閑話67話 帰り道*
その日の夕方。
ファムの仕事場から宿屋に向かう帰り道を、フェリとアベルの二人は歩いていた。
夕暮れの光が木々の隙間から差し込み、フェリの横顔を赤く染めている。
「今日は嬉しそうだったな」
「……うん」
「ファムさんに会えて良かったな。」
「うん。」
フェリは迷うことなく答えた。
「だって、私のひいお婆ちゃんだから」
その言葉のあと、少しだけ間が空いた。
「……私ね」
「うん?」
「ファムひいお婆ちゃんって、私にとって特別なんだ」
フェリは前を向いたまま話し始めた。
「実は私、子供の時のことをあんまり覚えてないんだ」
幼い頃に両親がいなくなった。
理由もよく分からないまま、気づけば親戚の家で暮らすことになった。父親の従兄弟にあたる親戚の養女になったのだと、後から聞かされた。
「育ててもらったことには感謝してるよ。食べるものもあったし、寝る場所もあった。悪い人たちじゃなかった。なかったんだけどね……。」
フェリは少し困ったように笑った。
「でも……なんとなく、居場所がなかったんだ。私とは合わなかったみたい。」
家族と呼ばれる人たちの中に、自分だけが後から入ったような感覚。何かをしてもらえば申し訳なくなり、何かを頼めば迷惑をかけているような気がした。だから、成長して家を出て、元の生家へ戻った。
「森で狩りをして、採ったものを食べて、足りなかったら町で売って……そうやって暮らしてた」
「一人で?」
「うん」
フェリは頷く。
「一人なら、誰にも気を遣わなくていいから」
それは強がりではなかった。少なくとも、当時のフェリにとっては本当にそうだった。
一人なら、自分がどこにいてもいい。
自分が何を食べてもいい。
誰かの顔色を窺う必要もない。
寂しくないと言えば嘘になる。
けれど、それでも一人でいる方が楽だった。
「でも、ファムおばあちゃんはその養父母とは違った。なんか、一緒にいて安心したの。」
ファムはフェリのことを責めなかった。
親戚の家を出たことも、
一人暮らしをしていたことも、
何も責めず、ただ普通に話を聞いてくれた。
体面とかは気にせず、ただフェリのことを心配してくれた。
そして帰る時には「またおいで。」と言ってくれた。
「それだけだったんだけどね」
フェリは笑った。
「でも、それが、すごく嬉しかった」
アベルは何も言わず、フェリの話を聞いていた。
「ファムおばあちゃんは、私のことを大切にしてくれてるって、ずっと感じてた。」
フェリは胸元へ手を当てる。
「私が物心ついてから、血の繋がった人にあんなふうに大切にしてもらったのは、たぶん初めてだった」
「……そうだったんだな」
「うん」
フェリは頷いた。
「だから、ファムひいお婆ちゃんに会えるのは嬉しいんだ」
しばらく二人で歩く。
やがてフェリが、ぽつりと言った。
「……私ね」
「うん」
「アベルとも……(家族になれたらいいな)。」
アベルの足が、ほんの少しだけ止まった。
「ん?なんて言った?」
フェリは誤魔化すように照れながら、早足で歩きながら言う。
「何でもない!」
言葉を探すように、少し考える。
「でも、帰ってきたら『おかえり』って言ってもらえて、どこかへ行く時には『いってらっしゃい』って言ってもらえるような……そういう関係って、いいよね。」
「……そうだな。」
アベルはすぐに答えた。
フェリは安心したように笑った。
「俺も、フェリが家族みたいにいてくれたら嬉しいけどな」
「……」
今度はフェリが足を止めた。
「フェリ?」
「……そういうこと、普通に言うんだね」
「え?」
「なんでもない」
フェリは顔を少し赤くしながら、再び歩き始めた。
「じゃあ、約束ね」
「何を?」
「家族みたいにになるって」
「ああ。」
「絶対だからね」
夕暮れの森を、二人は並んで歩いていく。
フェリにとって家族という言葉は、これまで少しだけ遠いものだった。
けれど今は違う。
血が繋がっているから家族なのではなく、帰る場所を一緒に作りたいと思える相手がいる。
そう思えるようになったことが、フェリには何より嬉しかった。




