四十四、舞踏会の夜 二
「むうっ! それをどこで……本物なのか?」
トラバスが、初めて動揺を露わにした。
「もちろん、本物だとも。ペンドルの船から頂戴した。五番桟橋の」
「トラバス、耳を貸すな! どうせ偽物だ!」
ユーバの命令は、ほとんど絶叫だった。
「偽物かどうか、こうしたら分かる」
コーダーは、パニーにぽんと人形を放った。彼女は反射的に両手で抱きとめるように受けた。同時に、人形はずぶずぶと彼女の胸に沈んでいく。
落雷が、屋根と天井を砕きながら貫いて、パニーの頭を直撃した。にもかかわらず、彼女は微動だにしない。そればかりか、衣服にも焦げ跡一つない。
「お前か、人形に私の魂を封じた裏切り者の末裔は!」
パニーの声で、フォニアとしかいいようのない糾弾がユーバに叩きつけられた。
「バ、バカな! 本当にフォニアか!?」
ユーバには何も答えないまま、パニーの身体を、赤い炎と青い稲光りがめらめらと縁取った。髪が逆だち、音もなく宙に浮かぶ。
「パニーの魂から、事情は全て伝わった。思いあがった痴れ者め、報いを受けよ!」
「ト、トラバス! 何をしておる! 早く始末せぬか!」
「うるさい」
トラバスは、ユーバに視線も合わさないままいった。とたんにユーバは、がくんと膝を折り、床にくずおれた。夢葬は発動していないので、気絶しただけだろう。
「俺は、参事会長と教会の命令を受けたペンドルによって造られた人間だ」
トラバスは、剣を抜きながら、フォニアと化したパニーにいった。
「造られた……?」
思わず繰り返した。
「死体をつぎはぎして、偽物の魂を吹きこんだ。いわば、人間から作った人形だ」
「……」
初対面で、ペンドルから放たれた違和感に、ようやく答えあわせが成しとげられた。清々しい気分になど、とうていなれないが。
「超人的な力は、教会の秘術で与えられた。外見はもちろん、体臭まで生きている人間と何ら変わらん。むろん、司教にも参事会長にも、ペンドルにも俺は逆らえないようになっていた。魔女は、俺とパニーに呪いをかけた時、その制約を外した。それだけでなく、さらに俺の力を高めた」
「参事会長や司教は、どこまでそれを知っていた?」
ここは、どうしても聞いておきたい。
「自分達のコントロールが効かなくなったことだけだ。俺が、従来より強くなったことまでは、あえてはっきりとは知られないようにした。奴らの混乱を招くために」
「母様らしいやり方ね」
フォニアの意見には、暖かみの欠片もない。
天井の穴からは、水柱が延々と降りそそいでいる。飛沫が、ユーバ家当主達の肖像画を濡らした。
「パニー……ではない、フォニア。お前を殺しても、俺はお前を吸収できるのか?」
「できるけど、できない。私がお前を殺すから」
「できないのはお前の方だ」
「あらそう? じゃあ、次に雷が光った瞬間、全力を出しあおうか。まさか、次の雷がいつ光るか、分からないはずなかろう?」
一方的に話が進む間、自分に発言の機会をもたらす機会はついぞなかった。
確実なことは、もしトラバスが勝ったならば、勝とうが負けようが刺し違えてでも自分が仇を取る。
剣を振りかぶったトラバスに対し、フォニア・パニーは身にまとった炎と雷光を激しく輝かせた。
二人は、天井から流れる水柱を軸にむかいあっている。
コーダーは、軽く爪先で床を三回叩いた。タックにしか聞こえてないのは、アコーやユーバの様子から明らかだ。
こんな時に、コーダーが無意味な動作をするはずがない。さりとて直接聞く訳にもいかない。
また、コーダーが床を叩いた。今度は二回。
理解が至った。これは、カウントダウン。『雨水コーダー』とまでいわれた彼なら、次に雷がいつなるかを予測できてもおかしくない。
今度は一回。……いや、待て。『ゼロ』はどう伝える。また足を鳴らすか。
雷が、水の塊をも圧し、室内から色という色を奪った。フォニアに合体されたパニーへ、横から突っこんで床に倒す。コーダーはトラバスへ。
トラバスの斬撃は、両腕と背中のうしろを深々と斬りひらいた。フォニアの放った炎が、コーダーの脇腹を右から左に焼きとおす。さらに、フォニアはうなじを、トラバスは胸の中央を、互いに相手からの一撃でえぐられた。
「か、回復……手当てを……」
焼けた衣服が肌に密着した状態で、アコーは、床にはいつくばりながら聖印を自分の顔の前に出した。が、そこまでだった。
一同は、ひとしく意識を失った。
どこかの宮殿のダンスホールに、敵も味方も……自分を含めたみんなが集まっていた。
「まあまあこんなにたくさん。それも、皆さんきれいに着飾って」
と、ほめるレッタはペンドルを叩きのめした時の格好をしている。
「何の真似だ、タック」
トラバスは、蝶ネクタイにタキシード。意外に似合っている。
「俺は場違いだと思うんだがな……」
コーダーは道化そのもので、顔にもそうしたペイントが描かれている。
「私だけ、代わってないみたいです……」
アコーは尼僧服のまま。
「わしだけ何故」
ユーバは、ステージで太鼓に面してバチを持っている。
「義兄さん……それが義兄さんの趣味なの?」
「え?」
パニーが、ダンスホールの隅にある姿見を指した。遠目にも、巨大な二本の角を頭の両側から生やし、両肩にはドラゴンの頭をあしらった肩当てがついている。胸筋と腹筋を強調した胴部は金ピカだ。パンツは漆黒のストレートで、銀色の靴は爪先がそり返っている上にウロコで覆われている。
「い、いや、そういうパニーは……」
ルビーレッドのカクテルドレスで、胸元は深く開いており、ハイヒールまで赤い。髪は高く結われ、右のこめかみには細長い金色の花弁を意匠した髪留めをつけている。
「ええいっ、やれば良いのだろう、やれば!」
ユーバが、太鼓をドコドコ鳴らし始めた。
「俺は跳んだり跳ねたりしかできんぞ」
道化のコーダーはぴょんぴょんと床を蹴った。
「じゃあ、私は歌います」
アコーは胸の前で両手を握りあわせ、賛美歌を歌い始めた。
「パニー、踊ろう」
普段の自分なら夢想だにしない格好で、手を伸ばした。
「その手を取るのは俺だ」
トラバスが、脇からこちらの手をはたいた。
「失礼な!」
トラバスに掴みかかると、彼も暴れた。それにあわせて太鼓の音が激しく強くなった。コーダーが前後左右にとんぼ返りを決め、アコーの歌唱がますます冴えわたる。
「お前は消えろ!」
力ずくで地面に投げつけようとするトラバスに、本気で腹がたった。
「消えるのはお前だ!」
いいかえして、トラバスの襟首を掴み、壁にむかって槍投げのように腕を振るった。
「わぁーっ!」
トラバスは、両手を自分の頭の前に出しつつ壁に激突した。轟音とともに、巨大な穴が壁をうがった。
「さあ、パニー。もう邪魔は入らない」
「うん……」
おずおずと、パニーが自分の手を握った時、いてもたってもいられなくなって彼女を思いきり抱きしめた。
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
甲高い拍手がダンスホールに鳴りひびいた。太鼓も歌も沙汰止みになり、レッタもコーダーも茫然とたっている。
「素晴らしい。さすがは我が娘。我が子孫。そして、我が娘の見こんだ若者」
どこからともなくやってきたその女性は、フォニアやパニーにどこか似ていた。すらりとした八頭身で、羽ばたく鳥の翼をあしらった襟のついたローブを着ている。ローブの前半分はパニーのドレスと同じ深紅で、後ろ半分は紺青に染めてあった。髪と瞳は長く、黒い。
「リネットさん……」
パニーは、ゆっくりとこちらから身体を引きはがしながらいった。
「良くやった、パニー。本当に」
「義兄を……」
「約束は守る。だがその前に、やるべきことをやり遂げねば」
ダンスホールの壁という壁に、富裕区から中間層区から貧民区から、市内のあらゆる区域が移っては消えていく。権力者も聖職者も一般市民も、暴徒も被害者も関係ない。




