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328話 セレスティアの悪夢(後編)*

 アルセリア王城跡地。


 かつて人々の暮らしを守っていた城壁には、魔王軍の旗が掲げられていた。王城へ続く大通りにも魔族兵が並び、王城があった跡の瓦礫の上にセレスティアは立っている。


 目の前には、短聖剣を構えたアベル。その背後には、倒れて、もう二度と笑いかけてくれないリリアの亡骸があった。


 セレスティアの身体は自分の意思とは関係なく動こうとしていた。


(アベル様……)


 心の声が震える。


(私を……殺して下さい。)


 しかし、頭の中に響く魔王の命令は全く別のものだった。


『セレスティア、勇者を殺せ!』


 その命令に従いセレスティアは神器である王冠と王笏を収納袋に入れ、アベルに細剣を向ける。心の中のセレスティアが、どれだけ抵抗しようとも身体は魔王の命令には逆らえない。


「勇者アベル、御覚悟を。」

「ティア、もう、やめるんだ。俺は君とは戦いたくない。」


 その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの胸が締め付けられた。


「そもそも貴方に、私を『ティア』と呼ぶ事を許した覚えはありませんが?」

(そうよ。アベル様が私をそう呼ぶのは……大規模蘇生魔術の成功後……。つまり、ここは……この世界は……。)


「まあ、いいでしょう。では戦わず死んで下さい。」

「どうしてキミは……。」


 アベルは静かに答える。

 セレスティアは目を伏せた。


「私は……」

(助けて…。)


 言葉が喉につかえる。剣を握る手が初めて震えた。

 アベルは一歩前へ出た。


「俺が君を止める。」


 その瞬間、セレスティアの身体が勝手に動いた。細剣をアベルの心臓に向けて突く。白銀の刃が閃き、細剣の先端をアベルが短聖剣が受け止める。


 キィン!という金属音が響いた。さらに細剣を振る。アベルが受け流す。さらに踏み込み、刃を返す。アベルは避け、受け、流し続ける。


(もう、やめて!)

 心の中で叫んでも、身体は止まらない。セレスティアの攻撃だけが、次第に激しくなっていった。

 それでも、アベルは一度も反撃はしなかった。


「どうして攻撃しないのですか!」


 アベルは答える。


「お前を傷つけたくないんだ、ティア!」


 アベルが叫ぶ。


「しっかりしろ!目を覚ませ!」


 セレスティアの剣がさらに速くなる。

 だが、アベルはその全てを受け止めていた。


 気がつけばセレスティアの目からは涙が流れていた。手から細剣が離れて落ちる。瓦礫の上で転がる細剣。


「アベル……さ……ま。」


 彼はセレスティアを見つめていた。その瞳には、怒りも憎しみも恐怖もない。ただ、最後まで彼女を信じようとする光だけが残っていた。


「ティア?……もしかして、もどったのか?」

「……はい。」


 前のめりに倒れていくセレスティアをアベルは受け止めた。セレスティアは抱きつくようにアベルに身を任せる。


「大丈夫か?」

(……違う!!アベル様、気がついて!)


「ええ…とっても。」


 次の瞬間、アベルの背中に回したセレスティアの手から高電圧の電流が彼の心臓に向けて放たれた。


「ティア……。」


 心臓を撃ち抜かれたアベルが、その場に倒れる。息も絶え絶えになったアベルがセレスティアを可哀想な者を見る目で見上げていた。最後まで信じようとしている目だった。

(アベル、アベル……ごめんなさい。アベル……。)


 アベルは静かに答えた。


「俺は、キミを……恨んだりしない。」


 その言葉が、何よりも苦しかった。

 責められたなら、まだ耐えられた。

 憎まれたなら、自分がしたことを罪として受け止められた。

 けれど、アベルは最後まで彼女を信じている。

 その優しさが、刃よりも深くセレスティアを傷つけた。


 セレスティアが、アベルの持っていた短聖剣を手に取り、その胸に剣先を押し当てる。アベルにはもう、それを避ける力は残っていなかった。


 ほんの僅かに目を細め、まるで最後まで彼女を安心させようとするように、穏やかな声で告げる。


「キミをこの手で殺すぐらいなら、この方がいい。」


 それだけ言ってアベルは目を閉じた。セレスティアの持つ短聖剣がアベルの胸に沈んでいく。

(アベル!アベル!!アベルーーー!)


 セレスティアの心の叫びとは裏腹に、身体は止まらない。短聖剣がアベルの心臓を貫いて止まった。

(……あ。)


 世界から音が消えた。

 アベルがゆっくりと息を引き取る。

 アベルの胸から短聖剣を引き抜くも、その手から力が抜け、床へ落ちた短聖剣が乾いた音を立てた。


 セレスティアは動けなかった。

 自分の手を見る。

 真っ赤に染まった手が震えている。

 そして、倒れたアベルへ視線を戻す。

(………いやぁぁあああああ"あ"あ"ぁ"!!)


      ◇


 やがて、周囲から歓声が上がる。


「魔王軍の勝利だ!」

「王女が勇者を倒した!」

「アルセリアは魔族のものだ!」


 魔王軍の声が王城跡地全体に響き渡る。

 心の中のセレスティアは耳を塞ぎたかった。

 しかし、歓声は止まらない。

(やめて……)


 心の中でセレスティアは首を振る。

(もう、やめてください。)


 倒れたアベルの遺体が、勝利の証として扱われていく。その事実が、セレスティアの心をさらに締め付けた。

(私が、アベル様を……)


 暫く、セレスティアはその場に立ち尽くしていた。


     ◇


 王城があった場所から少し離れたところにある離宮。


 魔族の指揮官が合流する。


「セレスティア女王、まもなく魔王様がお見えになります。」


 セレスティアは女王たる風格のドレスを見に纏い、謁見の間に作り替えた大ホールにて魔王の到着を待つ。


 すると、デュラハンに先導されて魔王がやってきた。魔王はそのまま最奥に設置された玉座に座る。その場にいる全員が魔王に傅いていた。


「セレスティア。面をあげよ。」

「はい。」

「よくやった。お前の活躍で、アルセリアは我のものとなり、勇者も撃ち倒せた。」


――自ら勇者を倒した。

 セレスティアは目を閉じる。

 目の前で力尽き倒れたアベル。

 床を滑った短聖剣。

 最後まで自分を信じていた瞳。

 『キミを殺すぐらいなら、この方がマシだ。』

 その声が、耳の奥で一度だけ響いた。たった一度の言葉なのに、セレスティアの心を何度も切り裂いた。

(やめて……。もう、思い出させないで……。)


 魔王は部屋の片隅にも視線を向ける。この場に集められているのは魔族だけではない。生き残ったアルセリアのヒト族、主にミスリル製錬の技術者もそこに集められていた。彼らの首には銀色の魔導具の首輪が巻かれていて、無表情のまま立ちつくしている。ミリアが作成した黒いチョーカー型魔導具のヒト族版のそれは、装着者を意思を持たないロボットのように変えてしまう。


 セレスティアは魔王を見た。

 魔王は微笑む。


「アルセリアは、其方が引き続き治めよ。そして、其方の血を引く者が未来永劫、この国を支配し我に尽くし続けるのだ。」

「この国を……」


 セレスティアは自分の手を見つめた。


「私が…。」


 魔王は答える。


「そうだ。」

「承知いたしました。では、私がアルセリア王国最後の女王として王国の滅亡と、ここに新たに奴隷国アルセリアの誕生を宣言し、その初代女王として魔王様への永遠の隷属を誓わせて頂きます。」

(……。)


 謁見の間は、魔族兵たちの歓声で満たされた。


 だが、悪夢は終わらない。その場に座ったまま、動けなくなっているセレスティアの前へ魔王が歩み寄った。


「では、お前へ個人的な褒賞を与えよう。」


 セレスティアは顔を上げる。


「……ありがとうございます。ですが、褒賞は不要でございます。」

「では、言い換えよう。これは命令だ。」

「ご命令とあれば、なんなりと…。」


 魔王はその内容を静かに告げた。


      ◇


 その夜、湯浴みを済ませたセレスティアは、薄明かりの下の寝台でまどろんでいた。


挿絵(By みてみん)


 そこに魔王がやってくる。セレスティアは正座をして姿勢を正し、三つ指をついて魔王を迎えた。


「では、始める。」

「かしこまりました。」

(………………。)


 その夜、部屋の明かりが消えることはなかった。


      ◇


 数日後。


 離宮の外では、魔王軍の旗が風に揺れている。


 そして、王女だった少女は、自ら滅ぼした国の玉座で、永遠に続く支配を命じられた女王として、静かに悪夢の中へ取り残されていた。


挿絵(By みてみん)

アルセリア侵攻編で書けなかった部分の解像度向上&最悪の結末IFシリーズでした。


この章は、もうちょっとだけ続くんじゃ。

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