四十五、舞踏会の夜 三 (完結)
コーダーが盗んだ系図が、彼の懐からするりと見えない手で宙に引っぱりだされ、広げられている。市内のあらゆる人々が、ユーバ家が死守してきた秘中の秘を閲覧していた。
「ううう……あああっ! わーっ!」
頭が割れそうに……いや、ぐしゃぐしゃになりそうなほど痛い。夢葬であるのはどうにか理解できるが、つまり自分自身が臨終寸前ということでもある。
しかし、こんな状況が自分にとって最善の夢なのか……?
「義兄さん!」
「心配いらぬ。だいいち、この役目にタックを当てたのはお前ではないか」
リネットの指摘に、パニーは沈黙した。
「ど……どういう……ことだ?」
頭痛を押して、言葉をつむぐのは、まさに超人的と称するにふさわしい克己心が必要だった。
「お前は、夢葬の光景を他人に好きなようにその場で見せられる。それを利用して、私の魔力で拡張し、この光景を市内全域に拡張して公表している」
「何……だと……」
「街を許し、リネット病の呪いを解く条件……真実の流布。その実行には、ただ系図を写して広めたり、教会を非難したりするだけではとうてい足りぬ」
リネットは、半壊した壁の下でうずくまるトラバスを一瞥していった。
「ユーバはもちろん、司教、トラバス、パニーの全員がそろった状態で、あの系図を公表して、ようやく愚かな市民どもは納得する。パニーはそれを望んだ。パニーの望みが叶うこと、すなわちお前の最大の理想だ」
「司教は……死体じゃないか……」
「ますます都合が良い。ユーバが己の権力欲で殺した以上、もはやユーバ家の声望は地に落ちた。その上ミラーの首まで添えられたとあっては、一分の弁明も認められぬ」
半壊した壁がかき回される、かすかな音がした。
「お、俺は……俺は、お前より強い。強いんだ……」
ようやくたちあがったトラバスに、リネットは侮蔑をこめた視線を送った。その直後、トラバスは手足も首もバラバラになった。血は一滴も出ず、断面は精肉店を想像させた。
「人形の分際で、良くも手こずらせてくれたものだ」
意外と感情豊かなリネット。
「リネットさん……」
「そう怖がるな、パニー。他の者どもの命は取らぬ」
「パ、パニーは……」
「喜べ、タックよ。彼女は私の弟子にする。フォニアと合体したことだしな」
「ふ、ふざ……けるな……」
絶対に越えてはならない一線を、魔女リネットは越えた。
「これ以上夢葬が続けば、お前は死ぬか精神が破壊される。我らの方から去ってやる」
「パ、パニー……」
「ごめんなさい、義兄さん」
「い……いくな……パニー……いかないで……く……」
突然、ダンスホールの床に亀裂が走った。天井が崩れ、壁がひしゃげる。
夢葬は、強制中断された。
「ひ、ひひひっ。こ、これでリネット様は私のもの! 私のものだ!」
ペンドルがナイフを抜くと、タックの左脇腹から血がどろどろと流れ落ちた。もう一方の手は、あいかわらず王子の人形を握っている。
「ペ……ペンドル……リネットは……」
「お前ごときがリネット様の名前を軽々しく口にするな! 私は天啓を受けたのだ! リネット様に仇なす者を全て殺せと!」
大雨に打たれながら、ペンドルは腰に両手を当てて……人形やナイフはいまだに持ったままだが……くねくね踊った。
「酷い……了見違い……だ。リネットは、私の……夢の中……で……」
「軽々しく口にするなといっただろうがぁーっ!」
ペンドルは、ナイフを振りあげた。自然と、こちらの視線もそれに釣られ、喉が露わになる。
「レ、レッタ!? レッタぁっ!?」
「この恥知らずなろくでなし! 地獄に落ちるがいい!」
レッタが断罪した。こちらの心の中でではなく、喉に刻まれた顔が、彼女の声で直接喋った。
ものもいえないほど凍りついたペンドルの、ナイフの切っ先に、稲妻が襲いかかった。ペンドルはたったまま、一瞬にして焼きはらわれた。
数か月後。
ストラ市の教会は解散し、全参事会員が辞職して総選挙がおこなわれた。新参事会長となったノンドは、リネット及び処刑されたリネット教徒の名誉回復を宣言する一方、リネット教徒過激派は市外追放処分とした。ハーモは衛兵隊を辞職し、参事会員としてより高い次元から衛兵達を指揮することになった。それらの議決を踏まえ、リネットは正式にストラ市への一切の干渉を打ちきると議場で宣誓した。
トラバスは、どこにも姿がなかった。ユーバ家の、半壊した歴代当主肖像画の間に、彼が着用していた鎧兜や剣はあったが、それだけだ。二度と人前に現れてない。
街の復興は、順調に進みつつある。ペンドルが、市内に遺した財産は全て没収され、教会が放出したそれも含めて復興資金に充てられている。
テティは、いまだに両親がもどらないままだが、気丈にもミラー参事会員の葬儀において喪主を勤めた。また、ミラーがあらかじめ書いておいた遺言で、莫大な遺産を相続することになった。
夢葬屋タックは、夢葬屋パニーと名を代えて経営を続けている。屋号の通り、店主はパニーだ。コーダーとアコーも以前のまま勤めている……尼僧院は、教会とは別個の組織とみなされて解散を免れた。
五番桟橋で、タックは赤い夕陽を眺めていた。カモメが鳴きながら空を飛びかい、船乗り達がせわしなく船を出入りしている。
「義兄さん、またここにいたの?」
パニーが背後から声をかけた。振りむいた彼の左頬には、フォニアの顔が刻みこまれている。喉のレッタは以前のままだ。
「もうすぐご飯だから。帰ろう?」
優しく微笑むパニーに、タックは黙ってうなずいた。
パニーは、自分からタックの手を握り、引いていった。手の平からトラバスは消えたが、手の甲にはユーバの顔がある。もう一方の手の甲にはペンドルのそれがあった。
「ここ最近、レッタさんの希望を聞いてあげてるのね」
タックを連れあるきながら、パニーは語りかけた。
「たまには、フォニアの希望も聞いてあげてね。私のご先祖様だし」
タックは、無言のままだった。表情にも、何ら反応はなかった。
「明日は、リネット……さんのところに一緒にいくからね?」
その言葉にだけは、かすかにうなずいた。
カモメの声に混じり、潮騒が二人の背後をしめくくった。
終わり
ご読了ありがとうございます。
義妹一筋の夢男、タックの暗闘ぶりはいかがだったでしょうか?
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