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305話 商人の網

アベルが地下牢へ連行されてから、まだ2時間も経っていなかった。それでも、ヒロインたちはすでに動き始めている。感情のまま帝宮へ乗り込むのではなく、アベルを救い出すための確かな証拠を探すために。


     ◇


 最初に動いたのはセレスティアだった。


「事件が起きた場所を確認させて下さい。」


 帝宮の廊下を歩きながら、セレスティアはアンジェリカへ尋ねる。


「アベル様が部屋を訪れたのは、何時頃でしたか?」

「……正確には覚えていませんが、午後の執務の後でしたから……16時頃でしょうか。」


 アンジェリカは少し考える。


「侍女ならもっと正確にわかるかも。」

「では、聞き込みを行いましょう。」


 セレスティアは頷いた。ミリアが鑑定で他の証拠を探し、ルナは魔力の痕跡を探す。フェリは3人の護衛をしている。


 クラリスとエリスとリシアは、アベルが拘束された場所を調べていた。


「アンジェリカ殿下の居室から、ここまで移動するとなると、あの回廊を必ず通らなくてはなりません。」


 エリスが指差した先には回廊があり、その途中には近衛兵の待機所があった。


「あそこに近衛兵の待機所があります。聞き込みをしてみましょう。」


 リシアが近衛兵に声をかける。事件のとき、アベルを見た人がいるか聞いてみたが、誰も見ていないという。


「おかしいわね。他に誰か通らなかった?」

「そういえば、ディレク殿下の執事のロイド殿が通っていました。なんで、こんな所に…と不思議に思ったのを覚えています。」

「ディレク殿下の執事……。」


 クラリスが呟いた。


     ◇


 アンジェリカの居室の隣にある侍女達の部屋。

 そこには常時、侍女が二人、近衛兵が四人いる。今は、ここには事件の時にいたメンバーが集められていた。セレスティアが事件当時の状況を一人ずつ確認していく。


「このドアから中の様子を伺っていたら、アベル様がアンジェリカ様に抱きついて。そして背中に回した手で袖口に隠してあったナイフを取り出したのです。」


 アンジェリカの侍女が説明する。


「そこで私たちが部屋に踏み込みました。ナイフを持つ手を掴んだら、直ぐにナイフを落として逃げ出したのです。」


 セレスティアが尋ねる。


「それって本当にアベル様だったのかしら?」

「間違いありません……見た目も声も確かに、アベル様でした」


 セレスティアは少し考える。


「その凶器のナイフは?」

「証拠品として衛兵が持っていきました。」

「確認することは出来るかしら……。」


 アンジェリカは困ったように首を傾げた。


「さすがに証拠品をアベル様の関係者が直接調べるのは難しいです。」

「そう」


 セレスティアはそれ以上追及しなかった。


     ◇


 帝宮の記録室。


 フェリとエリスは、事件当日の人員記録を確認していた。


「この時間帯に、帝宮の西棟へ入った人は?」


 エリスが記録官へ尋ねる。


「使用人と護衛、それから皇族関係者です」

「外部の人間は?」

「原則として立ち入り禁止です」

「……なるほど」


 フェリが記録を覗き込む。


「ねえ、これ」


 一つの名前を指差した。


「この人、二回入ってるのに、退出記録が1回分しかない。」

「同じ人が?」

「うん」


 記録官が確認する。


「……確かに」


 一度目は昼過ぎ。

 二度目は事件直前。


「何か変……。」


 フェリが言う。


「この方は?」

「ああ、そのサラサさんは、ディレク殿下の侍女をされている方です。」

「ちなみに皇族の記録は?」

「皇族の方々については畏れ多いため記録しておりません。」


 エリスは記録を写し取る。


「ディレク第二皇子の侍女……。」


     ◇


 そしてクラリスは、帝宮の応接室へ戻ってきていた。

 机の上には、一枚の名簿が置かれている。昨夜の夜会に参加していた商人たちの名簿だった。


「怪しい人間を見つけました。」


 クラリスが言う。

 アンジェリカが顔を上げる。


「誰ですか?」

「この商会、ご存知ですか?」

「デーノン商会……聞いた事ありません。その代表のオーゲレという名も初めてみました。」


 クラリスが指を置く。


「最近、帝都で急に活動を始めた商会みたいですが…。」


 クラリスは名簿をめくる。


「でも、妙なんです。」

「何がですか?」

「この商会、帝国での取引実績がないのです。にも関わらず、他の商会からの仲介もなく夜会へ招待されていました。」

「新興商会なら、それほど珍しくないのでは?」


 アンジェリカが尋ねる。


「そうでしょうか?」


 クラリスは静かに答えた。


「多くの商会は、既存の商会の暖簾分け、あるいは仲介で始まります。その場合、取引が全くないというのはあり得ないですし、夜会の招待を受けるのにも既存の商会の紹介が通常、必要です。その紹介が、ある意味保証にもなっているのです。新興の商会が粗相をしたら紹介元は信用を落としますから。」


 部屋の空気が変わった。クラリスは立ち上がった。


「もう少し詳しく調べてみましょう。誰かが裏から手を回した可能性があります」


     ◇


 その夜、残ってデーノン商会について調べていたクラリスは帰り道に一人の商人風の中年男性とすれ違った。帝国に来てから初めて見た男性にクラリスはピンと来た。


「もしかして、デーノン商会のオーゲレ会長でしょうか?」

 

 気がついたら、そう話しかけていた。商会の代表者と思わしき男は、少し驚いた仕草をみせたものの悪びれずに言った。


「はい。私がデーノン商会のオーゲレです。何か用かな?美しいお嬢さん。」

「初めまして、私は勇者商会のクラリスと申します。」


 クラリスは男に丁寧に頭を下げた。


「少しだけ、お話を聞かせて頂けないでしょうか?」

「美しいお嬢さんのお誘いを断るのは大変心苦しいのだが私はこれでも多忙でね。すまないが……。」

「おかしいですね。これを見て頂いても?」


 クラリスがオーゲレに見せたのは先日の夜会に参加した商会のリストである。取引額が0の商会が一つだけあり、それがデーノン商会だった。


 リストを一瞥しただけで素通りしようとするオーゲレをクラリスが遮る。


「一つ質問があります」


 男の笑顔が僅かに固まった。


「あなたの商会は、どこの商業組合に所属していますか?」

「もちろん……帝都の――」

「組合名は?」

「……」


 男が言葉を止める。クラリスは微笑んだ。


「答えられないのですか?」

「いえ、それは……」

「では、帝国での営業許可番号を」

「……」


 沈黙。クラリスは確信した。


(やっぱり、おかしい)


 だが、男の目が、ほんの一瞬だけ変わった。

 人間の商人が見せるものではない。


 冷たく、そして、異様に鋭い。

 クラリスが小さく呟く。


「あなた……何者?」


 その瞬間、男の口元の笑みの種類が変わった。愛想笑いのような笑みから邪悪さ溢れる笑みに。

 その場の空気が、一気に張り詰める。

 クラリスは腰の魔法銃へ手を伸ばし、いつでも撃てるように準備した。


「さて、ここからが、本当の商談ね」


 アベルが地下牢へ送られてから数時間。


 ついに、ヒロインたちは、敵の尻尾を掴み始めていた。

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