九、食事の誘い 一
強く揺さぶられて、ようやく目が覚めた。
「大丈夫か? たったままうなされていたぞ」
コーダーの心配に、どうにかうなずき、頭を二、三回振った。目まいはそれで晴れた。
「そのくらいでとめないで欲しいよ」
早く真相を知りたいのが一番にくるのは当然として。口が裂けてもいいたくないが、一回ごとに、少なくない金もかかる。
「正確には、たったままうなり始めて、無表情なまま脂汗をかいてもがくようになったから俺の判断で中断させた」
「そ、そうか。なら、ありがとう」
絵面として不気味すぎる。
「パニーさんは安定しています」
アコーは、必要な事実だけを述べた。
「夢の中で、パニーからの手紙が……」
覚めたはずの夢が、頭の中で逆流している。
「手紙?」
コーダーとアコーが、そろって顔をしかめた。
「いや、ケードがでてきて、気持ちを理解した」
「大将、さっきから説明に脈絡がないぞ」
「そうだ……そうだな」
「お祈りでもしましょうか?」
「金がかかるから断る」
「ようやくまともになったな」
コーダーの判断に触れて、多少は落ちつくことができた。
「今日も、これで休むか?」
さすがに限界だ。非衛生の塊を往復したことでもあるし。
「そうだな……」
パニーからもたらされた手紙について、今二人に明かすのは馬鹿げている。それ以上は口を開かず、階段を上がった。
商売柄、人の死に直面するのには慣れている。今日の一連は、これまでの体験をはるかに突きぬけていた。
逃亡中の強盗殺人犯にして邪教徒というだけでも満腹なのに、わざわざ貧民区までいって奪った金を回収し、あまつさえ自殺とは。
『でも、パニーの秘密に近づけたでしょ?』
「うわっ!」
いきなりレッタが語りかけたせいで、階段を踏みはずすところだった。
『彼女は、目覚めたいけど目覚められないみたいね』
『どういう意味です?』
『肉体的には回復しているけれど、今目を覚ましたら、あなたも含めていろんな人達に迷惑がかかると思ってるのよ』
『そりゃあ、あの手紙からしたら、そう読めなくもありませんが……せめて、私に相談してくれてもいいじゃないですか』
『あなたは一番迷惑をかけたくない相手よ』
レッタの指摘は、嬉しくもあり腹だたしくもあった。
『パニーさんがリネットの子孫だったら、あなたはどうする?』
『関係ないですね。そんなことを云々したら、誰だって大なり小なり血縁者でしょう』
『それを聞いて安心したわ』
安心……。最愛だったはずの恋人に裏切られ、お世辞にも幸福とはいえない家庭を持たされたレッタ。そんな彼女の口からついてでた言葉には、何とも複雑な重みがあった。
『まあ、でも、私だって孫のべロープにはひどいことをいっちゃったし』
『今からでも和解すればいいじゃありませんか』
『あのあと、すぐ死んだみたいよ』
今度は、段を上がれなくなった。
『もちろん、私が』
『じゃあ、ここで私に語りかけてるのは誰なんですか』
『難しい表現を使うなら、残留思念ね』
これまでのところ、レッタは有意義な考察をもたらしている。ただし、それはパニーが復活するかどうかという土台での話だ。
それに、パニーが復活したら、レッタの残留思念はどうなるのか。きれいさっぱり消えてくれたらいいが、ずっと居すわられるとたまらない。
『これから、私みたいな同居人が増えるかもしれないわね。楽しみだわ』
『ちっとも楽しくないです』
にべもなく答えた。レッタだけならまだしも、複数の人格に張りつかれようものなら正気が保てない。
『疲れているのよ。休むんじゃなかったの?』
『そうでした』
ようやく、残りの段を消化して一階にあがった。そのまま二階を目指したところで、玄関がノックされた。
もう今日の仕事は終わった。だから、無視してもかまわない。いや、のしかかる疲労に鑑みて、相手にしたくない。
またノックされた。無視はしないまでも、コーダーに任せるべきか。
その時、体調やリネットより、もっと切実な問題が彼を動かした……次の客がいつくるか、何の保証もない。だからこそ、ドアへむかい、客を迎えた。
「今日は。私は参事会員のミラー様の使いで伺いました、ノンドと申します。こちらに、タック様宛のお手紙を預かっております」
召使いにも格の上下はある。身なりからして、最下級ではない。といって、執事ほど高い地位でもない。中年の男性なのは明らかだが、ハーモとは別種の頼もしさ……口が堅く、仕事に必要な品々は何であろうと期日までにそろえる才覚……が漂っている。
「そりゃどうも」
そっけなく答えつつ、ポケットから小銭をだして渡そうとした。ノンドへの心づけで、貧民区の人間でもなければどこの家庭でも払う。
「いえ、恐縮でございますが、ミラー様からお給金を頂戴しておりますので不要です」
「ああ、なるほど。ところで、私がタックだ」
「かしこまりました。お手紙をお渡しします」
小銭をしまい、手紙を受けとった。そこで、今さらながら、喉を隠してないことに気づいた。ノンドがじろじろ眺めたりはしていないのは助かるが、あとでミラーに報告するかもしれなかった。されたところで用心のしようがない。
「ミラー様からは、お返事はご都合の良い時で構わないと伝えるよう、念押しされております」
「わかった。ご苦労さん」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
ノンドが回れ右してから、ドアを閉めた。それから二階に上がり、手紙の封を切った。
型通りの挨拶を経てから展開された本文は、疲労も眠気もこっぱみじんにさせた。
『単刀直入に申しましょう。魔女討伐は、最初から結果ありきで仕組まれた政策だったのです。勇者トラバス氏も、あなたの義妹パニー氏も、その真意を隠されており、いわば……言葉を選ばずに申しますなら……生け贄です。
その『真意』とは、リネットに市民の幾人かを呪い殺させるのを許可する代わりに、当該参事会員の要求で、いつでも呪いの強さを手加減できるようにするという取引です。ただし、当該参事会員が誰なのかはこちらで調査中です。
勇者トラバス氏は、リネットにそれを伝える一方、当人が難色を示すようなら実力行使……ただの脅しから殺害も含めて……をさせる全権大使でした。トラバス氏が失敗しても構わないのです。また別な勇者を派遣すれば同じです。それに、さしあたり、当該参事会員は、リネット病の被害を最小限に食い止めているという姿勢を示せます。
しかし本命は、リネット退治を名目とした『ストラ市特別事態』です。好きなタイミングでそれを発令し、実質的な独裁者になるつもりなのです。
パニー氏が私に接触した時、私は、漠然と魔女討伐の有効性に疑問を持っていました。同氏から、物的証拠……トラバス氏が携えている書状の写し……を目にしたのが決め手となりました。そして、パニー氏が危険を買ってでたので、私がパニー氏のトラバス氏への同行を参事会に提案し、可決を得たのです。念のために申し添えますが、トラバス氏が携えていた書状の制作者は、ただストラ市参事会とだけあり、個人名は一切ありません。
本状は、私の腹心の秘書、ノンドに託しました。今後も、何かこちらから連絡を取る時、魔法や伝書鳩の類は使いません。
私からあなたに要望するのは、トラバス氏とパニー氏が蘇生し次第、お二人の身柄を私に預けて欲しいということです。当然ながら、ご承諾下さるなら、しかるべき報酬……金銭のみならず、たとえばあなたのお店は永年無税とする、など……をお約束します。いうまでもなく、本件が解決すれば、お二人の出処進退は本人の意志で自由にして頂きますし、あなたとは別個に報酬をだします。こちらに身柄がある間は、お二人の心身の安全も保証します。
いかがでしょう? ともにストラ市の将来のために力を尽くそうではありませんか』
ふざけるな、と怒鳴りそうになった。嫌でも感謝せざるを得ない情報が混じっているのがことさら不愉快だ。紙を染めている、薄い藤色まで憎たらしい。
二十歳にもならない人間、それも明らかに荒事むきでない人間が『危険を買ってでた』のなら止めろ、と怒鳴りたくて仕方ない。だいいち、どうして半年も黙っていたのか。いや、参事会に提案する前にこちらに相談しなかったのか。




