二十六、尋問室のシミ 四
皮肉を隠すつもりはなかったが、ハーモはまるで意に介してないようだ。
「最後に、いいのこすことがあれば、聞いておこう」
「邪教徒は……というより、邪な虚しさという邪虚徒はあなた達。いずれ、このロープがあなた達の首にもはまる」
女性は、天井を仰いでいった。両手が自由なら、神に祈るかのように手の平をうえにして伸ばしていたに違いない。
「そうかね。さて、そろそろ時間だ。できれば、自分から絞首台にあがってくれるとありがたい」
女性は絞首台への階段を自ら踏みだした。輪になったロープを前にたつと、ひとりでに動いて彼女の首にしまった。まだ窒息したり、脳への血流が止まったりするほどではない。
気がつくと、自分の喉を無意識に手で撫でまわしていた。絞められているのは彼女だが、こちらもそうなっているような錯覚を覚えたからだ。喉にへばりついた若かりし日のレッタを隠すよう、スカーフを巻いているが、むしろロープのように感じた。
パニーが陥っているのも、精神的には似たような状況だろう。何しろ、リネットの子孫だと自分から名のっているのだから。
オリン教からすれば、子孫であろうとなかろうと関係なく邪教徒を抹殺したいのだろうが……。パニーの、水を飲んだ時に柔らかくかすかに揺れるあの喉にロープをかけるというなら、街ごと滅ぼさねばなるまい。
「タック、準備はいいか?」
ハーモが、とりとめもない連想をやめさせた。
「はい」
「執行!」
絞首台を見上げながら、ハーモが叫んだ。とたんに女性の足元が左右に開き、彼女はひゅうっと真下に落ちた。首にヒビが入るゴキっという音がして、あとはロープがきしんで左右にブラブラ揺れる。ロープが結びつけられた支柱が、同調してミシミシ音をたてた。
人間が、病気や寿命で死ぬ瞬間は何度か接した。処刑は生まれて初めてだ。公開処刑はこれまでにも街で何度かあったものの、わざわざ見にいったことはない。
絞首台の足場を境に、口を開けて舌をだらんと垂らした女性の足首は、まだぐりぐり内股にすりあっていた。そのくせ白目にはなっておらず、むしろこちらを見おろしている。
その時、ごーっと音がした。大雨の果てに、洪水がやってきたような圧迫感だ。
小雨がしのつく薄暗い川原に、彼女がいた。爪先が水辺に波紋を作っているものの、冷たがっている様子はない。全体的に、薄めすぎた絵の具のようなあやふやさがつきまとっていた。本人の意志で実現した夢ではないからだ。
突然、川の流れを割って、一人の女性が現れた。
「パニー!」
思わず叫んでしまった。たっている彼女に……夢の中ではあるが……出くわしたのは半年ぶりで、何十年ぶりかに思えてしまった。そのくせ姿形は、半年前にトラバスと出発した時そのままだ。
「そう、あなたの義妹、パニー。彼女はあなたの希望ではない。私達の希望」
処刑された女性が、ここでようやくこちらを見ていった。
「ふざけるな! パニーは私のものだ! お前達みたいな邪教徒のおもちゃにするな!」
いいかえした自分に反論はせず、彼女は薄く笑った。今一度、ごーっと水がうなり、パニーの背後に別な人間が現れた。
パニーに似ているようで、やはり異なる。衣服も街の流行とはかけ離れていた。そして、処刑された女性やパニーよりずっと小柄だ。二十代のように思える若さのようでいて、何百年も生きてきたような迫力が、身体から落ちる一滴一滴の水からさえ忍びよってきた。
「ああ、フォニア様! 私めに、私めに何卒ご功徳を!」
「フォニア!? 魔女の娘だったフォニアか!?」
フォニアと呼ばれた、二番目に川から現れた女性は、黙って微笑した。その瞬間、処刑された女性の身体は、紙のように軽々とねじられた。次いで、加熱したチーズのように細長く伸び、先端がフォニアと呼ばれた女性の首のつけ根についた。ストローで吸われるジュースさながらに、処刑された女性は細長くねじれたままフォニアと呼ばれた女性の体内に吸収されていった。
一連が終わっても、フォニアと呼ばれた女性には何の変化もない。ただ、両手をパニーの背後から両肩に回し、首同士を当てる形で抱きついた。
「愛しい門。鍵は私。リネット様が再臨なさる」
「やめろっ! パニーからどけ!」
本気で絶叫すると、フォニアと呼ばれた女性はすーっと消えた。さらに、パニーも消え、夢は終わった。
「これはこれは。予想外に凄い」
ここが客席で、ハーモと同じ感想の人間が一万人もいれば、起立を伴う万雷の拍手喝采がもたらされただろう。
「タック!」
くずおれそうになる膝を前に、あわててコーダーが腰を支えてくれた。
「つまり、リネット教徒の理想は、パニーを介したリネット自身の招来か」
「バ、バカな……魔女本人が……街までくれば……すむ話だ……」
台詞も思考もぐらぐらしている。非好意的な人間の夢に介入するのが、これほどの消耗を招くとは。処刑が絡んでいるからなのも間違いない。
「パニーを経由することで、飛躍的に強い力が得られるということだろう。教会はまだ、はっきりとは把握してないようだが、だからこそ我々にとって有意義な情報となった」
「パニーに……指一本でも……触れたら……」
「まさか! 大事に取っておきたまえ! 君は……いや、君らは、店ごと丁重に保護するとも! しかし、顔色が悪いな! 『赤い舵輪』亭で完熟トマトサラダでも食べたらどうかね? 赤いだけに!」
「よけいな世話だ。もういいだろう?」
コーダーが、脇の下に首を差しこむようにして肩を貸してくれた。
「もちろん。報償を忘れるなよ」
「黙れ」
吐きすてたコーダーとともに、回れ右した。
帰りしな、コーダーは自分を支えたまま、きっちり書類を提出して報償を手にした。
衛兵詰所を出ると、昼下がりから夕方になっていた。街は、何事もなかったかのように、日々の喧騒にいそしんでいる。
「馬車を拾おう」
「ただでさえ……赤字なのに……」
「気にするな。俺が金を出す」
「コーダー……どうして……そこまで……」
「ハーモのやつが、雨水コーダーなんて名前を思い出させたからだ」
こちらを引きずるようにして辻馬車へと近づきながら、コーダーは説明した。
「お前だって……まんざらでもない……感じだったろ」
「まあな。だから、雨水コーダーのつもりで振るまってる」
話をしている内に、手近な辻馬車までたどりついた。御者は難色を示したが、コーダーが衛兵詰所から受けとった支払調書を見せるとすぐに承知した。衛兵から報償を受ける……つまりある程度は仲が良い存在を冷たくあしらうと、あとが怖い。
車内は、それほど広くない。とはいえ、店までさほど時間はかからない。
馬車の車輪が回りだし、ようやく一息つけた。
つまるところ、今日は一日に二回夢葬した。両方とも、決して納得づくの仕事ではない。そのくせ無視できない情報が次々に入ってきた。
リネットが、パニーを介して街に来る……。パニーの心身を乗っとるとでもいうのか。それにしては、やり方が回りくどすぎる。パニーは門で、フォニアは鍵らしいが、当のフォニアは三百五十年以上前に死んでいる。ケードのような信者が、フォニアの遺物を使って儀式でもするのだろうか? どのみち、パニーの身柄がなければ意味がない。自分を拉致でもして、夢の世界でやらせるのはますます無意味だ。夢葬はあくまで当人の理想を演出したもので、現実を変化させる力はない。
だいいち、どうせ街に現れるなら特効薬の配布など意味がない。派手な魔法の二つ三つでも放って、服従しない人間を殺せばいい。
面倒臭い。ただひたすら面倒臭い。トラバスさえもっとしっかりしていれば。参事会員の密命でも何でも、さっさと解決していれば、パニーは無事に帰ってこられた。そうすれば、兄妹でどこか他の街にいき、働いて金を貯め、そして結婚……。
「大将。大将っ。着いたぜ」
「す……すまない」
いつの間にか、寝ていたらしい。
コーダーに手を貸されて、馬車を降りると、店は目の前だった。わずかながらも睡眠を得たので、ほんの少しは回復している。支払いは彼に任せて、玄関を開けた。




