三十三、膨れた腹 二
それほどまでに、テティのいたブルック家の正門は、原型をとどめないほどずたずたにされていた。
「テティ様、外でノンドさんと一緒に……」
こちらが声をかけると、さすがにペンドルも足を止めた。彼以外の人々は、とっくにそうしている。
「いえ、私も参ります」
気丈にも、テティはこちらの配慮を一蹴した。
「かしこまりました」
無駄にしていい時間はない。改めて、外門をまたいだ。くぐるのではなく。
夜中の襲撃とあって、前庭には死体も負傷者もない。ただ、噴水ごしに正門がたたずんでいる。
まだ見ぬ惨状をあれこれ想像しつつ、正門を目ざすと、むこうからドアが開いた。森のはずれで、パニーとともに発見された時の姿……何度も夢葬で目にした姿そのままの、トラバスが現れる。
いや、そのままではない。鎧も兜も血まみれだ。
「待っていたぞ、タック」
トラバスは、腹に響く声で呼びかけた。そして、自ら前庭を横ぎり近づいてくる。剣は鞘に収めたままだが、テティはノンドにしがみついた。
「トラバスさん! 私は司教猊下の使いで参りました。何を血迷ったんですか! 猊下からのご命令です。今すぐ教会にきて……」
ペンドルの発言に、トラバスは歩みをとめた。なるほど、大商人だけのことはある。そう思っていたら、トラバスは剣をゆっくりと抜いた。思わず力んでいると、傍にあった噴水に刀身を浸し、軽く振った。素人目には軽く振ったようでいて、客観的には常人離れした速さだったようだ。
噴水からこちらまでは、まだ二十歩は距離がある。にもかかわらず、ペンドルの顔は、噴水の水でびしょびしょになった。
「その水が熱湯でなくて良かったな、ペンドル」
トラバスは、剣を鞘に収めながらいった。ペンドルは、ハンカチで顔をふいた。ただの水なのだから、時間がたてば勝手に乾くし、痕跡も残さない。しかし、見栄と体裁が重要な世界の住民として、そのままでいること自体が屈辱の上塗りとなる。
「そうしたければ、いくらでも水をかけるといいでしょう。でも、あなたは私の求める通りにするのです」
ようやくにも、ペンドルは、ここで会う前からトラバスと面識があったと悟れた。
「お前の商売が求める通り、だろう?」
「何とでも批判されて結構。そもそも、参事会であなたが勇者と認定されたのは、私の力もあったのですよ」
「金で票を買っただけだ。つまらん」
「世間が従うのは、金とその結果です。あなただって、魔女討伐に失敗しても、参事会が金を払っているからこれまで生きのびたんじゃありませんか」
トラバスは、抜く手も見せずに刃を煌めかせた。ペンドルの上着の襟が、切っ先が届いてもないのに小さく切れた。その時には、剣は鞘にもどっていた。
ペンドルは口をつぐんだ。
「お前達は、重大な勘違いをしている」
威圧感を隠そうともせず、トラバスは宣告した。背中から、赤紫色の炎でも吹きでてきそうだ。
「今の俺には、ユーバもボエもどうでもいい。ストラ市がどうなろうとも知らん」
「ええっ!? 参事会長と司教猊下のお墨つきを得て、街の英雄になれば、贅沢三昧な暮らしが……」
「だから、どうでもいいといっているんだ。俺の狙いはただ一つ。パニーだ」
「そんなことは許さない!」
公私両面……『私』が九割ほどだが……に渡る怒りをみなぎらせて叫んだ。
「タック、お前がパニーの義兄ということ、仮にも半年間俺の世話を手配していたこと、それらに免じてお前を殺すのは控えてやる。だから、大人しくパニーを渡せ」
「パニーはお前のおもちゃではない!」
「勘違いするな。男女の感情だの肉体関係だの、そんなことで狙っているのとは違う。リネット教徒の目論見から気づいたことだ」
「リネット教徒……?」
あまりにも突飛な展開で、毒気が衰えてしまった。
「やつらは、パニーとフォニアの力で、リネットを強化しようと目論んでいる。その儀式の効果は、無関係な人間にも当てはめられる」
「こ、荒唐無稽にもほどがある!」
「いいや、根拠はある。なあ、ペンドル」
ペンドルは絶句した。いきなり話を振られたからではない。よりにもよって、このタイミングで……といわんばかりの表情になっている。
「処刑されたあと、フォニアの身体は火葬され、灰は海にまかれた。しかし、一部はこっそりと保存された。いや、奪われた。それを実行したのが、当時人形師だったユーバ参事会長の祖先だ」
あの、フィナンの夢葬はそれが原因だったのか……!? 衝撃とともに、謎が一つ解けてきた。
「ユーバの祖先は、元々リネット教徒だった。それも、かなりな高位の。にもかかわらず、オリン教会の邪教徒狩りで追いつめられた時、フォニアはもちろん、最後まで残った護衛のフィナンをも裏切った。フィナンは殺され、フォニアは教会に引き渡され、邪教徒認定を経て処刑となったが……ユーバの祖先は、フォニアの遺灰を固めて人形を作った。ついでにフィナンのも作った。動機までは知らんが、それが強大な魔力を持つことには気づいた。だから、代々門外不出の家宝とした」
「じゃあ、歴代のユーバ家当主がその人形を使って、もっと好きたい放題なことをしても良かったじゃないか」
「何百年と時間がたつ内に、人形の力に頼らずとも好きなことができる権力を得られたんだ。それに、伝承もあやふやになってくる。何しろ、参事会長の祖先がリネット教徒で、リネットの娘を騙し討ちにしたなんて事実はおおっぴらにしたくない。そこに、大商人ペンドルが現れた」
「ペンドル……」
「……」
名指しされたペンドルは、苦虫を噛みつぶしている最中のようだ。
「どんななりゆきかは知らんが、ペンドルはユーバ家からフォニアとフィナンの人形を買いとった。そして、現物を徹底的に調べて、人形に魂を封印する技術を学びとった。狡猾なのは、どのくらい厳密に魂を封印するのかを都合に応じて操作したってことだ」
「な、何万体もある人形一体一体に、いちいちそんな調整などできるはずがないでしょう!」
ペンドルは、これ以上黙っているとまさに沽券にかかわると判断したようだ。
「だから、人形に命令してるんじゃないか」
「人形に命令……?」
話がよく飲みこめない。
「人形を作る人形だよ。一回作れば、壊れるまでそいつらにやらせればいい。もっとも、フィナンの方はどうでも良いから、テティの親に売りつけたようだがな」
「それがどうした! まっとうな商売だ!」
「一度ストラを出て外国人になったお前が、ふたたびここで商売をするには参事会の許可がいる。お前は司教に、魂を吹きこんだ人形の利点を売りこむ一方、司教から参事会を説得させた。利益のいくばくかを、定期的に司教と参事会長に渡すという約束でな」
汚職以外の何物でもない。
「い、いや、そんな大量の人形に割りあてる魂なんて、どこから調達するんですか!」
「だからお前は世界中の戦場を尋ね歩いたんじゃないか。ここを出て、お前の婿入り先になった商人は、そもそもが武器商人だったのだからな」
『私を裏切ったばかりか、そんな恥知らずまで……!』
レッタは、こちらの喉から実体化して、ペンドルに唾を吐いてもおかしくなさそうになっている。
ペンドルから伝わったあの違和感は、これが原因か……? だが、何かが足りない。
「じゃあ、仮にその通りだとして、お前がパニーを狙うこととどうつながる?」
ペンドルへの疑惑はともかく。当人が沈黙したので、自分が攻める他ない。
「それには、リネット教徒の具体的な方法から説明するのが早い。彼らは、パニーを人形にして、フォニアの人形と合体させる。その合体人形を、リネットに吸収させれば完了となる」
「吸収? どうやって……?」
パニーへの害意もさることながら、言葉からうまく現実を想像できない。
「言葉通りだ。紙が水を吸うように」
「なら、やっぱりパニーは死ぬんじゃないか!」
「リネット教徒は、偉大にして深淵なリネットの一部になった、最高の功徳だと考えている」
「やめてくれ! パニーを人形にするなんて、私は……」
「許せないといっても連中はやる。ペンドル、お前がこの街にここ最近滞在していたのは、盗難にあったフォニアの人形を探すためだろう」
全員の視線が、ペンドルに集中した。
「そ……その通りです」
「フォニアの人形がないと、他の人形は遅かれ早かれ止まってしまう。だから、意地でも探さねばならない」
「ど、どうしてそんなことまで……」
「お前が知る必要はない。話をもどす。パニーとフォニアの合体人形を、俺が吸収すれば、俺の力はほとんど無限大となる」
「いくら強力だからといって、神にかなうはずがないでしょう!」
トラバスの目論見に耐えられなくなり、アコーが口を出した。
「神か……。ふっふっふ。わっはっはっはっ!」




