320話 届いた一矢
フェリの矢はハルメルに向かって放たれた。
だが、ハルメルも手をこまねいていた訳ではない。その射線上に聖女の2人が割り込む。ハルメルが彼女達の身体を操って、移動させておいたのだ。
フェリは目を細めた。
ファムから教わった魔弓術を思い出す。
矢は単なる飛翔体ではなく魔力の通り道。
風と繋がった術式そのもの。
フェリは小さく息を吐いた。
「いっけぇぇぇ!」
風を捉え、わずかに軌道を変えながら聖女たちの隙間を抜けていく。
「なっ……!」
矢は聖女達に当たって防げると思っていたハルメルが驚愕する。しかし、避けるには遅かった。
その矢がハルメルの脳天を直撃し頭蓋を貫く。そして、右手に持っていた剣と左手に持っていた笛が床に落ちた。
コロンコロンという甲高い音が響きながら、黒い金属製の笛がアベルの前に転がった。
アベルがその笛を思い切り踏みつける。
砕け散る黒い笛。
その瞬間、聖女たちの身体から、張り詰めていた魔力が一斉に抜けた。
「……あ」
展開されていた魔法陣が消えていく。
「身体が……元に戻った」
別の聖女も、自分の手を見つめる。
「動ける……!」
膝から崩れそうになった聖女を、動けるようになった側近の神官が慌てて駆け寄って支えた。
聖女達が涙を浮かべながらアベル達に頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
「無事でよかった。」
アベルは笑顔で応えた。
そしてアベルはフェリにも笑顔を向けて手を振った。フェリもVサインをして、それに応える。
しかし、まだ終わっていない。
アベルは改めてメアと向き合う。
メアが、ゆっくりと右手を上げると黒い魔力が、彼女の周囲に静かに集まり始めた。メアは魔王の代行者である幕僚長から与えられた命令を遂行するために既に動き出していた。その命令とは、聖女の拉致に失敗した場合に、聖女達の精神に大きなダメージを与えて再起不能にすることだ。
メアの瞳が淡い紫色に変わる。
次の瞬間、大聖堂の空気が歪んだ。
床と壁と天井、そのすべてが、現実とは違うものへと変わっていく。
エリスが息を呑む。
「これは……」
ルナが魔力を解析して皆に警告する。
「強烈な精神干渉が来る。各自防壁を展開!」
メアは何も答えず、ただ淡々と魔力を流し続けた。
「メア!やめてくれ!!」
アベルが駆け寄って、メアを止めようとするものの、その前に魔法が完成してしまう。
「《ナイトメア・ウェーブ》」
呟くような詠唱。そしてメアの身体から発生した黒い魔力の霧は、あらゆる防壁や耐性を突破して、その場にいた全員を包み込んだ。
アベル達の視界から、大聖堂が消える。
そして、忘れたくても忘れられない光景が、目の前に現れ始めた。




