三十四、膨れた腹 三
「何がおかしいんですか!」
アコーに、トラバスへの恐怖はない。それよりも、彼を放置していたら、自分の人生は全否定されたも同然となるのは明白だ。
「そんなもの、最初から存在しない。オリン教そのものが、人間によるでっちあげだ」
「でっちあげ……何を根拠に!?」
「お前は単純に神の存在や力を信じているのだろう。オリン教を作ったのは、人間だ。人間が神を作ったのだ」
「嘘です!」
「オリン教の教祖は、人間の魔法使いだ。オリン教の聖職者が使う祈祷は全て、その魔法使いが発明したものだ」
「嘘です!」
「もっともらしい典礼に、儀式、制服。祈祷はなるほど有力だが、逆に、それらの胡散臭さを隠す唯一にして重要な柱になった。一般人からすれば、魔法で事態が改善しようが、祈祷でそうなろうが、どうせこだわりはしないからな」
「嘘です!」
三度、同じ台詞を述べつつ、アコーからは具体的な反論がない。
「嘘かどうかは、俺がパニーとフォニアを吸収すればわかる」
「成功して得た力を、一体どう使うんだ?」
アコーに代わり、質問した。
「まず、オリン教会もリネット教徒も皆殺しだ。神学論争にはうんざりだからな。特にオリン教会は世界を支配しているから、何年かはかかるだろう。話はそれからだ」
「まさか、自分がトラバス教でも作るんじゃないだろうな?」
オリン教などクソ食らえではあるが、その結末がトラバス教では救いがなさすぎる。
「そんなつまらないことはしない。まあ、おいおい考えるとも。どうせ時間はいくらでもあるからな」
計画性があるのかないのかさっぱりわからない。
ただ一ついえるのは、正気の沙汰からかけ離れすぎている。良識や倫理を云々する以前の問題だ。
「そこまではっきりしているなら、もはや一つしかない」
ペンドルは、ポケットから手を出した。一体といわず、何十体もの兵隊人形がわしづかみにされている。
「死ね! トラバス!」
ペンドルは、いっぺんに地面へ投げつけた。兵隊人形はたちまち一つ一つが膨れあがり、本物の兵士としてトラバスに襲いかかる。
トラバスは、手に手に得物を振りかざす人形兵士に、鼻息一つ鳴らさなかった。剣の柄に手をかけさえもしない。
「失せろ!」
先頭の一体が近づいた時、一言だけトラバスは口にした。たちまち手足がバラバラになり、地面に横たわったかと思ったら縮んで元の人形になってしまった。残りの人形達も、次から次に同じ運命をたどった。
トラバスは、噴水の水を両手ですくって飲んだ。手で唇の端をぬぐってから、一歩ペンドルに近づいた。
「隠し芸大会は、それで終わりか?」
トラバスの恫喝に、ペンドルは背中をのけぞらせた。
手足が震えているのは傍目にもわかるが、引きはしない。そこで一歩でも引いたら、彼の声望も実績も木っ端微塵だ。その点だけは、尊敬に値した。
「待てっ、トラバス! まだ私の話は終わってない!」
ペンドルより一歩トラバスに近づき、会話の続きを迫った。
「まだ何かあるのか?」
「ミラー参事会員をどうした? 知らんとはいわさん」
パニーに比べれば、優先度は大幅に下がる。しかし、トラバスを止めるならば、彼の所業は確認しておかねばならない。
「生きているとも」
「本当か?」
「俺はボエ司教のように薄っぺらな偽善まみれの嘘はつかん。ユーバ参事会長の元へ送った」
最悪よりほんの少しましな事態だとは認識できた。
「何のために?」
「お前の知ったことじゃない」
「どのみちユーバ会長の命令通りに動いているんだろう、お前は」
「俺は、司教もユーバも信用してない。利用はする。それだけだ」
「じゃあ、フォニアの人形があなたの手にあるのか、少なくともどこにあるのかを、あなたはご存知なのですね?」
「お嬢様!」
テティが、いつの間にか自分の隣にいた。ノンドが背後から呼びかけたが、彼女は振りかえらなかった。
「ああ。知っている」
「それは、どこですの?」
「お前とは関係ない」
「私やご近所のお屋敷をめちゃくちゃにして、大事なお手伝いさん達を傷つけて、関係ないは許しませんわ。答えてくださいな」
「人形使いよりは勇気があるな。いいだろう。フォニアの人形は、貧民区のどこかにある」
「どこか……?」
テティでなくとも、勢いが弱くなる。確実なようでいてあやふやなのもそうだが、これまでトラバスは、答えられる質問には明確に答えてきたからでもあった。
「フォニアの人形を盗んだやつが、貧民区に持っていった」
「いつ、誰から聞いたんだ?」
テティではなく、自分から質問した。
「ミラーの身柄を預けた時に、ユーバからだ」
時系列的には、ついさっきということになる。
「そうか。暴動を起こしたのはそのためか」
テティの質問をテコに、瞬発的に閃いた。
「どういう意味だ?」
「二度と暴動を起こさないという名分で、貧民区を徹底的に捜索する。本音はフォニアの人形だ。お前がやりすぎて、衛兵はほとんど使いものにならなくなったがな」
「ふふん、半分しか当たってないな。フォニアの人形のためというのは事実だ。だが、衛兵は俺が、意図的に殺した。ほとんど全員を」
「ほとんど全員……?」
血なまぐさい真相にたどりつきかけてはいるが、理性がなかなか受けつけない。
「ユーバの筋書きでは、俺は、ミラーをやつの家に連れていく。同時に衛兵をも引きつける。その隙に暴動が起き、参事会長として非常事態宣言を出す。同時に、教会への指揮権も確立する。その上で、衛兵を使って貧民区を捜索する」
「衛兵達を殺したのは、お前だ」
「むろん、俺は途中までは筋書きに乗ってやった。だが、衛兵はいらん。探すのは俺だけで充分だ」
「たった一人で?」
「貧民区に火をつければすむ。連中の大半はリネット教徒だ。自分の命に代えてでもフォニアの人形を守るだろうよ。生き残ったのを広場に集めてから、全員を殺して、所持品をゆっくり調べればいい」
開いた口が塞がらない。愚かとか思慮が浅いとか、そんな次元とはまるで異なる。醜悪……醜悪という言葉がどうにか近いが、醜悪という言葉に多少は残る人間性すら欠落している。
「どうやら質問は終わりのようだな。じゃあ殺そう」
ノンドが、テティの前にたちはだかった。丸腰ではあるが。彼の隣に自分はいる。奇妙な安堵感があった。ノンドやテティにではない。トラバスに対してだ。
彼は、タックは助けるといった。やっていることは混沌の塊だが、どういうわけでかその約束は守られそうな気がしている。パニーのためにも、自分だけは死なないでいたい。むろん、口が裂けてもそんな本音は表にできない。
「待てっ!」
ペンドルが、息せき切ってかけつけた。いつの間にかいなくなっていたが、誰も気づいてなかった。
「どうした、隠し芸人」
「こいつらを倒してからモノをいえっ!」
今一度、ペンドルは人形を何体か出した。しかし、兵士ではない。犬や猫、着飾った王子王女、未開拓地に潜むドラゴンやトロール。
「わ、私のお人形!」
テティが拾おうとしたので、ノンドが慌てて肩を掴んだ。
「今度は段違いだぞ!」
「しゃらくさい」
が……トラバスは、さっき吹きとばした兵士達同様に等身大となった人形達をじっと観察した。よろよろふらふら、酔っぱらいのような足どりをしている。そのくせ、不気味な鬼気がトラバスだけでなくこちらにも感じられる。
「死体の魂を注入したか」
「良く見ぬいたな! 細切れになろうが粉々になろうが、すぐ元通りだ! 死者人形は何度でも復活する!」
ペンドルの面目が、どうにか回復した……と考えるべきなのだろうか。
「聖職者の祈祷があれば、即座に消滅だがな。お前もただではすまん」
トラバスは、冷淡に事実を指摘した。
「うるさいっ、これで逆転だ! 降参しろ!」
「断る」
トラバスは、ここでようやく剣を抜いた。はっと緊張したのも束の間、刃が軽く一振りされる。地面に、大人十人が入りそうな幅の溝が黒々とうがたれた。深さは大人の背丈の三倍はあろうか。長さに至っては、五十歩くらいになる。
「タックよ、一つ教えておいてやる。パニーを助けたいならミラーの部屋を探せ」
「ええっ!? どういうことだ?」
トラバスは沈黙したまま背をむけた。そして闇に消えた。
静まりかえった中庭に、緩い風が吹いて、また血の臭いをかきたてた。
「トラバス……どこにいった……」
呟く自分の足元で、テティが人形に近づこうとした。
「おっとお嬢様。危ないから人形に近づいてはいけません」
ペンドルが、わざとらしく注意した。




