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夢葬屋タック 〜義妹を回復させたければ『勇者』に聞け? ふざけるな!〜 (完結済み)  作者: 堅他不願


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四、桟橋に立つ女 四

「ごぼぁっ! い、痛いっ! 死ぬーっ!」

「ああ死ねよ。じっくり苦しんでから。何がペンドル商会だ、このろくでなし! 愛を裏切られただけじゃない! どれほど私が親からも世間からも冷たい目で見られたか!」

「そ、そっちだって……新しい相手が……いたんだろ……」

「ああ、いたさ! 親が自分達の体裁のためだけに用意した結婚相手が! 私より十五歳も歳上で、話題といったら競馬だけ! そこの両親は、召使いも私につけずに雑用は全部私の受けもち! 子どもが生まれたら都合のいい部分は全部夫の手柄! 毎日ヘドが出るような気持ちだった!」


 台詞が区切られるたびに、レッタはペンドルのみぞおちに蹴りを入れた。しまいには、彼女の右足首から下はナイフよりももっと血まみれになった。


「それで? あんたは自分の商会をたちあげて、美人の奥さんと幸せな家庭を築いて、ついにはこの街そのものに干渉してきたって? ふざけるなっ!」

「そ、それとこれとは……関係ないだろ」

「やかましいっ! 私の若さを返せーっ!」

「とにかく、孫まで出来て、それなりに幸せになったじゃ……うおえぇぇぇっ!」


 何度目かの蹴りがさらに深くはまり、レッタが足を戻したときに、ペンドルの胃袋が傷口から引きずりだされた。


「あんな駄目男の孫なんて、私にはどうでもいいんだよ! とにかくあんたを、あんたを八つ裂きにしたい! 私はリネット病の末期なんだ。あんたが、本気で解決する意志もないのにかかわったリネット病のね!」

「きょ、教会に……行けば……」

「そんな金がどこにある! お前が魔女討伐に介入したお陰で、どんどん物価が上がって生活がままならないんだよ!」


 危うく、この場面だけ干渉したくなるところだった。ここでのこのこ姿を現すと、依頼人に歪んだ雑念が生じる。それでは、夢の完結にならない。


 だが。魔女討伐とは聞き捨てならない。


 パニーは、何か巨大なゼニカネの渦に巻きこまれたということか?


「死ねーっ!」


 レッタは、絶叫とともに、ペンドルの胃袋を踏みつぶした。


 ペンドルは、消えた。


「タックさん? タックさん、どこ?」


 レッタの手には、まだナイフがあった。衣服も、返り血まみれだ。


「ここに」


 姿を現すと、レッタは満面の笑みを浮かべた。唇の端に、ペンドルから飛びちった血が流れている。


「ありがとう、タックさん。本当にありがとう! 五十年来の恨みをようやく晴らせたわ!」

「そう仰って頂けると光栄です」

「じゃあ、私、死ぬから」


 レッタは、ナイフで自分の胸を突きさした。


「ぐぶっ……ペンドル……地獄の悪魔に頼んでおくから……天国で、私……」


 ばたんと前のめりに倒れ、レッタはナイフごと消えた。


 夢は終わった。貧民の少年と違い、納得づくで滑らかな夢葬だった。だから、疲労は比較的軽い。


「べロープさん。お疲れ様でした」


 真っ青な顔をして、がたがた震えるべロープからは、返事はおろか目をあわせさえされない。


「さぞお心を痛められたことかと拝察します。これにて、レッタ様の夢を葬りました」

「葬る……?」


 死にまつわる言葉で、ようやくべロープの関心を引きなおせたのは、皮肉ななりゆきだった。


「はい。夢葬屋ですから」

「そ、そうですね……。祖母も、満……まんぞ……」


 不自然な中断が、彼女の視線に引きとられた。タックの喉元を、失礼なほどじっと見ている。


「大将、喉に顔が浮かんでるぞ」


 コーダーが補って、ようやく理解した。


「顔?」

「レッタさんだよ」

「あ、あのっ、お世話になりました。歩いて帰りますからっ」


 べロープは、回れ右し、小走りに去った。


「どちらかといえば、若い頃の顔で良かったな」


 コーダーが、冗談とも本気ともつかない顔で述べた。


「簡単にいうなよ……これじゃ客が逃げる。だいいち、パニー以外の人間……それも若い美人なんだろ? もし義妹が嫉妬したらどうするんだ?」


 悩みつつも、嫉妬するパニーを思いうかべると、にやにやが止まらない。


「お前、少し気持ち悪いぞ。まあ、当面はスカーフか何かで隠せば良かろう。依頼はちゃんと果たしたんだし」


 そう。べロープはもういい。ほどなくして、レッタは安楽死薬を飲むのだろう……が。


『ペンドル、ペンドル、ペンドル! 私は調べたんだ!』


 頭の中で、レッタの声が木霊する。こんなことは初めてだ。


「そろそろ帰ろう」


 コーダーが声をかけて、我に返った。


「ああ、帰ろう」


 足を動かしかけたら、コーダーがタオルを渡してくれた。


「ありがとう」


 タオルを受けとり、首に巻く。ないよりははるかにましだ。


 徒歩でも、店までは大した時間にならなかった。その間、レッタが静かにしてくれていたのは助かった。


「二階に上がる」


 玄関をすぎるなり、タオルをコーダーに返しながら伝えた。すぐに階段をあがる。


 『夢葬屋タック』の二階は、自宅である。大した家具はないが、コーダーだろうとアコーだろうと、許可なく出入りできない。


 パンツ一丁になって、姿見の前にたった。喉には相変わらずレッタの顔が浮かんでいるが、他には異常はない。


 服を着る前に、壁にかかった一枚の絵を眺めた。決して優秀な技量ではないが、義妹のパニーが描かれている。買ったのではなく、半年前から三ヶ月ほどかけて自分で描いた。上半身だけのながら、結婚衣装を身につけ、華やかに笑っている。唇の部分だけが、色あせていた。


「パニー、パニー……。どうしてこの街は、血がつながってない義兄妹でも結婚してはいけないと決めているんだ……」


 嘆きつつ、絵の中のパニーにキスした。パニーさえ復活できたら、二人で街を出ても何らさしつかえない。


 その直後、ドアがノックされた。すぐさま、服を着た。


「はい」

「コーダーだ。大丈夫か?」


 ドア越しに心配されて、感謝とも舌打ちともつかない心情になった。


「今開ける」


 最後のボタンを止めてから、ドアを開けると、コーダーが待っていた。


「何か、ぶつぶつ独り言が聞こえてきたぞ」

「レッタさんの夢が影響したんだろう」

「そうか。なら、地下室へいくか? 金の話もある」

「もちろん」


 コーダーは、そのまま回れ右して階段を降りた。後を追うように部屋をでる。


 一階に降りた時、コーダーは手で制してから、金庫を開けた。べロープから受けとった金貨の袋を手にしてから扉を閉め、地下室への階段に進んだ。


「お帰りなさい。お金になったみたいですね」


 アコーはまず真っ先に、コーダーが握る革袋を注視した。


「まあな。精算だ」


 夢葬屋タックでは、夢を葬るたびに、一回一回三人で報酬を分ける。要領についてはとうに打ちあわせてあり、誰も不満はない。ただ、仕切るのはあくまで店主のタックだ。


 アコーとコーダーの手にしかるべき枚数の金貨が収まり、自分自身の生活費を確保してなお、タックにはいくばくかの金貨が残った。


「今回は、やりますか? やらないですか?」


 アコーが、上目遣いにタックを眺めた。


「やる」


 これまで、やらなかったことはない。自由意志とはいえ、問われるまでもない。それより、ペンドルが魔女リネットに……ひいてはパニーにかかわっているらしいことの方が重要だ。


「おお、汝の決断に栄光あれ」

「汝の金貨にだろ」


 残った金貨をアコーに渡すと、彼女はにこにこしながら自分の財布にしまった。


「じゃあ、いつでもどうぞ」


 ちらっと横目で見ると、コーダーはクリップボードに挟んだ紙を左手に持っていた。右手には、インクをつけたばかりの羽根ペン。


「良し」


 速やかに、パニーの夢に入った。


「義兄さん……暗い……暗いよ……どこ……?」


 闇を敷きつめたような空間の中で、パニーの声がする。これまでは、何度試みても囁(ささや)き声すらしなかった。


「パニー! ここだ、ここにいるぞ!」

「いない……誰も……」

「聞こえないのか? ここだって……」

「私には、少し分かる」


 タックの周りで、闇がほんの少し晴れた。いつの間にか、レッタが隣にいる。返り血もナイフもなく、健全な格好をしていた。


「レッタさん!」

「一緒に探してあげるわ。何か、パニーさんに密着していたような品はある?」


 はたと困った。あるといえばあるが、決め手に欠けるといえば欠ける。

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