326話 ルナの悪夢*
白い世界。
何もない空間に、ルナは一人で立っていた。
目の前には、一冊の魔法書が置かれている。見覚えのある表紙のその本の隣には、自分自身が書き込んだ研究ノートが積まれている。
魔法陣の改良案。
魔力効率の計算。
新しい術式の仮説。
そして、アベルと一緒に考えた魔法の構造。
ルナにとって、それらは大切な記録だった。
知識を積み重ね、
理解できなかったものを理解し、
昨日できなかったことを、今日できるようにする。
魔法とは、ルナにとってそういうものだった。
アルセリア王都。
空は黒い雲に覆われていた。
街の各所から煙が上がっている。
魔王軍が進軍している。
その中央にルナが立っていた。
「ルナ。」
セレスティアが静かに呼ぶ。
「準備はできていますか?」
ルナは息を呑む。
(……何の?)
しかし、自分自身が、その答えを知っていた。
目の前には巨大な魔導兵器に繋がったコンソールがある。アルセリア王家が長い年月封印してきた、最終魔導兵器。王都そのものを巻き込むほどの威力で敵を殲滅することが可能な危険な兵器。
それを自分とセレスティアが解析している。
「王族認証でセキュリティを突破します。」
セレスティアが言う。
「このアカウントなら、制御モジュールにアクセス出来るはずです。」
ルナは巨大な術式へ手を伸ばす。
「……制御術式が複雑。」
セレスティアが続ける。
「あなたならできます。」
ルナは首を横に振りたい。
けれど、指が勝手に動く。
魔法陣へ触れる。
術式を解析する。
防壁を一つ一つ突破していく。
王族認証。
制御権限取得。
目標設定。
出力制御。
ルナの頭の中で、構造が次々と解体されていく。
「……いけます。」
自分で言ってしまう。
セレスティアが頷いた。
「では、目標は王城の主塔」
◇
ルナは王城を見た。
アルセリア王城。
そこには、人がいる。
国王。セレスティアの父親が。
ルナはそれを知っている。
(嫌……。)
たとえ、セレスティア自身の意思だとしても、娘が父親を殺すなど……その片棒を担ぐどころか、実行犯になるなど冗談ではなかった。
「アルセリア王が、そこにいるのでは?」
セレスティアは答える。
「分かっています。だからこそ、これは魔王軍の勝利に必要なのです。」
心の中でルナは首を振る。
(違う。こんなの……あってはならない。)
けれど、魔導兵器の術式は完成していく。
そして、最後の目標設定が表示される。
アルセリア王城の主塔。
ルナの手が起動術式へ伸びる。
(やめて……。)
心は止めようとする。
だが、指が触れた。
起動。
◇
次の瞬間、空が光った。
轟音が王都全体を震わせ、巨大な魔力の奔流が、王城へ向かって一直線に走った。
城の大半が一瞬の光に飲み込まれる。
(いやああああっ!)
心の中のルナが叫ぶ。
しかし、発射してしまったものは止められない。
光が消えた時、そこに王城はなかった。
巨大な破壊の跡だけが残っている。
瓦礫。
崩れた石壁。
砕けた魔導装置。
ルナは呆然と立っていた。
(……嘘。)
セレスティアも静かにその光景を見ている。
「終わりました。」
その声は、あまりにも穏やかだった。
ルナの身体が震える。
(私が……。私が、やったの……?)
セレスティアが廃墟と化した瓦礫の中へ歩いていく。
光に呑み込まれた部分にいた人は、おそらく遺体すら残っていないだろう。
「ルナ。」
「はい。」
その声に導かれるようにルナも歩く。
◇
瓦礫の中。
ほとんどすべてが失われていた。
しかし、その中心に僅かに無傷のものが残っていた。
古代から王家に伝わる神器のそれらは巨大な破壊の力に耐え瓦礫の下で静かに光を放っている。
「……あれが神器。」
ルナが呟く。セレスティアが神器を掘り起こすための魔法を唱える。
「《ピット・フォール》」
一瞬で瓦礫がなくなり、出来た穴の底に神器が残る。
セレスティアがその王冠と王笏に手を伸ばした。
「これさえ手に入れば、ここにもう用はありません。」
セレスティアは王冠を頭に被り、王笏を掲げた。
「そこまでだ。」
瓦礫の向こうから、声が響いた。
ルナの身体が凍りつく。
聞き間違えるはずがない。
(……アベル様。)
見上げると瓦礫の上に短聖剣を握ったアベルが立っていた。身体は傷ついてボロボロになっていたが、それでも立っていた。
「ルナ。」
静かな声。
「どうして……。」
心の中でルナの瞳から涙が落ちる。
(どうして、あなたが……。)
アベルは答えない。
「ルナ、ここは任せます。」
セレスティアは、この場から離れていく。神器を使う為に。
「行かせない。」
アベルが短聖剣を振ってセレスティアの足元に剣撃を飛ばそうとした瞬間、ルナの身体は動いていた。無詠唱で放たれたファイヤー・ボールがアベルを襲い、アベルは回避行動を余儀なくされた。その隙に、セレスティアは、どんどん離れていく。
心の中でルナは首を振る。
(違うの……私は……私は、こんなこと……したくない)
けれど、杖が勝手に上がり、魔法陣が展開される。
(やめて!)
ルナは必死に叫ぶ。
(アベル、逃げて!私の身体が……!)
しかし、魔力が収束する。
自分で研究し、完成させた爆裂魔法。
その威力はたとえ勇者であっても無事では済まないだろう。
(嫌……。逃げて!今すぐ!じゃなきゃ、私を殺して!でないと、アベルが死んじゃう!)
アベルがルナを牽制しつつ、セレスティアを追おうとしている。だが、爆裂魔法の発動の方が早かった。
「《エクスプロージョン》」
ルナの意思に反して魔法が放たれた。
大きな爆発が起き、アベルの姿が光の中へ消える。
「……あ。」
ルナの手にあった杖がオーバーヒートして煙を噴いている。
(アベル……?)
爆裂魔法の煙が晴れたとき、瓦礫の上には短聖剣だけが残っていた。そしてアベルぼ姿は何処にもなかった。
心の中のルナは膝から崩れ落ちた。
(いや……。違う……。私が……。)
自分の胸を押さえる。
(私が、爆裂魔法を使ったから……私が……あなたを……。)
心の中の声が途切れ涙だけが落ちていく。
自分の魔法でアベルを消滅させた。
(……私の魔法。)
ルナは呟く。
(私が積み重ねてきたものが……。)
その言葉の先に何も続かなかった。




