閑話67話 アンジェリカの実力*
聖教国滞在4日目。
朝の空気がまだ冷たい時間帯、宿の裏手にある開けた場所では、いつものようにアベルとリシアが身体を動かしていた。
とはいえ、今日はいつもと少しだけ人数が少ない。セレスティアが参加する日もあるが、今日はいないようだ。
「フェリは今日も?」
準備運動をしながらリシアが尋ねる。
「ああ。ファムさんのところだ。昨日から泊まりで弓を習ってる。」
「そうですか。……フェリ、嬉しそうでしたしね。」
「もうすぐ聖女会議も終わるから、せめてそれまではな。」
アベルは笑いながら、腕を伸ばした。
フェリにとって、ファムは初めて心から安心できる血縁者だった。だから、聖教国にいる間くらいは好きなだけ会いに行けばいい。アベルもそう思っていた。
「では、今日は二人で―。」
ちょっと嬉しそうにするリシア。だが…
「おはようございます!」
背後から、明るい声が飛んできた。
二人が振り返る。
「アンジェ?」
そこに立っていたのはアンジェリカだった。
動きやすそうな服装に腰には一本の剣を下げている。
「お二人とも、毎朝鍛錬していると聞きまして。私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん」
「ありがとうございます!」
アンジェリカは嬉しそうに笑う。
アベルは特に何も考えず、軽く身体をほぐすように言った。
「じゃあ、まずはストレッチから――」
「はい!」
身体を軽くほぐした後、剣の素振りによる型の確認を始めようとしたところで、アンジェリカから待ったがかかった。
「……?」
アベルが首を傾げる。
「どうした?」
「いえ。どうせなら私の剣を先に見て頂いてからの方が、ご指摘を頂けるかと思いまして。」
「剣を?」
「はい」
アンジェリカはそう答えると、すっと剣を抜いた。
構えが変わる。さっきまでの柔らかな笑顔から一転して、空気そのものが引き締まった。
「……」
リシアが目を見開く。リシアも訓練用の模擬刀を構えてアンジェリカに対峙する。
次の瞬間、アンジェリカが踏み込んだ。
剣先が走る。
一閃。
二閃。
三閃。
リシアが構えた模擬刀に当たらないギリギリの所で刃を止めるアンジェリカ。
速い。しかも、ただ速いだけではない。
無駄な動きがほとんどなく、身体の軸が一切ぶれない。足運びも滑らかで、剣を振るたびに次の動作へ自然につながっている。最後に大きく踏み込んで振り下ろされた剣が、空気を切り裂いた。
「……」
アベルとリシアは顔を見合わせた。
リシアが驚嘆する。
「アンジェリカ殿下……」
「はい?」
「剣、かなり使えるんですね」
「え?」
アンジェリカはきょとんとした。
「これくらいは普通では?」
「普通じゃないぞ。」
アベルが即答する。
「少なくとも、俺が今まで見てきた人間の中ではかなり上手い方だ。」
「そ、そうですか?」
褒められたアンジェリカは少し照れたように笑う。
「幼い頃から教えていただいていましたから。護身のためにも、ある程度は使えた方がいいと言われて」
「ある程度……」
リシアが苦笑する。
「その『ある程度』が、かなり高いような気がします」
「そうでしょうか?」
アンジェリカ本人には、本当に自覚がないらしい。
アベルは少し考えてから、剣を見た。
「じゃあ、素振りのトレーニングが終わったら、俺とも少し打ち合ってみるか?」
「よろしいのですか?」
「ああ」
「お願いします!」
アンジェリカは嬉しそうに頷いた。
そして、その日の朝の鍛錬は、予定より少し長くなった。
◇
数時間後。
「……というわけで、今日はこの辺りで採れる魔法素材を探します」
聖教国近郊の森。
ミリア、クラリス、ルナが素材採集に行くと言うので、アンジェリカが同行を願い出たのだ。アンジェリカが同行するということで飛空艇の乗組員で侍女でもある女性2人も付いてきている。その7人は素材採集のために森の中を歩いていた。
「この森なら、魔力を含んだ薬草がいくつか採れるはずです」
ルナが地図を確認しながら説明する。
「ミリアさんの魔導具に使う素材と、クラリスさんの魔導銃の弾に使える素材を優先して探しましょうか。」
「了解!」
ミリアが元気よく答える。
「クラリスは何か欲しい素材ある?」
「できれば硬度の高い魔石が欲しいですね。弾頭に使えそうなものがあれば助かります」
「じゃあ、みんなで探しましょう」
そんな会話をしながら森の奥へ進んでいく。
しばらくすると、クラリスが足を止めた。
「……この先に魔獣がいます」
「何体?」
「三体。中型です」
安全な森だと聞いていたため、前衛のアベルとリシアは同行していない。聖女会議に参加中のエリスの護衛というか付き添いで2人とセレスティアは大聖堂に缶詰だ。フェリは朝からファムの所に行っている。
「先に私が魔法で仕掛けます。撃ち漏らしたのをお願いします。」
ルナの指示にクラリスとミリアが頷く。詠唱が必要なルナの魔法が初手なのはいつもの事だ。
「撃ち漏らしたのは私に任せて頂けますか?」
アンジェリカが自然に前へ出た。侍女の双子も後を追う。ルナが少し驚いて…
「大丈夫ですか?」
「はい。だって、素材を取りに来たのに、ここで消費してしまっては本末転倒ではないですか。」
アンジェリカは剣を抜いた。そして、森の奥から現れた魔獣を見た瞬間、迷うことなく駆け出した。
「速い……」
クラリスが呟く。
ルナの魔法の弾丸が何体もの魔獣を撃ち抜く。しかし、やはり数体は撃ち漏らしてしまった。
そこへアンジェリカの剣が閃く。
一体目の攻撃をかわし、懐へ入り込む。
斬撃、そのまま二体目へ。
魔獣が爪を振り下ろすより早く、アンジェリカの剣がその腕を弾き、続けざまに胴を薙いだ。
三体目が背後から襲いかかる。しかしアンジェリカは振り返りもせず、身体を捻りながら剣を逆手に返して受け止めた。
「……」
ルナたちの目が大きくなる。
数分後にはルナが討伐したのを含めて10体いた魔獣はすべて倒れていた。
「すごい……」
ミリアが思わず声を漏らす。
「どうでした?」
アンジェリカが尋ねる。
クラリスが忖度なくコメントする。
「そこまで詳しい訳ではないのですが、剣術の腕前はリシアさんに並ぶぐらい高いと思いました。」
「ありがとうございます」
「それに……」
ルナはアンジェリカをじっと見る。
「魔法もできますよね?」
「はい。簡単なものなら。ちょっとお見せしましょうか。」
そう言ってアンジェリカは少し離れた場所にある木に右手を向けた。
「《ファイア・アロー》」
次の瞬間、炎の塊が生まれた。
それが一直線に木へ飛び、激しい爆発を起こす。
「ぎやぁぁあぁぁぁぁ!」
木が大きな叫び声をあげながら燃え盛る火から逃げようとするも、そのまま炭のようになって停止した。木だと思っていたのはトレントだった。
ミリアとクラリスまでが目を丸くする。
「これ……」
ルナも驚いていた。
「1発で仕留めるとは流石です。」
「そうですか?」
「はい。トレントは魔法抵抗が高いので魔法で倒すのは結構難しいんです。あと、発動までの魔力の流れにも無駄がありませんでした。」
「ありがとうございます」
アンジェリカは嬉しそうに微笑む。
「でも、連発はできないんですよ。」
「それは、魔力の総量の問題でしょうか?」
アンジェリカは少し恥ずかしそうに頷いた。
ルナは考えながら答える。
「魔法の技術そのものはかなり高いです。だからこそ、余計に不思議ですね。これだけ制御できるのに。」
「実践経験の不足で技術の割にレベルが低い、ということはありませんか?」
ミリアが何気なく言った。
アンジェリカは少し考えてから言う。
「そうですね。立場上、今まではこうして採集に出たりすることはなかったですから。」
ミリアとクラリスは目を見合わせて言う。
「だったら、解決策は簡単ですね。」
「うん。アベルが前にエマさんにやったやつ。」
「それはどのような……。」
「「「……」」」
ルナ達が黙る。事前に教えるべきか、判断が難しい。
「みんな。大丈夫か?」
アベルが、いつの間にか後ろに立っていた。
「アベル様!」
「いつからいたんですか?」
「今、来たところだよ。今日の聖女会議は早めに散会になったんだ。それでもエリスとティアはかなり疲れたみたいだったから、2人には宿で休んでもらってる。リシアには2人の護衛を任せてきた。」
アンジェリカがアベルに近づいて問い詰める。
「アベル様。エマってどなたですか?」
「エマさん?ティアの専属侍女だけど……。」
「なるほど。恋人とかじゃないんですね?」
「……チガウヨ。」
アベルの脳裏にはエマに告白されたときの事が蘇っていた。あの時はメアの乱入で有耶無耶になったけど。
「そのエマさんと、同じようにすれば私も強くなってアベル様のお役に立てるとのことですが……。」
アベルはアンジェリカを見る。彼女の安全の為にもレベルは上げておいた方がよいかと思った。
「わかった。じゃあ、準備が出来たらやろう。」
「ありがとうございます。」
「「お待ち下さい!」」
そこへ割り込んだのはアンジェリカの侍女の双子。ソラムとソレムだ。
「アベル様。セレスティア様の侍女のエマ様がそうされたという事でしたら、是非アンジェリカ様にお仕えする私たちにも、その機会を頂けないでしょうか?」
アベルは詰め寄ってきた侍女2人を見て、ふと疑問に思う。
「君たちは、ソラムさんとソレムさんか。結構、レベル高くない?正直、必要とは思えないんだけど…。」
「そんな事はありません!」
「アンジェリカ様を御守りするためには、強いに越した事はありませんから。」
ちょっと不審に感じたクラリスがアベルに耳打ちする。
(アベル様。アンジェリカ様はともかく侍女の2人には何か下心がありそう…。)
アベルは少し考える。
「まあ、いいだろ。3人まとめてパワーレベリングしよう。」
「パワーレベリング……ですか?」
アンジェリカが首を傾げた。
「簡単に言えば、強い魔獣を安全に倒して一気に経験を積むって方法だ。」
「なるほど!?」
「「よろしくお願いします」」
アンジェリカは剣に手を添えた。
「せっかく皆さんと一緒にいるのですから、私も役に立てるようになりたいです。」
「決まりだな」
アベルが笑う。
「じゃあ、今日から始めよう」
「今日からですか?」
「早い方がいいだろ。」
アベルはそう言って、時間を停止して収納袋の中で保管していた、まだ生きている地龍を取り出した。そのあまりの大きさ、凶悪そうなフォルムに侍女2人は腰を抜かす。アンジェリカが少しだけ引きつった笑顔を浮かべる。
「じゃあ、アンジェ。早速だが、こいつを倒してくれ。」
「はい?」
「大丈夫。動けなくしてあるから。ここのところにブスっと剣をさすだけだ。」
「はい???」
アンジェと侍女2人の驚愕の声が森に響き続けた。




