306話 おまじないの効果*
「ここからが、本当の商談ね」
向かいあっていた男は、しばらく黙っていた。
やがて、その口元から笑みが消える。
「……よく気付きましたね」
先ほどまでの愛想のいい商人とは、声の響きまで違っていた。
「商人として最低限必要なことを答えられないんですもの」
クラリスは冷静に言う。
「帝国で商売をするなら営業許可が必要。商業組合への登録も必要。それなのに、あなたにはどちらもない。それでも、夜会に商会として参加できたのは、どうして?」
男は薄く笑う。
「招かれたからですよ」
「誰に?」
「それを話す義務はありません」
「そう」
クラリスは警戒をさらに強める。
「じゃあ、別の質問にするわ」
「ディレク殿下とは、どういう関係?」
一瞬、男の目が揺れた。
だがクラリスには十分だった。
「……なるほど。その名前に反応するのね」
「偶然でしょう」
「そういうことにしておくわ」
クラリスが引き金へ指を掛ける。
「でも、あなたが何者なのかは調べさせてもらう」
その瞬間だった。男の身体から黒い魔力が噴き出した。
「っ!」
人間の姿を覆っていた魔力が崩れ、その下から異形の姿が現れる。その胸には魔導ペンダントがあった。
「魔族……!」
クラリスが魔導銃を向けて発砲する。
バン、バン、バン!
3発の魔道弾、それぞれ火炎、氷結、雷撃の効果を持つ弾が魔族の身体に命中する。
カラン、カラン。
氷の刃がペンダントの鎖を切り落としたものの、魔族にはダメージがみられない。
魔族の男が、鋭く伸びた爪をクラリスに振り下ろす。
クラリスは転がるように横へ飛び退いた。
「随分と乱暴な商談ね!」
クラリスは魔法銃を構え、さらに連続して3発の魔導弾を放った。しかし男はそれらを腕で受け止める。
「その程度では――」
男が踏み込む。
クラリスは後退した。
帝宮の中なので、誰かが騒ぎに気づいて駆けつけてくれる事を期待した時間稼ぎをクラリスは選択した。相手もそれを理解しているらしく、早めに勝負をつけようと出し惜しみなくカードを切ってくる。
「厄介ね……!」
その時だった。通路の向こうからディレク皇子と侍従、侍女の3人がやって来た。
「クラリスと……魔族?」
ディレクがそれを言うよりも早く、侍従と侍女の2人はクラリスに襲いかかっていた。短剣を構え向かってくる2人に迷わず発砲するクラリス。
魔導弾を腹に受けて吹き飛ぶ2人。しかし、直ぐに起き上がり、腹の傷を気にする様子もなく再びクラリスに襲いかかろうとする。
「ロイド、サラサ、やめろ!」
しかし、ディレクの声は2人には届かない。
「ふふふ。無駄だ。そいつらは我の傀儡だ。」
何が起きているか理解が及ばず立ち尽くすディレク。
「どうして……。まさか、あの変身ペンダントに?」
その発言を聞いたクラリスが、魔族が落としたペンダントを見る。そして、魔族の様な容姿になった2人の胸にも同じペンダントがある。
クラリスは向かってくる2人のペンダントを狙って雷撃弾を撃った。
「「ぎゃぁーーー!」」
魔導弾の直撃を受けて床を転がる2人。彼らの胸の辺りを魔導弾の雷が直撃した。ペンダントは煙を噴いて機能を停止したようだ。今度は2人はそのまま倒れた。
振り返りざま、クラリスは魔族にも牽制の魔導弾を放つ。しかし、雷撃が直撃するも魔族の男は全く意に介さない。それがどうしたとばかりに、少しづつクラリスに近づいていく。
クラリスの魔導銃に残った弾は残り1発のみ。予備の弾は持ち合わせていないため、それが最後の弾だった。
ディレクをみても放心状態で、助けを呼んでもらうことすら期待できない状態だと思われた。だから、クラリスは覚悟を決めるしかなかった。
この1発に全てをかける。そのために最も効果が期待できる場所に確実に撃ちこむ。それがクラリスが選択した最後の手段だ。魔族に向かって走り込んで、魔族の直ぐ近くで魔族の頭に銃を突きつける。
それでも平然としている魔族の男。至近距離にやってきたクラリスに向かって、両手を振りかぶって今まさに爪を振り下ろそうとしていた。
その時、魔法銃の内部で、白銀の光が瞬いた。
「……え?」
クラリスは目を見開く。引鉄を引いた瞬間、目の前の魔族の頭が爆散したのだ。
以前、アベルが魔法銃に触れた時のことを思い出す。
『おまじないだ』
その言葉が脳裏をよぎる。クラリスは銃口を上げた。
「アベル様……」
小さく呟く。スローモーションのように頭部を失った魔族が目の前で崩れ落ちていく。
「ありがとうございます。」
クラリスは弾のなくなった魔導銃を抱きしめながら、窮地を救ってくれたアベルに想いを馳せた。
◇
戦闘が終わって、暫くしてから衛兵とアンジェリカ、セレスティア達がやって来た。
「クラリス!」
「大丈夫!?」
「ええ。私は無事よ」
クラリスは倒れた魔族を見る。
そこには魔族の遺体があり、近くにはディレクの侍従と侍女が倒れている。確認したところ侍従と侍女も息はあった。上手く気絶だけで済ませられたようで、命には別状無さそうだ。
放心状態のディレクを放置して、魔族が落としたペンダントを回収し、ミリアに手渡す。
「こいつは重要な手掛かりになりそうね」
ミリアがペンダントに鑑定をかける。
「これは変身用の魔導具ですね。さらに、主人登録したものの命令に従う効果もあるようです。」
その分析結果を見てミリアは顔をしかめた。その魔導コードはミリアが開発した魔導チョーカーのそれと酷似している。というか、ヒト族用に改造されている部分を除けば、その大半が流用されていた。
「ディレク兄上、ご説明いただけますね?」
半ば放心状態が続いていたディレクをエリスの状態回復魔法で無理矢理回復して、アンジェリカが問う。
「し、知らない。」
「あの魔族はデーノン商会のオーゲレと名乗っていました。面識はございますよね?」
クラリスがディレクに追求する。
「あんな魔族に心当たりがあるわけないだろう。」
「では、侍従と侍女の2人が身につけていたペンダントは?魔族も同じモノを身につけていましたが?」
「知らない。俺は知らない!!」
そう言ってディレクは逃げるようにその場を後にした。
◇
その後のディレクの侍従ロイドと侍女サラサへの取り調べで、アンジェリカ殺害未遂はアベルを装ったロイドによるものであったことが明らかになった。そして、サラサの関与と全ての指示をしたディレクについても追求がなされた。
その結果、アベルは無実が証明され、直ぐに解放された。しかし、解放された直後のアベルは心身共にボロボロになっており、その姿を見たエリスとセレスティアは大泣きしながら必死に回復魔法をかけ続けた。
全て回復して「もう大丈夫だから」とアベルが言っても2人は魔力が尽きるまで回復し続けて、そのまま魔力切れで倒れてしまうのだった。また、ミリアとルナはリシアとフェリがかき集めた薬草で大量の回復薬を用意し、クラリスも市場で特級の回復薬を買い集めた。
セレスティア達の異常なまでの過保護(?)ぶりを目の当たりにしたアンジェリカは呆れると同時に、何故か羨ましいと感じていた。
あんなにボロボロになるまで彼女達を護りとおしてくれた勇者。アベルが自分のためにそこまでしてくれたなら、きっと自分も同じようにしただろう。そして、きっと私のためにもアベルは同じように無茶をしてくれる、そんな確信がアンジェリカにはあった。
まるで、恋心という名の甘い鎖がセレスティア達を縛り付けているようだ、と思いながら、その逃れようのない鎖に自分も囚われてしまっていると気づくのに、そう時間はかからないのだった。
こうして皇女殺害未遂事件は幕を閉じた。




