四十三、舞踏会の夜 一
ユーバは全身から金色の優越感を漂わせていた。その限りにおいては、トラバスをさえ凌ぐ。もっとも、それは愚者の黄金こと黄鉄鉱の輝きかもしれない。
「わしは公平な人間だ。だから、お前達にあらかじめ説明しておいてやる。わしの目的……かけ値なしの本音とは、魔女と教会の支配から脱した新たなストラ市の創生だ」
「あなたの祖先が教会を作ったのに、ですか」
「まさにそこなのだよ、タック君。祖先が、教会の支配を他人に任せたのは賢明だった」
ユーバは、司教とアコーをかわるがわる眺めた。
「しかし、その事実自体を……引いては祖先が魔女の元夫ということ自体を……抹殺するのは不可能だった。何故なら、魔女が呪いをかけていたからだ。何回記録を破りてようが焼きはらおうが、結婚証明書も離婚証明書も元通りに再生した。しかも、二人の間に生まれた子が、さらに子を産むと、自動的に系図が作成されていった」
この期に及んでユーバがでたらめを述べているとはとても思えない。ということは、魔女はよほど粘着質な性格なのか……または、ユーバの祖先の裏切りを警戒する理由があったのか。黙って先を待つしかない。
「祖先は、書類を分散させるよりはまとめた方が良いと判断し、試みに自らの魔法でひとまとめにしてみた。それはうまくいった。ついで、一枚にまとまった書類を、教会に預けた。しかるのちに、魔女に同調する人々を弾圧した」
「どうしてです? どうして離婚したり、教会を作ったりしなければならなかったんです?」
「タック君、さすがの見識だ」
今やユーバは、祖先の歴史を熱心な生徒に抗議するのが楽しくて仕方ないようだ。トラバスがおとなしく待っているのが不気味だが、どうしても真相は知らねばならない。さもないと魔女がパニーに出した要求を満たせない。
「ここまできたなら、魔女が不老特性を持っていたのは知っているだろう? 祖先は、それが気にいらなかった。誰も彼もが不老になると、世界は破綻してしまう。逆に、魔女だけが不老だと、それはそれで個人崇拝の原因になる」
意外だった。これでは、社会の在り方を真っ当に考えていたのはユーバの祖先となる。
「祖先は何度となく、魔女に不老特性を捨てるか、せめて定期的に若返ることにしてそれまでは老化するかを求めた。魔女はいずれも断った。だからこそ、祖先は離婚し、教会を作らねばならなかった」
「立派な志ですし、ある意味では悲劇ですが、だからといってリネット教徒をかたっぱしから殺さなくても良かったでしょう」
「魔女は、街に疫病の呪いをかけている。教会は、それを治癒し、市民の生活を安定させる規範をももたらしている。リネット教徒とやらいう連中は、ただ破壊と混沌しかもたらさない」
リネット教徒の過激派がいる以上、ユーバの主張にも一理あるといわざるを得ない。
「それなら、どうしてボエ司教やラカス助祭まで死なさないといけなかったんですか?」
「教会は、腐敗が進んでいた。魔女を滅ぼすついでに、教会内部の浄化をも果たさねばならぬ。むろん、アコー氏のような立派な聖職者には残って要職を果たしてもらおう」
アコーは、何かいおうとして、やめた。
「トラバスは、それもこれも知っていていまだにあなたの命令を聞くんですか?」
「彼の野心かね? 大いに頼もしいではないか! もちろん、最初はわしも殺すつもりでいたそうだよ。しかし、わしの研究を知ると興味を持ち、共同事業者になってくれた。全くもって心強い」
「共同事業とは何ですか?」
「新たな生命の創造だ!」
これを高揚せずして何を高揚するのか……と、いわんばかりのユーバ。
「新たな生命の創造……?」
「そもそも、魔女が不老にこだわったのが、数百年に及ぶ悲劇の始まりだったのだ。ならば、作ってしまおうではないか、飲食がなくとも生きのびられる生命を! それなら、いくら不老でも問題ない! 飲食は、新たな生命にとっては娯楽の一種にしかならない! ストラ市に真の理想郷が実現する!」
「本当なのか、トラバス?」
「事実だ」
絶望よりも、諦観が自分を押しつつもうとしてきた。
さんざん人殺しをして手前勝手な野心をまくしたてた勇者と、その勇者を利用して邪魔な人間を殺させた政治家が、共同で理想郷造りに邁進する……。
まともな神経で耐えられることではない。正直なところ、パニーを連れてさっさと逃げたい。
だいたい、理想郷とやらを作るなら、自分とパニーがいれば充分だ。彼女が子どもを欲しがるなら作ればいいし、嫌なら嫌でもいい。まあ、折に触れて、アコーなりコーダーなりのことを思い出話にするくらいならいいだろう。
「さて。歴史と未来に関する講義は、この辺で良かろう。君達には、二つの選択肢がある。我々に協力するか、しないか。今すぐ各自で決めてくれたまえ」
ユーバが言葉を切ると同時に、トラバスが剣の柄に手をかけた。パニーとの甘い新生活の未来が、たちまち消しとんだ。
「トラバス、お前に聞いておきたい」
質問したコーダーに、全員の視線が引きつけられた。
「何だ」
「フォニアの人形は見つかったか?」
「いいや」
「ここにパニーがいるな?」
どうしていきなりパニーを……!?
「ああ。それがどうした」
トラバスは、あくまで冷静だった。
「フォニアの人形もそろったら、お前はどうする?」
コーダーの懐から出てきたのは、まさにフォニアの人形……夢葬で目にした、フィナンが護衛していた女性をかたどっていた。




