321話 フェリの悪夢*
――アルセリア国境付近。
フェリは高い木の上に立っている。
眼下には、アルセリアの王都に続く街道があり、その途中には、いくつかの村や街が点在している。
見たことのあるような村が近くにあった。
白い建物と慌ただしく行き交う人々。
市場から聞こえてくる声。
小さいながらも活気のある村だった。
今のフェリが身に着けているのは、黒い魔王軍の装備。腰には愛用の双剣。背中には弓。そのどちらも、自分が使い慣れた武器だった。
フェリは自分の手を見つめている。
指も。
腕も。
足も。
何一つ異常はない。
なのに、身体の自由だけがない。
(どうして……?)
背後から、低い声が響いた。
「進軍開始。」
その命令を聞いた瞬間。フェリの身体が動いた。
背中の弓を構えて矢をつがう。狙っているのは村の入り口の近くにある物見台にいる兵士だ。
(待って!)
自分の意思とは関係なく身体が勝手に動いていく。
(やめて!)
フェリは必死に踏ん張った。それでも弓を引く手は力を増していく。弦が引き絞られる。
(止めて!)
眼下では魔王軍の兵士たちが淡々と前へ進んでいく。
そして、フェリの弓から矢が放たれた。その矢は弧を描いて飛んでいき……
兵士の首を貫通した。
(いやぁぁぁあ……)
異変に気がついた別の兵士が、物見台を登り矢の刺さった兵士に駆け寄る。フェリの身体は、直ぐに第二射を放った。その矢が駆け寄った兵士の頭に刺さった。
(もう、やめて…)
駆け寄った兵士が物見台の上から落ちたことで、周囲の兵士達が異変に気付いて警鐘をならす。
「敵襲だ!」
「迎撃しろ!」
兵士たちが武器を構える。
それにフェリの身体も反応した。弓を双剣に持ち替えて木を飛び降り、村に向かって走り出す。
(もう、やめて……。)
双剣を構える。
フェリは必死に腕を止めようとした。
(お願い……!私はそんな事したくない。)
風魔法が双剣へまとわりつく。
自分が何度も使ってきた攻撃。
風を刃に乗せる。
それはフェリにとって、特別な技術ではない。
身体に染み付いた、いつもの戦い方だった。
だからこそ怖かった。
(違う……。)
魔族兵を追い抜いて先頭に立つ。そのままアルセリア兵の隊列に刃を突き立てる。2人の兵士の急所を双剣が同時に貫いた。隊列が崩れる。
「なんだお前は!」
「ヒト族が魔族に混じってやがる。」
フェリの瞳が大きく開く。
(やめて……。)
身体は次々と双剣を振るいアルセリアの兵士を薙ぎ倒していく。
(やめてよ……!)
動いている兵士が居なくなった後は、再び弓を構える。視線の先には幼子を抱えた母親が必死に逃げていた。
フェリの心は必死に叫び続けていた。
(止めろ。撃つな!撃つな!撃つな!)
なのに、身体は自分の言う事を聞かない。
自分の放った矢が逃げていた母親を射抜く。
(あぁぁぁあああああぁぁ!いやぁぁぁぁぁ!)
倒れた母親を揺さぶって必死に呼びかける幼い子。
その子にも向かってフェリは弓を引いた。
(やめてぇえええええぇっ!)
しかし、身体は無常にも矢を放った。
その後も、
何度も、
何度も、
何度も、
弓を引き、
矢を放った。
◇
城門が開き、魔王軍が王都へ侵入する。
フェリもその中にいた。
大通りへ入った瞬間、街の様子が目に飛び込んでくる。逃げる市民の盾となり傷つきながらも抵抗を続ける兵士達。負傷者を運ぶ兵士もいる。通りの端には震えている人々。
(……。)
フェリは言葉を失った。
(違う。)
心に中で小さく呟く。
(この人たちは敵じゃない。)
その感情とは反対に身体は弓を構える。
(やめて!)
フェリは腕を止めようとした。しかし、弦が引かれる。
(やめてぇっ!)
風魔法が集まる。
その時、一人のアルセリア兵が、フェリへ向かって駆けてきた。
兵は剣を構えている。
既に距離が近い。
身体が弓を捨てて腰の双剣へ手が伸びる。
(……嫌。)
双剣が再び抜かれる。二本の刃が光を反射した。
それをものともせず兵士は斬り込んでくるが、身体が自然に反応する。
右手の剣で受け流し左手で反撃する。一歩踏み込み身体を回転させる。そのまま双剣による連続攻撃。それは、いつものフェリの戦い方だった。
軽く、速く、相手の隙を突き、正面から力比べをするのではなく、動きながら敵を崩していく。
(違う……!)
フェリは心の中で叫ぶ。
(私はこんなことに、この剣を使わない!)
それでも、身体は止まらない。
兵士の剣を弾いて踏み込む。
急所を貫かれアルセリア兵が倒れた。
(……。)
心の中のフェリは泣いていた。だが、身体は戦い続けている。心の中だけが叫び続けている。
(やめて……。もう、やめてよ……。)
しかし身体は目の前の兵士や市民を殺し続けた。
◇
それからどれだけの時間が過ぎたのか分からない。
フェリは王都の中を進んでいた。
遠距離では弓。接近されれば双剣。
その切り替えさえ、身体は正確に行っていく。
敵が離れれば弓を構え風魔法を矢へ乗せる。
敵が接近すれば弓を捨て、双剣を抜く。
周囲の状況を見て最も効率的な武器を選択する。
それは、本来なら自分の長所だった。
どんな状況でも戦えること。
距離に応じて武器を変えられること。
仲間と連携しながら、戦場を駆け回れること。
それがフェリの誇りだった。
なのに今は、その長所そのものが、自分を苦しめている。
(こんなの……。)
フェリは涙を流しながら思う。
(私の戦い方じゃない。)
違う戦い方は自分のものだ。
身体も自分のものだ。
だからこそ意思だけが違うことが。
何より恐ろしかった。
◇
やがて、王城へ続く大通りに出た。
そこには、最後の防衛線が築かれていた。
「ここから先へは通さん!」
アルセリア兵が叫ぶ。
フェリの身体が弓を構えた。
(やめて!)
フェリは叫ぶ。
(お願いだから、逃げて!)
けれど、矢が番えられ風が集まる。
(嫌……。)
フェリは自分の腕を止めようとする。
(お願い……誰か助けて……。)
それでも指が離れ矢が飛ぶ。兵士たちの前へ着弾し、風圧で隊列を吹き飛ばす。
身体が走り出す。弓を背中へ戻して双剣を抜きながら防衛線へ飛び込む。
(やめて!)
フェリは叫ぶ。
(誰か助けて…。私を止めて…。お願いだから……。)
それでも双剣は止まらない。アルセリア兵の剣を受け、弾き、かわし、斬り返す。
一人。
また一人。
防衛線を崩していく。
そして、最後に残った門が開かれた。
フェリの身体は、その先へ進んだ。王城へ。
◇
王城の大広間。
その中央に、一人の男が立っていた。
白銀の短聖剣と黒い外套。
静かな眼差しを持つ男。
(……アベル。)
フェリの声が震えた。身体が止まらない。
アベルは短聖剣を構える。
その姿を見た瞬間、フェリの心が大きく揺れた。
(お願い……逃げて。私は戦いたくない。)
けれど、身体は弓を手に取った。
(やめて!)
風魔法が矢へ集まり弦が引かれる。
フェリは必死に抵抗しようとする。
それでも矢は放たれた。
アベルが横へ跳び矢が壁へ突き刺さる。
アベルが走る。フェリは弓を捨て双剣を抜いた。
(違う!)
フェリは心の中で泣きながら叫んだ。
(こんなの私じゃない!)
アベルが踏み込むとフェリの双剣と短聖剣がぶつかった。金属音が広間に響く。
フェリの身体は迷わない。右の剣と左の剣が連続して斬り込む。
アベルが受け、かわし、さらに踏み込む。そのたびに、フェリの心は叫んでいた。
(アベル……。お願い……。いっそ、殺して……。)
けれど身体は最後まで止まらなかった。アベルがフェリの攻撃を受け流すと一瞬、フェリの身体が大きく開いた。その隙を逃すまいとアベルが懐へ入り込む。
(……!)
フェリは悟った。
これで終わる。
アベルを倒すか、
アベルに倒されるか、
その二つしか残されていない。
(アベル……。)
フェリの目から涙が落ちる。
(ごめん。)
白銀の刃が振り抜かれるはずだった。しかし、その刃はフェリに届かなかった。いや、アベルが止めたのだ。一方、フェリの双剣はアベルの心臓を貫いていた。
アベルは剣をフェリの手前で止めたまま、最後までフェリを見つめていた。
(……どうして……アベル……。アベルーーーーっ!!)
その絶叫とともに世界が崩れた。




