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314話 家族

 フェリは向かいに座るファムをじっと見つめていた。


 曽祖母。その言葉が、頭の中で何度も繰り返されている。


 自分の両親について、フェリはほとんど何も知らない。母親の名前がフォルナであることさえ、今日久しぶりに思い出したのだ。幼い頃に居なくなった両親がどんな人だったのか、どこで暮らしていたのか、なぜ自分だけが残されたのか。そのどれも、これまで知る機会がほとんどなかった。両親を知るはずの使用人に聞いても詳しい情報は教えて貰えなかった。それが何故なのかわからない。何か理由があるのだと思いいつしか諦めていた。それなのに突然、自分と血の繋がった人物が目の前に現れた。しかもその女性は、自分の母親を知っている。


「……なんか、変な感じ」


 フェリがぽつりと呟く。

 ファムは穏やかに首を傾げた。


「何がでしょう?」

「ファムさんが、私のおばあちゃんのお母さんっていうのが」

「そう?」


 フェリは少し困ったように笑った。


「頭では分かるんだけど、全然実感がないんだよね」

「それは当然でしょう」


 ファムは静かに答えた。


「私にとっても同じです。あなたのことを知ったばかりなのですから。」

「……教皇様からは何て?」

「きっと子孫だから会ってみないか?と。まさか、あのフォルナの子だとは思いませんでしたが。」


 ファムは窓の外へ視線を向ける。


「フォルナが里を出た時から、長い時間が経ちました。あの子は昔から外の世界に興味を持っていて、いつか自分の目で世界を見てみたいと言っていました」

「お母さんも、外の世界を旅したかったんだ」

「ええ。私とヒト族の夫との間の娘のハーフダークエルフ、貴女のお婆ちゃんね。その娘もヒト族と結ばれて娘を産んだ。それがフォルナ。フォルナもヒト族、あなたのお父さんと結ばれた。だから、貴女のダークエルフの血は1/8しかないの。


 ファムはそこで少しだけ目を伏せる。


「血が薄くなるほどエルフの里では生きにくいから……。」

「やっぱ、そういうのあるんだ……。」


「帰ってきたくなったら、いつでも帰ってくればいい、って言ってはおいたんだけど、クオーターのミレアには余程、里は辛かったのか、10代半ばに出ていったら帰ってくることはなかったわ。私があの子に会ったのはそれが最後。」


 フェリは黙って聞いている。


「その後、何度か便りが届いたの。元気にしていること。旅を続けていること。そして、ヒト族の男性と結婚したこと。子供が産まれたら私に会わせるつもりだということも書かれていたわ。」


 ファムの声は穏やかだった。しかし、その穏やかさの奥には、長い年月をかけて沈殿した感情があった。


「私も、いつかその日が来ると信じていた。長命なダークエルフにとって、十年や二十年は、それほど長い時間ではないからね。だから、いつか帰ってくるのを待っていればいいと思っていたの。」


 ファムは小さく息を吐いた。


「だから、自分から探しに行こうとはしなかった。便りが途絶えた後も、しばらくは同じで。きっとどこかで元気に暮らしている。いつか突然帰ってきて、昔と変わらない笑顔でただいまと言うのだろう、と思っていたの。」


 そこでファムは一度言葉を止めた。


「でも、その『いつか』は、もう来ないって、少し前に知ったわ。」


 フェリの胸が、きゅっと締め付けられる。


「……やっぱりお父さんとお母さんは、もう亡くなっているの?」

「ええ。」


 ファムは静かに答えた。


「純血派エルフの特に過激な連中が、フォルナを狙って襲ってきて、フォルナを護るために貴女のお父さんが殺され、その後フォルナ自身も殺されたそうよ。」


 その言葉とともに、ファムはゆっくり目を閉じる。


「フォルナ達は貴女を守るために、あえて貴女を連れて行かなかったのよ。貴女には外見的にはエルフの特徴がないから、離れていれば狙われる対象にならないと思ったのでしょう。」


 ファムは目を開けて愛おしむようにフェリを見る。


「もし、私があの時引き止めていたら。もし、便りが途絶えた時に、自分で探しに行っていたら。あるいは、もし、もっと早く外の世界へ出ていたら……。」


 一つ一つの「もし」が、長い年月の中で積み重なっていた。


「あなたにも、もっと早く会えていたのかも。」


 フェリは何も言えなかった。ファムが抱えている後悔が、今になって少しだけ分かった気がした。


 フェリと両親との別れは、決して大きな事件として記憶に残っているわけではない。ただ「また会える」と思って送り出しただけだった。だからこそ、取り返しがつかなかった。


「だから……」


 ファムはゆっくり顔を上げ、フェリをまっすぐ見つめる。


「あなたに会えたことを、心から嬉しく思っているわ。まさか、あの子の娘が私に逢いに来てくれるなんて……。」

「もしかして、ファムさんが教皇様の奴隷なのって……。」

「……そうよ。フォルナを殺した連中に報復して犯罪奴隷になったの。でも、運良く教皇様に拾って頂けたし、後悔はしていないわ。」


 フェリの目から涙が溢れた。


「ありがとう。ありがとう、ファムひいお婆ちゃん。お父さんとお母さんの仇を取ってくれて。」


 ファムはフェリを抱きしめて泣いた。


「……ファムひいお婆ちゃん?」


 ファムは椅子からゆっくり立ち上がった。


「じゃあ、今度は貴女のことを教えてくれる?」

「はい。もちろん。でも、ちょっと言いにくいこともあって……。」

「無理はしなくて良いわ。言える範囲で…ね。あなたが聖都にいる間は、できるだけ時間を作って会いましょう。旅へ戻った後は手紙を送ります。あなたが困った時に私を頼れるよう、いろいろ教えておきたいわ。」


 そして、ファムの視線がフェリの腰にある弓へ向いた。


「それから、あなたが望むなら、フォルナにも教えたエルフ流の弓の技術も教えられるわ。」


 フェリの表情が一瞬で明るくなった。


「お母さんと同じ技?」

「ええ」

「教えて!」


 あまりにも迷いのない返事に、ファムは一瞬だけ目を丸くした。


 そして、ふっと笑う。


「そこは本当に、フォルナそっくりね。」

「だって、面白そうだもん!」


 フェリは嬉しそうに笑った。


 その表情を見つめながら、ファムの胸に長く残っていた後悔が、ほんの少しだけ形を変えていく。


 過去をやり直すことはできない。


 フォルナにもう一度会うこともできない。最後に何を話したかったのかを聞くことも、失われた時間を取り戻すこともできない。だから、フェリとの時間を大切にしようと思った。


「……フェリ」

「なに?」

「これからは遠慮なく頼ってね」


 フェリは少し照れたように笑った。


「じゃあ……よろしく、ファムひいお婆ちゃん。」

「ええ。こちらこそ」


◇


 その日の夕方。


 ファムの家を出る頃には、フェリの表情は来た時よりもずっと明るくなっていた。


「また明日来てもいい?」

「もちろんです」

「明日から弓、教えてくれる?」

「ええ。ただし、基礎からですよ」

「分かった!」


 フェリは嬉しそうに頷いた。

 その横で、アベルが小さく笑う。


「しっかり話が出来たみたいだな。」

「うん。」


 フェリはそう言ってから、少しだけ振り返った。


 玄関前にはファムが立っている。


「フェリ」

「ん?」

「明日、迎えに行きましょうか?」


 フェリは驚いたように目を丸くした。

 それから、嬉しそうに笑う。


「うん!待ってる!」


 その返事を聞いたファムも、静かに笑った。

 もう、待つだけにはしない。


 失ってしまった時間を取り戻すことはできなくても、これから生まれる時間なら、自分の手で守ることができる。


 それが、フォルナに間に合わなかったファムが、今のフェリにしてやれる唯一のことだった。


 そしてその決意は、翌日から始まる新しい師弟関係へと繋がっていくことになる。

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