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312話 ダークエルフの血*

 聖都ヨーセフの大聖堂。


 聖女会議の初日が終わった直後、フェリは自分の置かれている状況を理解できずにいた。


 教皇ファティマが突然、フェリに声をかけたのだ。

 しかも、その視線は明らかに普通ではなかった。


「……あの」


 フェリは少し困ったように教皇を見る。


「私に何か御用でしょうか?」


 教皇はすぐには答えなかった。

 ただ静かにフェリを見つめている。

 その視線には敵意はない。しかし、単なる興味とも違っていた。

 何かを確認している。そう感じさせる視線だった。


「フェリさん、と言いましたね?」


 教皇がようやく口を開く。


「はい。」

「あなたは、ご自身の両親についてどこまで知っていますか?」

「……私の両親……ですか?」


 思いがけない問いに、フェリは目を瞬かせた。


「えっと……あんまり知りません」


 フェリは少しだけ視線を落とした。


「私が小さい頃に、いなくなっちゃったから」


 それは、フェリにとって決して珍しい話ではなかった。幼い頃に両親が姿を消した。領地を持たない法服貴族とはいえ両親のそれまでの蓄えや支えてくれる使用人達がいたため、生活に困るようなことはなかったが、その後は自分で生きるしかなくなり、学院に入るまでは森で狩りをしながら暮らしてきた。


 両親がなぜいなくなったのか。

 どこへ行ったのか。

 生きているのか。

 死んでいるのか。

 フェリは知らない。

 だからこそ、両親について尋ねられると、いつも少しだけ困ってしまう。


「そうですか」


 教皇は静かに頷いた。


「では、ご自身の血筋について考えたことは?」

「血筋?」

「ええ」


 フェリは首を傾げた。


「南方の国のとある民族の末裔とは聞いた事がありますが……。」


 その言葉に、教皇の表情がほんの僅かに変化した。教皇が何かを知っている。それだけはフェリにも分かった。


 教皇はゆっくりと口を開く。


「あなたの魔力には、ヒト族には見られない特徴があります」

「……え?」

「魔力そのものの質ではありません。より正確に言えば、魔力の流れ方です」


 教皇はフェリの身体から漂う魔力を見つめている。


「自然との親和性が非常に高い。それだけならヒト族として珍しくありません。しかし、あなたの魔力にはもう一つ、特徴的な性質がある」

「それって……?」

「夜の魔力です」


 フェリは意味が分からず、瞬きを繰り返した。


「夜?」

「ええ」


 教皇は静かに続ける。


「闇属性という意味ではありません。もっと古い分類です」


 その言葉に、ルナが反応した。


「古い分類……?」

「現在の魔術体系では、ほとんど使われていません。ですが、かつてエルフ族は大きく二つの系統に分かれていました」


 大聖堂の空気が少しだけ変わる。他のヒロイン達も教皇の話に耳を傾け始めていた。


「光のエルフと、闇のエルフです」

「……ダークエルフ」


 ルナが呟いた。

 教皇は頷く。


「そうです」


 フェリは自分の耳に触れた。


「私に……ダークエルフの魔力が?」

「はい。」


 教皇は慎重に言った。


「あなたの魔力にはその血統を強く示す特徴があります」

「どういうこと…… ?」


 フェリは戸惑った。


 これまで自分が何者なのかなど、深く考えたことはなかった。


 時間がある時は森で狩りをして、お腹が空けば食べられるものを探し、危険な魔物がいれば逃げるか戦う。それが日常だった。貴族の令嬢とは名ばかりではあったが、一応最低限の勉強はしていたし使用人達も特に咎めることがなかったので、自由に生活していた。


「じゃあ……私のお父さんかお母さん、あるいは両方にダークエルフの血が?」

「その可能性は高いでしょう」

「……」


 両親から何も知らされていなかったのは何故なのか?そんな疑問が、一気に胸の中へ押し寄せてきた。


「教皇様」


 アベルが口を挟む。


「フェリの両親について、何か知っているんですか?」


 教皇はアベルを見る。その視線には、先ほどとは少し違う色があった。


「すみませんが存じ上げません。」

「では、何故フェリに今そんな話を?」

「一人だけ、フェリざんの血筋について知っている可能性がある人物がいます」

「……それは誰……ですか?」


 フェリの声が少し震えた。

 教皇は静かに答える。


「ファムという名のダークエルフです」

「ファム……」


 聞いたことのない名前だった。

 それでも、その名前を聞いた瞬間、何故かフェリの胸の奥に、説明できない感覚が生まれた。


 懐かしいような。

 怖いような。

 自分でも理解できない、不思議な感覚だった。


「その人は、どこに?」

「この聖都にいます。もし希望されるならご紹介します。」


 フェリの目が大きく開かれる。


「……ここに?」

「ええ」


 教皇は静かに頷いた。


「ただし、彼女は通常の聖教国民とは少し違う立場にあります」

「どういう意味……ですか?」

「私の所有する奴隷の一人なのです。」


 フェリの表情が曇った。


「奴隷……?」

「誤解しないでください」


 教皇は穏やかに言った。


「彼女を囚人のように扱っているわけではありません。ただ、彼女には特殊な事情があるため、私の庇護下に置く必要があったのです。今では大事な側近の一人です。」


 アベルは教皇の言葉を聞きながら、慎重に状況を整理していた。偶然にしては出来すぎている気がする。


 フェリはアベルに問いかけるように目線を向けた。


「フェリが知りたいと思っているなら、知る機会はあった方がいいと思うよ。」


 アベルは警戒はしつつも、判断は当事者であるフェリに委ねることにした。


「会わせてもらえますか?」


 フェリが覚悟を決めて言った。

 教皇は少しだけ目を細め了承する。


「分かりました。では、明日にでも時間を作りましょう。」


 教皇は穏やかな笑みを浮かべた。


「あなたが会うことを望むのであれば、ファムもきっと拒まないでしょう」


 その言葉に、フェリは小さく息を吐いた。

 期待と不安。その二つが入り混じった表情だった。


 アベルは何も言わずにフェリの側に寄り添う。


 まだ何も分からない。フェリの両親がどこへ行ったのかも。なぜ自分が一人で生きることになったのかも。そして、自分の中に眠るダークエルフの血が、どんな意味を持つのかも。


 だが、それはフェリが初めて、自分の過去へ向き合うための一歩を踏み出した瞬間だった。

秋コーデの姫様達。

挿絵(By みてみん)

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