閑話68話 役割*
夕食を終えた後、アベルはセレスティアに声をかけた。
「ティア、少し相談がある」
「もちろんです。子供は5人は欲しいです。」
「……何の話だ?」
「えっ?……何の相談ですか?」
二人は人の少ない廊下の端へ移動し、アベルは今日の訓練で見たアンジェリカの戦い方を思い返しながら話し始めた。
「アンジェのパーティでの配置についてなんだけど、俺は前衛寄りの中衛がいいと思ってる」
「前衛寄りの中衛?」
「ああ。剣がかなり使えるから、敵に接近されてもある程度は自分で対処できる。それに魔法もかなり使えるから、前衛の後ろから攻撃魔法を撃つこともできる。後衛に置いてしまうより、少し前に出した方が本人の能力を活かせると思う。どう思う?」
「……なるほど。もしかして、アベル様が気にしているのってアンジェリカ様が皇女というところでしょうか?」
セレスティアがアベルが気になっていた事を言い当てた。
「ああ。それにアンジェリカには常に護衛がいるだろ?」
「ええ。飛空艇の船員達ですね。彼らの役割に操船や整備だけでなく、殿下の護衛も含まれていると聞いています。」
「そうなんだ。彼らはアンジェから離せないから、セットで扱わないといけない。」
アベルは少し考えながら言葉を選んだ。
「それから、あの双子の侍女。ソラムとソレムなんだけど……。」
アベルの脳裏に、アンジェリカの傍にいる二人の女性の姿が浮かぶ。普段は飛空艇の中でアンジェリカの身の回りを整え、必要なものを用意し、皇女に対して恭しく接している。服装や立ち振る舞いだけを見れば、どこからどう見ても侍女だ。
だが――。
「俺、あの二人が本気で戦っているのを見たことがないから確信はないんだけど……たぶん、かなり強い」
「あの双子の侍女がですか?」
「ああ」
アベルは真剣な顔で頷いた。
「魔力の流れが普通じゃない。身体強化を使ってるのか、それとも別の技術なのかまでは分からないけど、身体の使い方が完全に戦闘向けなんだ。巧妙に隠しているけど。」
「……全く気がつきませんでした。」
「ティアが気付けないレベルだとすると、評価を更に上げる必要がありそうだな……。」
アベルは以前、二人が訓練場の隅で軽く身体を動かしているところを思い出した。一見すると柔軟体操のような動きだったが、重心の移動が異様に速い。足の運びに無駄がなく、相手の懐へ入ることを前提にした動きになっている。しかも二人とも、互いの位置をほとんど確認せずに動いていた。
「たぶん、普通の兵士なら相手にならないと思う」
「……侍女とは思えないわね」
「俺もそう思う」
アベルは苦笑した。
「アンジェリカの護衛という意味では、六人ともかなり頼りになるんだと思う。飛空艇の操船や整備だけじゃなくて、いざとなったら皇女を連れて逃げることまで含めて、最初から役割を決められてるんじゃないかな」
「それなら、アンジェリカが少し前に出ても問題は少ないのでは?」
「そこも悩んでるところなんだ」
アベルは腕を組む。
「護衛が六人いるからといって、アンジェリカ本人を危険に晒していい理由にはならないからな」
「なるほど」
「それに、アンジェリカが前衛寄りの中衛になれば、護衛の動きも変わると思う。今までは皇女を中心に守ることが最優先だったはずだけど、本人が戦線に出るなら、護衛側もそれに合わせて動かないといけない」
「そこまで考えているのね」
「パーティ全体の動きに関わるからな」
アベルは少し考えたあと、続けた。
「だから、俺としては本人の希望を聞いた上で、六人の護衛とも役割を確認したい。アンジェリカをどこまで前に出すのか、そのとき誰がどこを守るのかを決めておかないと危ない」
「それがいいと思うわ」
セレスティアは素直に頷いた。
「皇女だから後衛に置くのではなく、本人の能力を活かしたうえで、護衛を含めて安全を確保する。そういう考え方なら、私も賛成よ」
「ありがとう。じゃあ、そうしてみるよ。」
アベルは頷いた。
そして、そこで一度話を終えようとした。
だが――。
「……そういえば、ティア。さっきの話をしていて、一つ気になったんだけど…。」
「?」
「ティア自身のことだ。」
セレスティアが首を傾げる。
「私?」
「ああ」
アベルは少し言いにくそうにしながらも、言葉を選んで続けた。
「最近、戦いのときに無茶をしすぎじゃないか?」
「そう?」
「そうだよ」
セレスティアは困ったように微笑む。
「私はアベルを守るためなら、それくらいは当然だと思っているのだけれど」
「その『当然』が問題なんだ」
アベルの声が少しだけ強くなった。
「前日、俺が背後から攻撃を受けそうになった時、自分の身体で受けるつもりだっただろ」
「もちろんよ」
セレスティアは迷いなく答えた。
「アベル様を守れるのなら、腕の一本や二本くらい惜しくないわ。もし命を差し出すことで貴方を救えるのなら、私は迷わない」
「ティア」
「だって私は――」
「駄目だ」
今度ははっきりと遮られた。
セレスティアが目を瞬く。
「……どうして?」
「そんな考え方をするな」
「でも、私はアベルの奴隷なのよ?」
「だから?」
「主人を守るのが奴隷の役目でしょう?」
「それと、自分の命を粗末にしていいことは別だ」
アベルはセレスティアをまっすぐ見つめた。
「俺はティアに、俺を守るためなら死んでもいいなんて思ってほしくない」
「……」
「俺が欲しいのは、命を捨てて俺を守ってくれる奴じゃない。一緒に生き残ってくれる仲間だ」
セレスティアは何も言えなかった。
「ティアが怪我をするのも嫌だ。死ぬなんて、もっと嫌だ」
「……私は、奴隷なのに?」
「関係ない」
アベルは即答した。
「身分の問題じゃない」
一度言葉を切ってから、静かに続ける。
「ティアだから大切にしたいんだ」
胸の奥を、何かが強く打った。
セレスティアは、これまで自分がアベルにとってどういう存在なのかを考えるとき、いつも身分を基準にしていた。
王女だった自分。そして今は奴隷になった自分。だから、王女でなくなった以上、自分の価値も変わったのだと思っていた。主人であるアベルのためなら、命を差し出すことくらい当然だと思っていた。けれど、アベルはそんな自分の考えを簡単に否定した。
「……私のご主人様は、本当にずるいわね」
「え?」
「そんなことを言われたら……」
セレスティアは胸元に手を当てる。
そこが、ひどく熱かった。
「私はもっと、あなたの役に立たなければいけないと思っていたのに」
「役に立ってるよ」
「でも――」
「もう十分すぎるくらいだ」
アベルは穏やかに笑った。
「だから、これ以上自分を削る必要はない」
「……」
「俺はティアにも、自分のことを大切にしてほしい」
その言葉が、セレスティアの胸に深く残った。王女だった頃にも、こんなふうに言われたことはなかった。自分の価値を、身分でも役割でもなく、一人の人間として認めてくれる。そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
「……分かったわ」
「本当に?」
「ええ」
セレスティアは小さく頷く。
「命を捨てることを、簡単に口にするのはやめる」
「助かる」
「ただし、一つだけ約束して」
「何?」
「あなたも、自分の命を粗末にしないこと」
アベルは少し考えてから、苦笑した。
「分かった。約束する」
「ふふ……」
セレスティアは嬉しそうに笑った。
王女だからではない。
奴隷だからでもない。
ただ一人のセレスティアとして、大切にしてくれる。
その事実が、彼女の中にあったアベルへの想いを、また一段深いものへと変えていた。




