閑話65話 ルナの想い(4)
食事の時間。
テーブルには皆が集まっていた。
空いている席はいくつもあるがルナは席を見渡して、アベルの隣も空いているのを見つける。
「……」
以前なら、どこに座るかなど気にしなかった。
けれど今は。
「……ここ、いい?」
自然な顔をして、アベルの隣へ座った。
「もちろん。だけど、珍しいな」
「そう?」
「ああ。ミリアとかセレスティアの近くに座ってる印象が強いから。」
「……」
ルナは少し考えた。
「今日はここが空いていたから」
「なるほど」
アベルは何も疑わず食事を続ける。
ルナも食事を始めた。
しばらくすると、クラリスが向かい側から二人を見た。
「ルナ、最近アベルの隣にいること多くない?」
「……そう?」
「うん」
「偶々よ」
「昨日も隣だったよね?」
「……偶々よ」
「一昨日も」
「……」
ルナは黙った。確かに最近、自分からアベルの近くへ行くことが増えている。
研究の時も。
休憩の時も。
食事の時も。
空いている場所が他にあっても、気づけばアベルの隣を選んでいた。
「話しやすいから」
ルナは説明した。
「アベルには研究の相談もしやすいし、いろいろ確認する時にも都合がいい」
「ふーん」
クラリスは意味ありげに笑った。
「……何?」
「別に?」
ルナは少しだけ警戒した。
しかし、その日の午後、休憩時間になると、やはりアベルの隣へ座っていた。
「……」
自分でも少し呆れる。
「ルナ?」
「はい?」
「何か困ってるのか?」
「え?」
「最近よく近くに座ってるから、何か相談したいけど言いにくいことでもあるのかと……。」
「……」
ルナは一瞬だけ考えた。
そして正直に答える。
「だ、大丈夫。」
「そうか」
「ただ……アベルの隣は、落ち着く」
言ってから、自分で驚いた。
けれど、嘘ではない。アベルが隣にいると、不思議と安心する。
研究の話をしていても楽しい。
何も話さずにいても、嫌ではない。
「そういうことなら、構わないが。何か困ったら遠慮なく相談してくれよ。
「……はい」
ルナは小さく笑った。
そして翌日も。
その次の日も。
空いている席の中から、自然にアベルの隣を選んだ。
もう「偶々」という言い訳は、自分でも少し苦しくなっていた。
◇
その日、アベルは戻ってこなかった。
予定では、とっくに帰ってくるはずだった。
「……遅い」
ルナは何度目か分からないほど時計を見た。
帝国での調査に出ている。危険な場所に行ったのではないと分かっている。だから、心配する必要などない。そう考えていた。
それでも、
「……」
落ち着かない。
研究資料を読んでも、内容が頭へ入ってこない。
魔法式を書いても、途中で手が止まる。
「何をしている。私は…。」
その時、扉が開いた。
「ただいま」
「……!」
アベルだった。ルナは椅子から立ち上がった。
「アベル!」
「おう。どうした?」
「……」
無事だった。それを確認した瞬間、身体から力が抜ける。
「ルナ?」
「……よかった」
「え?」
「無事で……よかった」
自分でも驚くほど、声が震えていた。アベルは少し困ったように笑う。
「心配してくれてたのか?」
「……はい」
ルナは俯いた。
「とても」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かがはっきりした。
研究者として、
仲間として、
友人として、
アベルが無事であってほしいと思う理由はいくらでも説明できる。
けれど、今の自分の感情は、それだけでは説明できない。もしアベルが戻ってこなかったら。そう考えただけで、怖かった。
研究もどうでもよくなるほど。他の何よりも、アベルが無事であることを願っていた。
「……」
アベルが戻ってきた。それだけで、こんなにも嬉しい。
ルナは研究室を出た後、一人になった廊下で足を止めた。
「……そういうことだったんだ」
これまでのことを思い出す。
褒められると嬉しかった。
他の女性と話していると気になった。
自分の研究を最初に見せたかった。
二人きりだと嬉しかった。
隣に座りたかった。
そして今、無事に帰ってきただけで、泣きそうになるほど安心した。
「……私」
ルナは胸元へ手を当てた。
「アベルのことが……。」
ようやく、その言葉を口にできた。
不思議だった。
もっと大きな衝撃があると思っていた。
けれど実際には、ずっと前から知っていた答えを、ようやく認めただけのような気がした。
「……そうだったの」
ルナは少しだけ笑った。
「私、ずっと気づいていなかった。」
誰にも言うつもりはない。
もちろん、アベルにも。
今はまだ、それでいい。
ただ、自分の心にある気持ちだけは、もう誤魔化さない。
それだけを決めて、ルナは研究室へ戻った。




