七、薬を伝えた男 三
喉だろうが背中だろうが、勝手に住みつかれるのも願い下げだ。勝手に話しかけるとあっては精神が持たない。
『私も、どうやって出ていけばいいか分からないのよ』
『はあっ!?』
『まあ、喋りたい時にだけ喋るけれど、黙れといったら黙るから』
『教会にいって、事情を相談しましょうか?』
『あなたがパニーを助けたいなら、この先、教会と衝突する可能性が高いわ。』
『パニーの同行を許可したのは、あくまで参事会でしょう?』
どうにかレッタに反論したものの、我ながら弱々しい。
『その参事会が魔女討伐をするには、教会に話を通しておく必要があるのよ。だから、無関係とはならない』
「大将、衛兵を呼ぶのか呼ばないのか?」
コーダーの問いかけに触れて、レッタは黙った。
「そんな薬があれば、教会の信用は台なしになるし、下手をすれば破産だな」
半ば無意識に、アコーから目をそらし、どうにか当面の課題に復帰した。
「あるわけないですよ。邪教徒のたわ言です。それより、衛兵に突きだしたら報償をもらえるじゃありませんか」
アコーはあくまで教会と自分の欲に忠実だった。
「感謝状と羽根ペン一本だけで終わるかもしれんぞ」
コーダーが、ぼそっと面白くない可能性を指摘した。彼の背後にある、灰白色の壁の方がまだしも味わいがある。
「二人とも少し待て。ケードさん、金はどこにある?」
「貧民区」
「貧民区のどこだ?」
「依頼を請けたら教えてやる」
「駆けひきをしている場合じゃない。だいたい、お宅がここにくるのを誰かが目撃して、通報しているかもしれないんだぜ」
「追いつめられているのは俺じゃない。あんたらだ」
「はぁっ!?」
素で顔をしかめた。
「俺は、死ねばいい。ここに横たわってる二人は、半年ほど前に魔女討伐にいった連中だよな? 参事会が貧民区にまでビラをまいていたから、すぐわかった」
「それがどうした?」
思わぬ反撃に、結果的にパニーが巻きこまれ、二重に不快だ。
「俺は、衛兵にこう打ちあける……『二人の回復のために、店主のタックは、俺が作った薬を用いた』と」
「ふざけるな!」
あっという間に理性が消しとんだ。そのままケードに詰めよろうとするのを、コーダーに襟首を掴まれて止められた。
「大将、相手のペースに乗るな」
「もし巻ぞえを食べさせられたら、私が弁護します。お店の利権と引きかえに」
コーダーはともかく、アコーの主張は本気だと理解できるだけにいっそう腹だたしい。
「アコー、口をつつしめ。この場でこいつを殺して、正当防衛を訴えた方が確実だな」
コーダーは、アコーよりもはるかに即物的かつ効果的な提案をした。彼も彼女のことをたしなめられた義理ではないにしても。
「殺すって……コーダー、何もそこまで……」
お陰で、頭が冷えたのも事実。
「その気になれば、参事会でも教会でも、この店を潰すことは簡単だ。パニーが目を覚ました時、二人そろって路頭に迷う気か?」
コーダーに質されて、今さらながらに自分の責任を把握せねばならなくなった。確かに、彼女が回復しただけでは意味がない。
「私は、見て見ぬふりを……」
「やるなら三人同時にだ」
アコーの狡猾さを、コーダーはぴしゃりと封じた。それはそれで一見識ではあるものの、相当に重い。
「だいたい、教会は衛兵が張りこんでる」
当然至極の自分からの指摘に、ケードは薄く笑った。
「貧民区の教会なんて、そこまで衛兵が手間暇かけるもんか」
「でも捜査中だ」
「一通りの検証がすんだら知らん顔だよ。貧民なら、みんな知ってる」
「だからって絶対じゃないだろう」
コーダーが追及すると、アコーもうなずいた。
「待て、二人とも。閃いた」
起死回生……か、どうかはわからないが、とにかく話しておくのが肝心だろう。
「どうするんだ、大将?」
「とりあえず、金はもらう。それから依頼を果たすが、ケードをその場においておいて、貧民から衛兵に通報させる。銀貨の二、三枚でも握らせれば充分だろう」
「つまり、逮捕される場所を店からずらすんだな?」
「そうだ。我々は、ケードが何を吹聴しても最初からかかわってないと断言できる。これなら、金を没収されずにすまし嫌疑もない」
「なるほど」
コーダーが納得するのは心強い。
「ケード、教会から奪った金の隠し場所まで我々を案内しろ。それを確認して、我々が入手できるとなれば、あと一つの条件でご依頼に応じよう」
「あと一つとは?」
「あなたと奥さんの思い出に、強く触れた品」
「ふふふ……はっはっはっ!」
ケードがいきなり笑いだしたので、思わず半歩引いた。
「何がおかしい?」
「リネット教徒の夫婦にとっては、お互いの身柄こそがもっとも尊い。物品じゃない。つまり、俺がその対象そのものだ」
「教会だって夫婦愛は強く認定してますけど」
アコーが、そばかすの間隔を詰めて、口を挟んだ。
「お前らのは、夫婦を互いの所有物にする間抜けな規則だろうが」
「全っ然違います。そもそも教会における……」
わざとらしく咳払いして、宗教論争を打ちきらせた。
「コーダー、それでいいか?」
「大将の結論に口は挟まん」
これで、アコーがどう考えていようが多数決となる。
「さて。ケード。こちらの提案は以上だ」
「ならいこう。金は全部あんたらにやるよ。それで契約成立だろう?」
「そうだが、場所は?」
「貧民区の教会だ」
「はぁっ!?」
またしても、三重唱となった。
「俺は、教会を襲ったあと、衛兵の現場検証が終わったタイミングで金貨を隠した。壁抜け魔法を使えば簡単だ」
「そんな便利な魔法が使えるなら、これまでだってやりたい放題できただろうに」
地味な反面、固めておくべき要素の一つだ。
「私利私欲で使えば大もうけとでもいいたいのか? リネット教徒はそんな欲ボケ信者じゃない」
「だからこそ、始末が悪いともいえるな」
コーダーがちくりと刺すと、彼の頬にへばりつく刀傷がかすかに揺れた。
「衛兵も、貧民区には長居したくない。それに、地元は他人のことなどどうでも良い住民ばかりだ。顔さえ隠していけば、あんたらに後腐れはないだろう」
コーダーを無視して、ケードは弁舌を振るった。
「アコーは、より微妙な立場になる。抜けるなら今の内だぞ」
「私、夢なんです……自分の尼僧院を建てるのが。そうしたら、神の恩寵を浴びつつ、信徒達を死ぬまでただ働きさせられるでしょう?」
「資金集めに協力できて、私も嬉しい」
皮肉をこめて理解を示すと、アコーは嬉しそうにうなずいた。もっとも、貧民区ではどんな刃傷沙汰に巻きこまれるか分からない。夢葬そのものにも体力を消耗するのだから、アコーの回復祈祷があればとても心強い。
「覆面は、俺の部屋からタオルでも持ってこよう。あと、ケードの衣服も外套でごまかす。だぶだぶだが仕方ない」
ケードよりは、自分の方がずっと背が高い。大は小を兼ねるというものの、新調している場合ではなかった。
「教会についても、私達が入るのは少しためらいますよね」
アコーとしても、そこは慎重に固めておきたいのだろう。
「近くまできてから、ケードに持ってこさせる。どのみち、裏切ったらここにきた意味がなくなる」
これでまとまった。決まったからには、善は急げですぐ出発した。幸か不幸か、店の裏口から道路一本を横切ると即座に貧民区となる。
個人的には、貧民区に足を踏みいれるのは初めてだった。そしてすぐ思いしった。とにかく悪臭が酷い。顔の大半をタオルで覆っているのは、その意味でも正解だ。しかも、泥なのか排泄物なのか、はっきりしない黄土色の塊をえんえんと踏みつけながら歩かねばならない。
教会が見える場所には、すぐについた。もっとも、ケードの道案内があるから滑らかに進んだ。少なくとも、往路の印象は、意地悪としか思えない悪臭ふんぷんの迷路だった。
「少し待っていてくれ」
一言断って、ケードはこちらを置いて教会へと近づいた。壁に手をつけたかと思うと、すぐに姿を消した。
黙って待っていると、ケードは姿を現し、大きな革袋を脇に抱えて合流した。
「大将、すぐにここを離れよう。さすがに教会の近くにずっといたままなのはまずい」
「わかった。ケード、この辺りで人目につかないですむ場所を知らないか?」
「こっちだ」
ケードは、ふたたび案内を始めた。
次に至ったのは、いくつかの建物が、背中をむけあってできた広場だった。悪臭はあいかわらずながらも、誰かが近づいたらすぐわかる。広場に面した建物の壁には、窓は一つもなかった。
「さあ受けとってくれ」
ケードがもたらした革袋は、大人の胴体ほどはある。無作為に数枚だして調べたところ、いずれも本物だ。ざっと判断して、衛兵一年分の給料くらいにはなる。
「それは、俺が持とう」
「コーダー、助かる」
「なら、俺の依頼を実行してくれるな?」
うなずく他はない。コーダーは、革袋のとじ紐を肩にひっかけ、どこからともなく筆記用具をだした。
いつものように、かけ声や詠唱などなくとも、すぐに夢が始まる。
ケードは、キャスクであろう女性と、火刑台の上でむかいあっていた。




