304話 反撃の狼煙*
アベルが拘束された。
その報告がセレスティア達へ届いた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
「……何ですって?」
セレスティアの声は低かった。アンジェリカと共に報告を持ってきた帝国兵が、緊張した様子で頭を下げる。
「アベル様は、アンジェリカ殿下の殺害未遂容疑で拘束されました。現在、帝宮地下の拘束区画へ移送されています」
「証拠は?」
ルナが即座に尋ねる。
「私の侍女が目撃しています。」
「目撃?」
クラリスの眉が跳ね上がる。
「何を見たの?」
「アベル様が隠し持っていたナイフで私に襲い掛かろうとしていたところを…です。」
「……。」
クラリスは目を細めた。その言葉だけを聞けば、確かに証言として成立している。だが、侍女に目撃されうるような場所で犯行に及ぶというのは、あまりにも変だった。アベルなら、足がつかずに確実にアンジェリカを殺害できる方法が他にいくらでも思いつく。
「アンジェリカ殿下に、お怪我は?」
「え、ええ。特に何もありません。侍女がナイフを床に落としてくれたお陰で。」
「アベル様が握ったナイフを落とせる侍女って……よっぽど屈強な方なのですか?」
「いえ……その侍女は普通の……。」
その指摘でアンジェリカも変だと気がついた。勇者であるアベルが本気なら非力な侍女が何かしたところで凶器を落とすなどありえない。
「それで、アベル様は?」
「抵抗せず、拘束されたとのことです」
セレスティアが静かに呟く。
「……アベル様のことだから、きっと、私たちのために抵抗しなかったんだわ…。」
そこで言葉を止める。胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。エリスが確信を持って言う。
「そもそもアベル様がアンジェリカ殿下を襲うなんて……そんなことをするはずありません」
フェリが強く言った。
「そうだ。絶対におかしいよ!」
ミリアも頷く。
「私も同意します。アベルがアンジェリカ様を害そうとする理由が、動機がありません」
ルナは腕を組んだ。
「そもそもアベル様なら、その気になれば帝宮ごと潰せるのに……。」
「??? それは……どういう事でしょうか?」
首を傾げているアンジェリカにルナが補足する。
「例えば、アベル様が飛行魔法で誰にも気づかれないほど帝宮の遥か上空に飛んで、そこからマジックバックに入れられる最大サイズの大岩でも落とせば隕石の出来上がりです。隕石なら天災だし、帝都が吹き飛んでも仕方ないですよね?」
「仕方ないわけないです!しかし、まさか……そんなことが……。」
アンジェリカは出来るわけない…と最初思ったが、そもそも出会いからしてアベルはワイバーンの群れをほぼ1人で全滅させたのだ。もしかしたら、ありえなくはないと思った。
「それどころか、アベル様は以前、暗殺者からアンジェリカ殿下を守っています。」
その言葉に、全員が黙る。確かにそうだった。アベルが帝国へ来てから、アンジェリカは一度、暗殺者に狙われている。その時、彼女を救ったのはアベルだった。それなのに今度は、そのアベルが暗殺者として拘束されている。
「……筋が通りませんね。」
クラリスが呟いた。
その場にいる少女たちの思考は一つの方向へ集まり始めていた。何者かが、アベルを嵌めようとしている。その可能性が、急速に現実味を帯びてくる。
「……帝国は、アベル様と敵対したと考えてもよいでしょうか?」
セレスティアが静かに立ち上がった。その声には、先ほどまでとは違う冷たさがあった。
「……今は取り調べの最中です。」
報告役の兵士が答える。
セレスティアはしばらく黙っていた。
そして……
「そうですか」
小さく呟く。次の瞬間、彼女の周囲から強い魔力が立ち上った。セレスティアは帝宮の方角を見る。
「いっそ帝国を滅ぼしましょうか。」
「え?」
その場にいる兵士とアンジェリカの全員が固まった。
「セレスティア様?今、なんと?」
アンジェリカが思わず聞き返す。
「勇者を犯罪者として拘束する国に忖度する必要がありますか?」
セレスティアの目には、冗談の色がなかった。
「アベル様を解放しないのであれば、帝国そのものを敵とみなしてもいいですよね?」
「良くないです!」
アンジェリカが慌てて声を上げる。
だが……
「……それも、ありね。丁度、試作した極大爆裂魔法の試し打ちをしたいところでしたし丁度いいかも。」
「ルナさんまで!」
段々とセレスティアの目がすわっていく。
「黙って見ていろと言われても無理ですよ?」
「私も賛成です。」
ミリアが手持ちの魔導具で最も物騒なのを探し、リシアが剣の柄へ手を置く。
「私も。」
フェリも頷くと、さらにアンジェリカが青ざめる。
「皆さん、待ってください。アベル様があんな事をする筈がないということは私も理解出来ました。ですので、この件、私に預けて頂けませんか?出来る限り早く、アベル様を解放できるよう尽力いたしますので。」
「出来るだけ早く……って、どれくらいですか?」
セレスティアからの圧力にアンジェリカが頭を抱える。
「頑張れば一両日中には……」
「そんな長い時間、アベル様をお一人に……やっぱり潰しましょうか。」
「お願いしますから、物騒な話は一旦やめてください!」
クラリスが小さく息を吐く。
「冗談ではありません。ただ、アンジェリカ殿下のおっしゃることもごもっともです。」
全員の視線が彼女へ集まる。
「ですから、我々も捜査をしましょう。アベル様が犯人ではないと証明するのです。」
アンジェリカは必死に頷いた。
「そうです!私も、それを望んでいます!」
そして、アンジェリカは少しだけ表情を曇らせた。
「……私自身も、今日のアベル様は少し変だったと思っています」
「変だった?」
クラリスが聞き返す。
「はい」
アンジェリカは思い返す。
「普段より積極的で……私を妙に褒めていました。それに、どこか落ち着きがなかったような……」
「つまり――」
クラリスが目を細める。
「偽物? ……少なくとも操られていた可能性は低そうですね。」
部屋の空気が変わった。
「でも、そんなことが可能なの?」
フェリが尋ねる。
「分かりません」
ミリアは首を横に振る。ルナも首を振っている。そのような魔導具や魔法の存在は知られていない。
「調べましょう。」
セレスティアは立ち上がった。
「まず、アンジェリカ様の部屋にいた人間を全員確認しましょう。それから、アベル様のアリバイと、目撃証言の時間も調べます。」
その号令で、それぞれが動き始めた。さっきまで怒りに燃えていた部屋が、今度は静かな緊張に包まれていった。
そして最後にセレスティアが静かに言った。
「……アンジェリカ殿下。」
「はい」
「一つだけ約束してください」
「何でしょう?」
「アベル様を必ず無事に返してください」
アンジェリカは強く頷いた。
「わかりました。」
その言葉を聞き、セレスティアはようやく魔力を収めた。
勇者アベルを取り戻す。そのためなら、帝国の権力にも、身分にも、誰にも遠慮はしない。
そんな決意の下、少女たちの反撃は静かに始まった。




