八、薬を伝えた男 四
キャスクは、自分達よりは歳上ながら、まだ若いといっても通る歳格好だ。ボロ布同然の服を身につけた状態で火刑用の柱に縛りつけられている。これでは頭しか動かせない。足元に積まれた薪には、たっぷりと油が染みていた。
ケードは、格好こそ夢葬に入る直前のままだが、右手には燃え盛る松明を持っている。
「キャスク! ようやく、二人で死ねる!」
「そうだね! リネット様の元へ!」
晴れ晴れとした表情で、二人は気持ちを確かめあった。
姿を消した状態で見守りつつ、何故か嫌悪感は覚えない。とうに覚悟を決めているのが伝わってくるし、何より、パニーを想う自分の心境にも多少なりと重なるところがあった。
「ああ、キャスク……。一つだけ、一つだけ未練があるんだ」
手にした松明が、かすかに揺れた。
「あの薬ね?」
「そうだ。リネット病への特効薬。要領を、今一度教えてくれ」
「うん。じゃあ、いうよ」
「ああ」
そこからは、黒蛙の肝臓だの、赤角鹿の眼球だの、様々な原材料と処理の仕方が語られた。コーダーがメモを取っているから、いちいち暗記する必要はない。
「あと、コマビキソウの実は炒ってからフラスコに入れて」
「わかった」
「じゃあ、これで終わり」
「ありがとう、キャスク。ありがとう! これで、二人は一つになれる!」
「きて、ケード!」
キャスクの言葉が終わるか終わらないかの内に、ケードは彼女に抱きつき、手にした松明を薪へ落とした。たちまち火がつき、二人の姿は炎に包まれた。
「愛してる、キャスク!」
「あたしも、ケード!」
一際巨大な火柱が吹きあがり、夢は終わった。
「どうだ、満足したか?」
「完璧だ。思い残すことはない」
「それでは。夢、葬った」
「うん。俺も……」
ケードはぐっと歯を食いしばった。
「待て! 大将、そいつを取りおさえろ!」
そういわれても、ぱっとは動けない。
ケードの唇から血があふれ、そのままのけぞるように地面へと倒れた。口を切ったのではない。胃からごぼごぼと血があふれでてきている。
一瞬遅れ、アコーが慌てて聖印をかざしたものの、ケードはぴくりともしない。
「駄目です……」
「あらかじめ、毒の丸薬か何かを口に入れていたんだ」
さすがのコーダーも悔しそうだった。
「じゃあ、最初からそのつもりだったってことか」
後味が悪いともいえるが、少しは感心もした。自分の妻がもたらした秘密を、命がけで伝えようとした点において。パニーの蘇生に全力を尽くしている身としても、他人事では片づけられない。
「あと、ケードの夢から得られた材料や器具は、多少金をだせばどうにかなるものばかりだ」
自分で書いたメモを読みかえしながら、コーダーはつけくわえた。
「なら、加工の仕方が肝心ってことだよな」
「薬の話はあとにして、もう帰りましょう。ここにいる意味ないですし」
アコーの提案に、異論はない。
「その前に、衛兵にタレこむ人間を探してくる。すぐもどる」
コーダーだけがその場を離れ、退屈する間もなくもどってきた。
「うまくいった。帰り道は、俺が覚えている。任せてくれ。大将、具合は大丈夫か?」
「ああ、いざとなったらアコーがいるし」
金はともかく、彼女の存在は無視できない。
足が震えるし、唇からも血の気が引くのは実感できているが、歩けないほどではない。ケードの死体を放置して、その場を去った。
店の裏口までくると、まずはアコーもコーダーも待たせて、靴を脱いでからドアをくぐった。掃除用のロッカーからバケツをだして水を入れ、二人のところまでもどる。
三人で交代しながら靴を洗い、ようやく帰りつけた。
「大将、今日はこれからどうする?」
「まがりなりにも金は稼げた。だから、パニーの夢を起こす。二人とも、手伝ってくれ」
疲労より、彼女が先だ。
「いいだろう。気をつけろよ」
「お金になるんならいつなりと!」
快諾した二人とともに、地下室へ降りた。パニーもトラバスも、何事もなかったかのように寝ている。アコーは、自分が不在の折には、彼らの容態が急変しないように細心の手だてを尽くす。安心したのも束の間、速やかにパニーの夢へ。
『薬を把握できて良かったわね』
薄闇の中で、レッタがまっ先に話しかけてきた。
『良く考えたら、これが本当に効くなら、そもそも魔女討伐なんていらないんじゃありませんか?』
『そうかもね』
そんな会話を交わしつつ、あずまやが昨日と同じように存在するのも確認した。しかし、パニーの姿はない。用心しながら一歩進む。トラバスも現れない。
あまり用心しすぎても、らちが開かない。雨も心なしか小ぶりになっているようだし、小走り寸前の速さであずまやに入った。
あずまやには、石で作った丸テーブルと長椅子があった。長椅子は濡れているが、丸テーブルはどうにか雨を免れている。
「手紙……?」
丸テーブルの上にある、長方形の青い封筒。ためらいなく、手を伸ばした。
封筒を裏返すと、蓋はしっかりと糊づけされていた。封印用のハンコこそ押されてないが、簡単に手で開けるのはためらわれた。
「ハサミをどうぞ」
レッタが、どこからともなく渡してくれた。
「ありがとうございます」
夢の中なのだから、自分で思いついても良さそうなものだが、自分の夢とは意味が異なるという先入観があった。
ともかく、ハサミを使って封筒を開けた。
「助かりました」
「どう致しまして」
レッタにハサミを返してから、封筒の中身をだした。硬くまっ白な紙には、きれいな書体でパニーの主張がつづられている。
『義兄さんへ
心配をかけてごめんなさい。
私と、トラバスさんの看護をずっと止めずにいてくれて、ありがとう。
義兄さんの反対を振りきって、トラバスさんに同行したのは、私自身の血の真相がかかわるから。
義兄さんは知らないだろうけど、私の亡くなった実母はリネット教徒だった。もちろん、厳重に隠していたし、表むきはオリン教の信者を装っていた。でも、一回だけ、私に打ちあけてくれた。実母は、リネットの子孫で、ということは私も同じだって。
にわかには信じられなかった。でも、それが本当なら、リネットを止められるかもしれない。少なくともリネットがどうして魔女になったのかを知ることができるかもしれない。
このことは、トラバスさんには話した。トラバスさんは、私の気持ちを理解して下さっただけじゃなく、参事会に特別に頼んでもくれた。
念のためにいっておくけど、トラバスさんはとても親切で、紳士的で、礼儀のしっかりした人だから。
とにかく、私は討伐じゃなくて、ご先祖様に会いにいく感覚だった。トラバスはさんは、私とリネットの話を聞いてから、討伐するかどうかを決めると話してくれた
実際に、私とトラバスさんは、リネットが潜む森で』
そこまで読んだところで、ひときわ強い風と大粒の雨があずまやの中に吹きこんできた。せっかくの手紙が濡れそぼり、インクがにじんで読めなくなる。
「し、しまった!」
「これは大変ね」
唇を噛む痛みを、レッタの同情がわずかながらも癒やしてくれた。
「俺やキャスクの気持ちが、多少は想像できただろう?」
いきなり問いかけながら、ケードがあずまやに現れた。
「どなた?」
レッタは、あくまで礼儀正しく尋ねた。
「リネット教徒のケードだ」
「ああ、今日のお仕事で死んだ人ね」
「ざっくりしすぎだが、まあ、その通り」
「どうしてお前が?」
手紙がだめになったショックをどうにかしたいのも手伝って、自分からも聞いた。
「リネット様のお導きだよ。あんたに一言伝えておきたくてね」
「伝えて……?」
「隠れリネット教徒は、俺達やパニーの母親だけじゃないってこと」
いわれて初めて気づいた。教会の邪教徒対策が激しすぎて、ケード夫妻だけの問題だと思いこんでいた。パニーの手紙からすれば、子孫が……正確には、子孫と自認している人々が……一定数いて不思議ではない。
「薬の知識を、無駄にしないでくれ」
そういって、ケードはあずまやを去った。
「ま、待てっ!」
引きとめようとした直後、耳が潰れそうなほど大きな落雷が辺りを白く染めた。




