↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
390/442

321話 フェリの悪夢*

 ――アルセリア国境付近。


 フェリは高い木の上に立っている。

 眼下には、アルセリアの王都に続く街道があり、その途中には、いくつかの村や街が点在している。


 見たことのあるような村が近くにあった。

 白い建物と慌ただしく行き交う人々。

 市場から聞こえてくる声。

 小さいながらも活気のある村だった。


 今のフェリが身に着けているのは、黒い魔王軍の装備。腰には愛用の双剣。背中には弓。そのどちらも、自分が使い慣れた武器だった。


 フェリは自分の手を見つめている。

 指も。

 腕も。

 足も。

 何一つ異常はない。

 なのに、身体の自由だけがない。


(どうして……?)


 背後から、低い声が響いた。


「進軍開始。」


 その命令を聞いた瞬間。フェリの身体が動いた。

 背中の弓を構えて矢をつがう。狙っているのは村の入り口の近くにある物見台にいる兵士だ。


(待って!)


 自分の意思とは関係なく身体が勝手に動いていく。


(やめて!)


 フェリは必死に踏ん張った。それでも弓を引く手は力を増していく。弦が引き絞られる。


(止めて!)


 眼下では魔王軍の兵士たちが淡々と前へ進んでいく。

 そして、フェリの弓から矢が放たれた。その矢は弧を描いて飛んでいき……

 兵士の首を貫通した。


(いやぁぁぁあ……)


 異変に気がついた別の兵士が、物見台を登り矢の刺さった兵士に駆け寄る。フェリの身体は、直ぐに第二射を放った。その矢が駆け寄った兵士の頭に刺さった。


(もう、やめて…)


 駆け寄った兵士が物見台の上から落ちたことで、周囲の兵士達が異変に気付いて警鐘をならす。


「敵襲だ!」

「迎撃しろ!」


 兵士たちが武器を構える。

 それにフェリの身体も反応した。弓を双剣に持ち替えて木を飛び降り、村に向かって走り出す。


(もう、やめて……。)


 双剣を構える。

 フェリは必死に腕を止めようとした。


(お願い……!私はそんな事したくない。)


 風魔法が双剣へまとわりつく。

 自分が何度も使ってきた攻撃。

 風を刃に乗せる。

 それはフェリにとって、特別な技術ではない。

 身体に染み付いた、いつもの戦い方だった。


 だからこそ怖かった。


(違う……。)


 魔族兵を追い抜いて先頭に立つ。そのままアルセリア兵の隊列に刃を突き立てる。2人の兵士の急所を双剣が同時に貫いた。隊列が崩れる。


「なんだお前は!」

「ヒト族が魔族に混じってやがる。」


 フェリの瞳が大きく開く。


(やめて……。)


 身体は次々と双剣を振るいアルセリアの兵士を薙ぎ倒していく。


(やめてよ……!)


 動いている兵士が居なくなった後は、再び弓を構える。視線の先には幼子を抱えた母親が必死に逃げていた。


 フェリの心は必死に叫び続けていた。


(止めろ。撃つな!撃つな!撃つな!)


 なのに、身体は自分の言う事を聞かない。

 自分の放った矢が逃げていた母親を射抜く。


(あぁぁぁあああああぁぁ!いやぁぁぁぁぁ!)


 倒れた母親を揺さぶって必死に呼びかける幼い子。

 その子にも向かってフェリは弓を引いた。


(やめてぇえええええぇっ!)


 しかし、身体は無常にも矢を放った。


 その後も、

 何度も、

 何度も、

 何度も、

 弓を引き、

 矢を放った。


     ◇


 城門が開き、魔王軍が王都へ侵入する。

 フェリもその中にいた。

 大通りへ入った瞬間、街の様子が目に飛び込んでくる。逃げる市民の盾となり傷つきながらも抵抗を続ける兵士達。負傷者を運ぶ兵士もいる。通りの端には震えている人々。


(……。)


 フェリは言葉を失った。


(違う。)


 心に中で小さく呟く。


(この人たちは敵じゃない。)


 その感情とは反対に身体は弓を構える。


(やめて!)


 フェリは腕を止めようとした。しかし、弦が引かれる。


(やめてぇっ!)


 風魔法が集まる。


 その時、一人のアルセリア兵が、フェリへ向かって駆けてきた。


 兵は剣を構えている。

 既に距離が近い。

 身体が弓を捨てて腰の双剣へ手が伸びる。


挿絵(By みてみん)


(……嫌。)


 双剣が再び抜かれる。二本の刃が光を反射した。

 それをものともせず兵士は斬り込んでくるが、身体が自然に反応する。


 右手の剣で受け流し左手で反撃する。一歩踏み込み身体を回転させる。そのまま双剣による連続攻撃。それは、いつものフェリの戦い方だった。


 軽く、速く、相手の隙を突き、正面から力比べをするのではなく、動きながら敵を崩していく。


(違う……!)


 フェリは心の中で叫ぶ。


(私はこんなことに、この剣を使わない!)


 それでも、身体は止まらない。

 兵士の剣を弾いて踏み込む。

 急所を貫かれアルセリア兵が倒れた。


(……。)


 心の中のフェリは泣いていた。だが、身体は戦い続けている。心の中だけが叫び続けている。


(やめて……。もう、やめてよ……。)


 しかし身体は目の前の兵士や市民を殺し続けた。


◇


 それからどれだけの時間が過ぎたのか分からない。

 フェリは王都の中を進んでいた。


 遠距離では弓。接近されれば双剣。

 その切り替えさえ、身体は正確に行っていく。

 敵が離れれば弓を構え風魔法を矢へ乗せる。

 敵が接近すれば弓を捨て、双剣を抜く。

 周囲の状況を見て最も効率的な武器を選択する。

 それは、本来なら自分の長所だった。

 どんな状況でも戦えること。

 距離に応じて武器を変えられること。

 仲間と連携しながら、戦場を駆け回れること。

 それがフェリの誇りだった。


 なのに今は、その長所そのものが、自分を苦しめている。


(こんなの……。)


 フェリは涙を流しながら思う。


(私の戦い方じゃない。)


 違う戦い方は自分のものだ。

 身体も自分のものだ。

 だからこそ意思だけが違うことが。

 何より恐ろしかった。


◇


 やがて、王城へ続く大通りに出た。

 そこには、最後の防衛線が築かれていた。


「ここから先へは通さん!」


 アルセリア兵が叫ぶ。

 フェリの身体が弓を構えた。


(やめて!)


 フェリは叫ぶ。


(お願いだから、逃げて!)


 けれど、矢が番えられ風が集まる。


(嫌……。)


 フェリは自分の腕を止めようとする。


(お願い……誰か助けて……。)


 それでも指が離れ矢が飛ぶ。兵士たちの前へ着弾し、風圧で隊列を吹き飛ばす。


 身体が走り出す。弓を背中へ戻して双剣を抜きながら防衛線へ飛び込む。


(やめて!)


 フェリは叫ぶ。


(誰か助けて…。私を止めて…。お願いだから……。)


 それでも双剣は止まらない。アルセリア兵の剣を受け、弾き、かわし、斬り返す。


 一人。

 また一人。

 防衛線を崩していく。

 そして、最後に残った門が開かれた。


 フェリの身体は、その先へ進んだ。王城へ。


◇


 王城の大広間。


 その中央に、一人の男が立っていた。


 白銀の短聖剣と黒い外套。

 静かな眼差しを持つ男。


(……アベル。)


 フェリの声が震えた。身体が止まらない。

 アベルは短聖剣を構える。

 その姿を見た瞬間、フェリの心が大きく揺れた。


(お願い……逃げて。私は戦いたくない。)


 けれど、身体は弓を手に取った。


(やめて!)


 風魔法が矢へ集まり弦が引かれる。

 フェリは必死に抵抗しようとする。

 それでも矢は放たれた。

 アベルが横へ跳び矢が壁へ突き刺さる。


 アベルが走る。フェリは弓を捨て双剣を抜いた。


(違う!)


 フェリは心の中で泣きながら叫んだ。


(こんなの私じゃない!)


 アベルが踏み込むとフェリの双剣と短聖剣がぶつかった。金属音が広間に響く。


 フェリの身体は迷わない。右の剣と左の剣が連続して斬り込む。


 アベルが受け、かわし、さらに踏み込む。そのたびに、フェリの心は叫んでいた。


(アベル……。お願い……。いっそ、殺して……。)


 けれど身体は最後まで止まらなかった。アベルがフェリの攻撃を受け流すと一瞬、フェリの身体が大きく開いた。その隙を逃すまいとアベルが懐へ入り込む。


(……!)


 フェリは悟った。

 これで終わる。

 アベルを倒すか、

 アベルに倒されるか、

 その二つしか残されていない。


(アベル……。)


 フェリの目から涙が落ちる。


(ごめん。)


 白銀の刃が振り抜かれるはずだった。しかし、その刃はフェリに届かなかった。いや、アベルが止めたのだ。一方、フェリの双剣はアベルの心臓を貫いていた。


 アベルは剣をフェリの手前で止めたまま、最後までフェリを見つめていた。


(……どうして……アベル……。アベルーーーーっ!!)


 その絶叫とともに世界が崩れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。