308話 聖教国へ
帝国を発つ準備が整った、その日の午後。
飛空艇の発着場にアベルたち一行が集まっていた。
帝国での騒動も、ようやく一段落した。
第一皇子シュナイダーの皇太子就任と第二皇子ディレクの失脚。そして、アベルにかけられていた皇女アンジェリカ暗殺未遂の嫌疑も晴れている。
だが、その前に発生しアベルが対応した暗殺者によるアンジェリカ襲撃事件は未だ解決していない。そのため暫くの間だけ、アベル達の旅にアンジェリカを同行させることを皇帝から求められた。
勇者である自分たちは常に魔王軍に狙われており、同行する方が危険では?と伺うも、アンジェリカ自身の強い希望により押し切られてしまった。
そんな一悶着はあったものの、これで、ようやく落ち着いて旅立てると思っていた時に、エリスの元へ紙飛行機が飛んできた。
紙飛行機が自動的に開いて現れた封書に刻まれていたのは七枚の花弁を持つ白い花とその中心に光を象徴する円環。それは聖教国の紋章だった。
その手紙には聖教国で開かれる聖女会議にエリスの参加を求める旨が書かれていた。
手渡された手紙を読んだアベルがエリスに確認する。
「聖教国?」
「はい。」
アベルは改めてゆっくりと文章へ目を通していく。
しばらくして。
「……聖女会議。」
その言葉に、周囲の視線が集まった。
「何それ?」
フェリが尋ねる。
「四年に一度、世界中の聖女が集まって行われる会議です。」
エリスは静かに答えた。
「各国の聖女が、それぞれの活動や神聖魔法について情報を交換したり、世界規模の災害や魔族への対策を話し合ったりする場です。」
「四年に一度……。」
ルナが興味深そうに呟く。
「そんな大規模な会議があるの?」
「はい。私も存在だけは知っていました。」
エリスはアベルから返された手紙を握る。
だが、その表情には喜びよりも戸惑いがあった。
「でも……私には関係のない話だと思っていました。」
アベルが彼女を見る。
「どうして?」
「私はもう、聖女ではありませんから。」
その言葉に、わずかな沈黙が落ちた。
かつてエリスは聖女だった。神聖魔法を自在に操り、多くの人々を救った。しかし、自分の意思ではないとはいえ魔王軍の一員としてアルセリアでの戦いで、魔族や魔獣を回復した。また、聖魔法を反転して利用するエナジードレインにより多くの人々やアベルから生命力を奪った。
アベルの助けで自我を取り戻し、大規模蘇生魔法による癒しが成功した後、教会でステータスを確認したところエリスの称号欄から聖女の文字が消えていた。その事をエリスは予想していたものの、目の当たりにするとその場で崩れ落ち、自分は神に見放されたのだと信じて、聖女としての力も失った。
その後、アベルの協力により聖女の力は取り戻す事が出来たものの聖女の称号は未だ戻っていない。そのため今の彼女は、自分自身をただの回復術師だと思っている。
「事情聴取だけでしょうか?懲罰的なものもあるかもしれません……。」
エリスはそう言った。
するとアベルが首を傾げた。
「召喚に応じないって選択肢もあるんだろ?」
「……はい。ですが、聖教国の盟主で教皇でもあらせられるクリスティーナ殿下には聖女のとき、とてもよくして頂いたので……。」
「義理は果たしたいと?」
「はい。」
エリスはもう一度、手紙へ目を落とす。
それは命令でもなく、寧ろエリスのことを案じるような気遣いさえ感じられる文面が記されていた。
「エリスはどうしたい?」
アベルが尋ねる。エリスはしばらく黙っていたが、意を決してアベルに告げた。
「……行きたいです。」
やがて、静かに答える。その言葉には、ほんの少しだけ震えがあった。けれど逃げるつもりはないらしい。
「わかった。」
アベルは頷いた。
「ただし、全員一緒に行く。丁度、帝国から魔王城に向かうルートを少し変えれば聖教国には寄れるしな。」
そうは言ってもかなりの大回りになる。一刻も早くマユミとメア助けたいアベルにとっては苦渋の選択のはずだった。
「エリス一人を行かせるわけにはいかないだろ。」
「……ありがとうございます。」
エリスは小さく微笑んだ。
その隣では、リシアが腕を組む。
「アベル様もエリスも、私たちがしっかり護衛する。」
「そうだよ。任せておいて!」
フェリも頷く。
ルナ、ミリア、クラリスも異論はない。
「では次の目的地は決まりですね。」
セレスティアが微笑む。
「移動手段はどうしますか?」
クラリスのその問いに答えたのは、これまで黙っていたアンジェリカだった。
「その点については心配ありません。私の飛空艇で聖教国までお連れしますから。」
アンジェリカは静かに微笑む。
「そこまで自由に飛空艇を使っていいのか?」
アベルが尋ねる。
「もちろんですわ。私が同行するのであれば飛空艇を使わない方が問題です。」
「……同行?」
アンジェリカは頷いた。しかし、皇帝から依頼されたばかりの内容はセレスティア達にはまだ伝わっていない。そのため、ここで改めてセレスティア達に事情を説明する。
「実は、これには父上……皇帝陛下の考えもあります。」
彼女は少しだけ表情を引き締めた。
「先日の暗殺未遂について、実行犯の背後に誰がいたのかは、まだ完全には分かっていません。ディレク殿下の件についても調査は続いていますが、それだけで全てが解決したとは考えていないそうです。」
唯一事前に事情を知るアベルは黙って聞いていた。
「そのため父上は、私をしばらくアベル様の近くに置くことを決めました。勇者であるアベル様なら、私を守ることができると。」
アンジェリカはそこで一度言葉を切る。
「そして……私自身も、それを強く望みました。」
セレスティアはなんとなく察していたものが遂に表出したかと思いつつも、念のため聞いてみた。
「どうしてですか?」
「私がアベル様のお側に居たいからです。それ以外に理由が必要ですか?」
アンジェリカはまっすぐアベルを見る。
「アベル様……改めて、お側にいてもよろしいですか?」
恋する乙女のような恥じらいを見せるアンジェリカ。
アベルは少し考えた後、頷く。
「アンジェの帝国での安全が確保できるまでの間な…。」
「ありがとうございます。ですが、皇族たるもの。常に危険とは背中合わせですから、これは一生添い遂げるのと同義です。是非とも末長くよろしくお願いします。」
アンジェリカは言質が取れて、ほっとしたように微笑んだ。
「いや、そんなつもりはない。」というアベルの言葉はサラリと流されて有耶無耶になり、既にアンジェリカの中では子供を何人つくろうかだの、住まいをどうするかだの妄想が捗っている。一方、セレスティア達は頬を引き攣らせていた。
「ですから、聖教国までの移動は私の飛行艇を使ってください。」
アベルは飛空艇を見上げた。その周囲では、すでに帝国側の乗員たちが出発準備を進めている。
当然ながらアンジェリカだけでなく航行を担当する操縦士と機関員として六名の随行員が選ばれていた。その内訳は男性が四名と女性が二名。操縦を担当する者、飛行魔導機関を管理する者、航路や魔力供給を確認する者など、それぞれが専門の役割を持っている。女性2人についてはアンジェリカの侍女としての教育も受けている。いずれもアンジェリカ直属の信頼できる者たちだった。
「航行については彼らに任せておけば心配ありません。」
アンジェリカが説明する。
アベルは頷いた。ミリアはすでに興味深そうに乗員たちと飛空艇を見比べている。
「機関員の方に、後でいろいろ聞いてもいいですか?」
「ええ。軍事機密に関わらない範囲なら。」
「(やった!)ありがとうございます。」
ミリアの目が輝いた。ルナも無言のまま飛空艇の機関部へ視線を向けている。どうやら二人とも、しばらく退屈することはなさそうだった。
エリスが頭を下げる。
「ありがとうございます、アンジェリカ皇女殿下。」
「こちらこそです。」
アンジェリカは柔らかく答えた。
「シュナイダー兄上を救っていただいた恩は、帝国としても忘れていません。」
こうして、エリスの聖女会議への出席が決まった。
行き先は、ヒト族国家の中でも特に特殊な国、聖教国。そこでは王の代わりに、世界各地の聖職者たちを束ねる教皇が国を治めている。
飛空艇の準備が整う。
「それでは、聖教国へ向かいましょう。」
アンジェリカの言葉とともに、アベル達を乗せた飛空艇がゆっくりと浮かび上がった。帝国の街並みが、眼下へ遠ざかっていく。
こうしてアベルたちは新たな国へ向けて飛び立った。
それは、エリスにとって失ったものと向き合うための旅の始まりだった。




