323話 ミリアの悪夢*
白い世界。
ミリアは、何もない空間に立っていた。
目の前には一つの机がある。
その上には、見覚えのある工具。
魔力測定器。
小型魔導回路。
いくつもの試作品。
そして自分が何度も使ってきた、細かな精密工具。
(……ここは?)
ミリアが周囲を見回す。
何もない。
それなのに机の上だけは、妙に現実感があった。
その瞬間、背後から声が響いた。
「これから魔王様の命令を伝える。」
振り返ると、そこには魔族の技術者が立っていた。
技術者は一枚の設計図を机へ置いた。
「これを完成させろ。」
ミリアはその不完全な設計図を見る。
そこに描かれていたのは魔族の首に装着することで、装着者の思考へ干渉する魔導具、黒いチョーカー型魔導具の対象をヒト族に変更したものだった。
(……これ。)
見覚えがある。魔王軍に捕えられていたときに、何度も強要され、その度に、わざと失敗を繰り返して完成させなかったもの。
「……はい。かしこまりました。」
未完成だった設計図に必要な修正を加えていく。その左手には、あの絆の指輪が見えた。
(……思い出した。これは絆の指輪をはめられた日の夜。アルセリアに向かう前夜だ。)
設計図の修正が完了すると、すぐに試作品の制作に取り掛かろうとする。ミリアは必死に抵抗を試みる。
だが、身体が動いた。
(……っ。)
手が工具を取る。
(嫌……。)
自分の意思とは関係なく魔導回路を組み始める。
手元にある純ミスリルは丁度、試作品一個分。今まではバレないように巧妙に敢えて間違えて作っていた部分を正しく作ってしまう。
(言いなりになってしまっている……。絆の指輪のせいで……。)
そして、魔導具の銀色のチョーカーは完成してしまった。確実に動作する完全版として。
監視していた魔族がミリアの手から奪い取るように完成したそれを確認する。
「今度はちゃんと動くんだな。」
「はい。」
魔族は魔導具をミリアに返して、部下に、捕虜としてミリア達と一緒に捉えた兵士を1人連れてくるように部下に命じた。
直ぐにその部下に連れられて両手を後ろでに縛られた女性兵士が連れられてきた。魔王特別討伐隊で共に行動していたレミという名の衛生兵だ。
「俺を主人に設定して、その女を使ってテストしろ。」
「はい。」
(なんで……なんで体の自由が効かないの?絆の指輪は身体的な拘束の力はないから、意思さえしっかり持てば止められるはず……。)
しかし、ミリアの作業に迷いはなく、テキパキと準備を進めていく。その様子をみて、何をされるのかわからないレミは青ざめていた。
主人となる魔族の魔力を登録した銀のチョーカーを、ミリアはレミの首元に持っていく。
「ミリアざん?それは何ですか?なんで魔族の言いなりになっているんですか?目を覚ましてください!」
必死に首を後ろに引いて逃げようとするレミ。だが、魔族に頭を押さえつけられ、その最後の抵抗ですら出来なくなってしまう。
(やめて…そんなことしたらレミさんが…。)
ミリアはレミの訴えに耳を貸すことはなく、チョーカーをレミの首に装着してしまう。その瞬間、レミの瞳から光が消えた。抵抗する意思が消え、大人しくなったレミを見て魔族はニヤリと笑う。
「今のところは順調だな。では、早速命令だ。お前の所属していた軍の機密情報で魔王軍に有益なものを教えろ。」
「はい。アルフォード王国は近隣諸国と秘密裏に対魔王軍の軍事同盟を結んでおり、有事の対応として……。」
レミは上級将校でないため、開示されている機密情報には限りがあるが、彼女が知っている情報を躊躇うことなく暴露している時点で魔導具は正常に動作している事がミリアにはわかってしまった。
「今の話は正しいか?」
魔族の研究者がファクトチェックのためにミリアに問う。しかし、正規兵ではないミリアが持つ情報の方が限られている。
「全てを検証できるほどの情報を私は持っていませんが、間違いではないと思います。」
「ふむ。」
魔族は、それだけでは満足しなかったのか、普段のレミなら絶対にやらないようなことを命じて魔導具の性能を確かめていく。
「俺の靴を舐めて綺麗にしろ。」
「はい。」
魔族が足を前に出すとレミは四つん這いになって、舌を出し丁寧に魔族の靴を舐め始めた。しかし…
「それじゃあ、お前の唾で俺の靴が汚れるだろ!お前が舐めるのはこっちだよ!」
そういって、魔族はレミの顔面へ踏み潰すように足を乗せた。だが、レミは言われるがままに、靴の裏を舐め取っていく。その後もレミへの目も当てられない酷い扱いは続いた。
そのあまりにも人権を無視したような酷い光景が強制的にミリアの視界に入ってくる。目を閉じたくても閉じられない。
心の中でミリアが拳を爪が掌に食い込むほど握りしめていた。あの非人道的なチョーカーを、ヒト族を対象に使えてしまうようにしてしまったという後悔がミリアの心に重くのしかかる。
(違う。私は、こんなものを作るために魔道具を研究していたんじゃない。)
私が魔導具をつくるのは何のためだったのか?
思い出すのは、学院の工房。まだ、絆の指輪をつける前にアベルと一緒に魔道具を調整した時間。新しい仕組みを見つけて喜び、アベルと一緒に誰かの生活を便利にするための道具を作っていた時間。
そうだ。私は人々の暮らしを良くして、皆が幸せに生きられるようにしたかったんだ。そのために魔導工学を勉強した。そのために技術を身につけた。それなのに…。
それが今は、ヒトの自由を奪うために、ヒトの幸せを奪うために使われている。
◇
さらに場面が変わった。
アルセリアの王都の外れ。
ミリアは魔王軍の技術部隊とともに立っていた。
目の前には大きな対魔バリケード。それはセレスティアが解除してしまった防壁魔法の代わりに、アルセリア兵が突貫で築いた唯一の防衛線だった。
「魔法が弾かれる。……あの敵の防衛設備を破壊しろ。」
魔族兵の士官がミリアに命じる。
「はい。」
ミリアはその場で手持ちの材料で、対魔バリケードを効果的に破壊する魔導爆弾を錬成する。そうして即席に出来上がった魔導爆弾を、身につけている魔導コンタクトレンズの能力念動力で転がして、鑑定魔法でわかったバリケードのウィークポイントに配置していく。
「なんだ、これは?」
数人の兵士が足元に転がった魔導爆弾に気がついた。しかし、もう遅い。
(……やめて。押さないで!)
そんな思いとは裏腹に、ミリアは起爆スイッチを押した。その瞬間、バリケードとその近くにいた兵士がバラバラになって吹き飛んだ。
(いやぁあぁぁあああっ!)
防衛線に開いた穴から、魔王軍の兵士が雪崩れ込み、生き残った兵士を蹂躙して進んでいく。
ミリアの心は立ち尽くす。しかし、手は今もなお魔導爆弾を勝手に錬成し続けていた。
次の町。
次の防衛線。
次のバリケード。
ミリアは進み続ける。
魔導爆弾を設置し、魔力砲を調整し、防衛設備の弱点を解析し、最も効率的な破壊方法を選択する。
この角度なら、少ない魔力で破壊できる。
この壁は内部構造が弱いから、こちらを狙えば崩せる。
この地下施設なら、入口より支柱を破壊した方が効率よく中の敵を殲滅可能。
それが自分の能力だった。
だが、そうした何かをするたびに、ミリアの心が削れていく。
(やめて。もう、やめてよぉ……。)
◇
やがて、アルセリア王都が見えてきた。
城壁。
街並み。
王城。
そのすべてが、ミリアには巨大な魔導装置のように見えた。
しかし、どこを壊せば、
どこを止めれば、
どこを攻撃すれば、
最も効率よく崩せるのか、
自分なら分かる。分かってしまう。
(嫌……もう考えたくもないのに……。)
それでも、魔王軍は進む。ミリアも歩く。
◇
王城前。
そこには、一人の青年が立っていた。
聖なる短剣を手に魔王軍を睨んでいる。
「……アベル。」
ミリアの声が震えた。
アベルは静かに彼女を見る。
「ミリア。」
その声を聞いた瞬間、心の中のミリアは胸が締め付けられた。
(アベル様!逃げて……。)
ミリアは必死に叫ぶ。
(お願いだから逃げて!私は……。)
腕が動き魔導爆弾を取り出す。
(違う!)
心の中でミリアは叫んだ。
(私はこんなのを使いたくない!)
アベルは短聖剣を構える。
「ミリア。俺はここにいる。」
(やめて……。)
ミリアの目から涙が落ちた気がした。
(お願い……。)
けれど、手は止まらない。
特製の魔導爆弾へ魔力が注ぎ込まれる。
対勇者用にと自分で設計して、自分で作って、最も確実にアベルを殺せるように改良したもの。
それが実際に今、アベルへ向けられている。
(嫌あああっ!)
ミリアの叫び声が心にだけ響く。
しかし、ミリアの身体はアベルに向けて魔導爆弾を投げつけた。
アベルが身を翻してかわす。
しかし、魔導爆弾はアベルに向かって自動的に方向を変える。アベルは必死に何度もかわし続けるが、ミリアが追加で同じ魔導爆弾を何個も投擲すると回避することは難しくなる。
仕方なくアベルは短聖剣で飛来する魔導爆弾の一つを切った。真っ二つになる魔導爆弾、その瞬間、アベルの周囲にあった魔導爆弾が全て連鎖的に爆発していった。
アベルに逃げ場はない。連鎖する爆発。
それにより巻き起こる白い光と轟音。
アベルの姿が、その光の中へ消えていく。
(……あ。)
ミリアの身体から力が抜ける。
魔導爆弾が手から落ちる。
(アベルさ…ま……?)
返事はない。
(嘘……。)
ミリアはその場に膝をつく。
(違う。違うの……私は……。)
何度否定しても。
目の前の光景は消えない。
(私が……作った……。)
震える声。
(私が作った魔導具で……アベル様を……。)
言葉が続かない。胸の奥が押し潰されるようだった。
(いや……。)
ミリアは心の中で頭を抱える。
(こんなの……あんまりだよ……。)
◇
次の瞬間。
白い世界にミリアは床に座り込んでいた。
荒い呼吸を繰り返しながら。
震える両手を見つめる。
(……夢だったの?)
分かっている。
これは幻覚だ。
だから、あれは自分の意思ではない。
頭では理解している。
それでも、胸の奥に残った恐怖は消えない。
自分が作った魔導具。
自分が設計した回路。
自分の知識。
それらすべてが、人を傷つけるために使われていた。
そして最後には自分自身の手でアベルを倒した。
ミリアは何度も首を振る。
「私は……皆に笑ってもらうための。人を助ける魔導具を作りたかったはずなのに…。アベル様に……喜んで貰えるものを作りたかったはずなのに……なのに、どうして……こんなことに……。」
白い世界には、答えてくれる者はいない。
ただ目の前に、また一枚の設計図が置かれる。
ミリアはそれを見つめた。そこには新しい魔導具の設計が描かれていた。
「……いや。」
ミリアは後ずさる。それでも白い世界の向こうから、あの声が響く。
「作業を開始しろ。」
ミリアの表情から血の気が引いた。
悪夢は、まだ終わっていなかった。




