカの顔は青ざめていた。
周囲から、ひそひそと声が聞こえてくる。
「アンジェリカ殿下の侍女が……皇帝陛下と第一皇子殿下を……」
「殺害した双子侍女はアンジェリカ殿下の側近なのだろう?」
ソラムとソレムは、それを聞いて呆然とした。自分たちのせいで主人が窮地に陥ろうとしている。そして目の前にそのアンジェリカが現れた。
「ソラム……ソレム……」
「アンジェリカ様!私たちは……」
やっていません、と言おうとしたが何故か言葉がでない。
「どうして……?」
アンジェリカの目には涙が浮かんでいた。
「どうして、お父様とお兄様を……」
「……。」
ソラムとソレムが必死に伝えようとしても動くのは口だけで言葉は出ない。
(私たちではありません!)
(違うのです!)
検事たちが二人を取り囲む。証拠として提示されたのは血濡れの隠密服。あの時に着ていたものだ。そして凶器の果物ナイフと劇薬が中に残った注射器。侍女や看護師とても働く彼女達には自分たちが普段使いで使用している馴染み深いものだった。
検事は尋問する。
「お前たち自身が実行したのだろう?」
((違います。))
「「はい。」」
心の声とは裏腹に、出た言葉は犯行を肯定するものだ。
「何故、皇帝陛下とシュナイダー第一皇子を殺した?」
「「………。」」
口を開けると思ったこととは違う事を言いそうで、それを恐れて2人は口を噤むしかなかった。
「アンジェリカ皇女殿下に命令されてやったのだろう?」
(違う!)
「はい。」
ソラムが否定しなければと、思わず口を開いてしまった。しかし、出た言葉は思っていたのとは逆の言葉で……。」
(ち、違う! アンジェリカ様はそんなことを――)
慌てて訂正しようとするが言葉にはならず、それ以上の発言を検事は許さなかった。
「お前たちは、アンジェリカ殿下の側近だ。お前たちが実行した以上、命令したのはその主人だと考えるのが自然だろう!」
「……そうです。アンジェリカ殿下の指示でした。」
(違う……何をいってるの私!)
「私も、アンジェリカ殿下の指示で動きました。」
(勝手に口が……。なんで!)
ソラムとソレムの顔から血の気が引いていく。
そして、最も恐ろしい言葉が聞こえた。
「アンジェリカ第三皇女を皇帝殺害の容疑で拘束せよ」
「「……!」」
ソラムとソレムは同時にアンジェリカを見る。
(逃げてください!)
(アンジェリカ様、私たちのことはどうでもいい!早く!)
アンジェリカは2人が何を言いたいか察したが、首を横に振った。
「私はそんな指示をしていません!」
「ソラムもソレムも、一体どうしちゃったのよ!?」
その場で泣き崩れるアンジェェリカ。
((姫様!))
「私は、私と貴女達の身の潔白を証明できると信じます。だから逃げません。」
衛兵達がアンジェリカを取り押さえる。
そして検事が裁判長に問う。
「裁判長、先に2人の判決を。」
「ソラムとソレムの両名には死刑を言い渡す。」
アンジェリカが泣きながら叫ぶ。
「そんなの嫌!」
((姫様!))
「絶対に嫌よ!」
アンジェリカは裁判長に駆け寄ろうとするも、その場で組み伏せられ、そして――アンジェリカの目の前で、二人の侍女が連れられていく。
ソラムは呟いた。
(私たちは……)
ソレムも首を振る。
(私達のせいで姫様が…)
その瞬間、二人の首元に黒い輪が浮かび上がった。
そして、あの声が聞こえる。
『皇女の命令を受けた』
『皇女のために暗殺した』
違う。そんな記憶はない。
けれど、頭の中ではそれが事実として書き換えられていく。
(違う……!)
ソラムが心の中で叫ぶ。
(私たちは、姫様を……)
ソレムが震える声で呟く。
処刑台に向かう彼女たちに最後に面会に来たサラサが言う。
「おかげで彼の方の皇帝就任の障害をまとめて排除できたわ。ありがとうね。」
「「姫様は!?」」
「勿論、処刑が決定したわよ?皇帝と第一皇子を殺した黒幕ですもの。当たり前じゃない。」
次の瞬間、二人の視界が真っ暗になった。
護るべき主人を貶め死に至らしめた事への、後悔は最悪のトラウマとなって彼女たちの心を深い闇に閉じ込めたのだった。
本編で使えないような、いろんな洗脳シーンを描きたかっただけです。すみません。




