316話 聖女拉致計画
魔王城 謁見の間。
魔王は玉座に腰掛け、目の前に並べられた戦況報告へ静かに目を通している。そこに記されていたのは、アルセリア侵攻戦における魔王軍の被害状況だった。
「……かなり被害が少ないな」
魔王が呟く。
傍らに控えていた魔王軍参謀担当の幕僚長が答える。
「はい。予想されていた損害を、大きく下回っております」
「理由は?」
「王女による防壁魔法の無効化に加えて、聖女の存在が大きかったかと。」
魔王の視線が報告書へ落ちる。
「聖女の回復魔法か。」
「はい。」
その言葉に、魔王は僅かに目を細めた。
「続けろ」
「アルセリア侵攻戦において、絆の指輪により魔王様に忠誠を誓わせたヒト族の聖女が我が軍の兵士と魔獣に対して回復魔法を使用し、常に万全な状態を保てたことが結果的に兵士達の損耗を減らせたのだと考えられます。」
「実際に目の当たりにしましたが、負傷した兵士が回復し、直ぐに戦線に復帰することは士気を高める上でも有効でした。特に大規模戦闘の後半で通常なら戦線離脱するはずだった兵士が次々と復帰し、結果として我が軍の実質的な損害が極めて少なくなっています」
魔王は黙って聞いていた。
やがて、報告書を机へ置く。
「……興味深いな」
幕僚長が顔を上げる。
「しかし、あのヒト族の聖女という駒を失った今、魔王軍には、聖属性の回復魔法を扱える者がおりません。闇属性にも回復魔法はありますが、聖属性は効果も回復速度も段違いですから。」
魔王は椅子へ深く身を預ける。
「ならば、また聖女を確保すればよかろう。ヒト族を魔王軍に従わせる方法などいくらでもある。脅迫、洗脳、改造。そうして従わせた聖女に回復魔法を使わせるのだ。」
幕僚長は一瞬、言葉を失った。
「……さすがは魔王様です。それにヒト族から聖女が居なくなれば、それだけ魔王軍のヒト族殲滅も捗るでしょう。早速、ヒト族の聖女を拉致する作戦を進めます。」
「うむ。」
魔王は即答し、幕僚長は皮算用を始めていた。
(聖女を回復兵として運用できれば、魔王軍の戦争の形そのものが変わる)
◇
魔王軍参謀本部。
「ターゲットは聖女会議だ。」
参謀本部のトップである幕僚長は部下の魔族に静かに告げた。
「近く、四年に一度、聖都ヨーセフで開催され、世界中の聖女が一堂に集まるこの会議で、ヒト族の聖女と呼ばれる雌共をまとめて拉致するのだ。」
部下は問う。
「それで、どこの部隊に襲撃させるのですか?」
「それだがな…これは魔王軍にイノベーションを引き起こす大きな成果になる。そんな稀有な機会を他の部隊にくれてやるなど勿体無い。」
「……ということは?」
「我々、参謀本部の隠密部隊が実行する。」
「なるほど!」
久々の大仕事に参謀本部内に活気が溢れていく。
「では部隊を編成いたします」
「ああ。拉致向きの奴をピックアップしてくれ。」
幕僚長の声が低くなる。
「現地で抵抗があった場合は?」
「拉致が不可能だと判断した場合は、聖女を一人たりとも残すな」
「全滅させる、ということでしょうか」
「そうだ」
幕僚長は迷いなく答えた。
「聖女をヒト族側に残しておくことは、我々にとって大きな脅威となる。魔王軍の回復兵として利用できないのであれば、敵軍の回復能力を削るためにも処分しておくべきだろう。」
「では、暗殺部隊に応援を?」
「いや。聖女は殺しても復活するらしい。復活しなくとも別のところで新たな聖女が生まれるとも。だが、私はそんなイタチごっこを回避する作戦を考えた。それは聖女を殺すのではなく精神的ダメージで生かしたまま再起不能にすることだ。丁度、それが出来る手駒を魔王様に返して頂いたしな。」
「あの混ざり姫につけるぐらいしか使い道がなかった落ちこぼれを…ですか?」
幕僚長と部下の視線は、意思を持たない人形のような少女に向けられていた。
聖都ヨーセフに集まった聖女たちの運命が今、大きく動こうとしていた。




