二十五、尋問室のシミ 三
二枚の書類に自分の名前を書くと、ハーモも同様にした。
「金の受けとりは、その書類を会計に持っていけばすぐ処理してくれる」
「ありがとうございます」
礼をいいつつ、書類をコーダーに渡した。まさに彼の守備範囲だ。
「さて、片がついたからには処刑場にいこう」
まるで、弁当箱を買ったのだからピクニックへいこうといわんばかりの口調だった。
「楽しそうですね」
相手の本音を察するあまり、つい皮肉が出た。
「楽しいものか。不快に決まっているだろう。だから、なるべく楽しもうとしてるんじゃないか」
「あ……はぁ、申し訳ありません」
街の治安に責任を持つ、厳格だが良識派の隊長……それ自体に誤謬はない。ないからこそ、初めて明らかになったハーモの一面には肌があわだつ不気味さを禁じえない。もっとも、ある一面ではほっとする。ようやくにも、彼の本心を掴めたのだから。
さりとて、今さら足を止めることもできない。ハーモが席をたち、自分達も彼にならった。
三人で、一階から地下階に降りた。両者をしきる頑丈な扉には、警護が二人ついており、ハーモといえども簡単な問答が必要だった。
扉が開くと、短い通路を経て、また扉があった。警護も問答も一枚目と同じだった。そこからは、階段を降りるだけだ。
地下階につくなり、空気が切りかわった。貧民区のそれに近いといえば近い。独特なのは、『許可された暴力』が公然と存在することだ。
むろん、法に基づく行為ではある。階段にもっとも近い部屋では、粗末な椅子に縛りつけられた犯罪者が、灼熱したペンチで右手の人さし指を潰されている。猿ぐつわを噛まされているので、身体をがくがく揺さぶるくらいしかできないのがなお酷い。
「かっぱらいにはあれが一番だ。猿ぐつわをはめるのは、五年前に法律が改正されてからだが、ようやく部下達の鼓膜が傷つかなくなった」
わざわざハーモが解説した。
焼けた皮膚や腐った血の臭いまでは、貧民区に漂ってなかった。そういう仕打ちをする者される者はいたにしても、狭い空間で集中的に……かつ、合法的におこなうことはめったにないだろう。
つまり、衛兵詰所の地下は貧民区よりも異様な場所だった。コーダーは、顔こそ傷だらけだが、手足には特に差し障りがない。犯罪者にも要領の良し悪しがあるということだ。
刑罰を受ける犯罪者と、そのための部屋は、他にもいくつかあった。悪趣味ツアーをしているのではないから、さっさとすぎさる。
地上階への階段とは真反対側になる、通路の端に当たるドアを、ハーモが自ら開けた。
異様なほど清潔な部屋だった。ちり一つ落ちておらず、壁も床も磨きたて。何より、悪臭がない。
芸術的にも、空色の天井には群れを作って飛ぶ小鳥が、赤い石畳には小麦畑がそれぞれ描かれていた。
そして、二つの仕かけが据えてある。一つは絞首台。もう一つは断頭台。
床からわずかに浮いただけの断頭台に比べて、絞首台は大人二人分くらいの高さに作ってある。死刑囚を宙に吊るさないと、能率的に処刑できないからだ。
「我がストラ市衛兵隊における、最高の目玉だ。死刑囚は、絞首か断頭かを自分で選べる。処刑された人間の血や排泄物は、全て魔法で清められるように最初から手配してある。さらに、死体は魔法の材料として競売にかけられ、売りあげは被害者に分配される。両方とも、死刑囚が位置につくだけで自動的に準備されるように魔法がかかっている。あとは、私の命令で執行となる」
とくとくと語るハーモが口を閉じると、ドアがノックされた。
「入れ」
「失礼します。死刑囚を連れてきました」
二人の衛兵に両脇を挟まれた、若い女性がやってきた。やつれ果て、コーダーと同じくらいに顔中が切り傷だらけだ。しなびた体躯にも、服さえなければ、鞭の跡が切れ目なくへばりついているのが見えるに違いない。両手は背中で縛られているが、猿ぐつわはついてなかった。
「ご苦労。下がって良し」
「はっ」
衛兵がいなくなると、ハーモはいかにも寛大そうな笑みを浮かべた。
「さて、不幸にして死刑確定となったお嬢さん。本来なら、格別の慈悲をもって、処刑方法を選べるんだがね。今回は例外だ。絞首刑にしてもらう。断頭台では、あっという間に死んでしまうからな」
「……」
女性の目に、恐怖はなかった。軽蔑はあったが、全てではない。
達成感。殉教者とはかくあるべしという高みに昇った満足が、ろくな信仰心のない自分にもはっきりと伝わった。
「君が、暴れたり逃げたりしない人間なのは、部下から報告を受けている。だからこそ、私も部外者を同席させた」
ハーモは、右手の平でこちら側を示した。
「特に、こちらのタック氏は夢葬屋として著名な市民でね。死に瀕した人間の夢に介入し、当人の理想を実現できるそうだ」
死刑囚の目線が、軽く自分に移った。すぐに、ハーモへと切りかわった。彼に対するような軽蔑はなかったようだが、歯牙にもかけられてないことでもあり、複雑な気分を束の間味わった。
「君は、自他ともに認めるリネット教徒だ。本来なら、仲間について自白するまで教会の拷問にかけられるところだった。しかし、ほどほどのところで我々衛兵隊が身柄を引きとった」
「……」
女性は、瞑想に近い表情でハーモの説明を聞いている。
「絞首刑を受けてから、死ぬまでの間に、タック氏が夢葬を実行する。君は、君の理想と確信している信念を打ちあけ、満足して死ねる。そういう段取りだ」
「……」
女性の態度に変化はない。ハーモはこちらに振りむいた。
「念のために、手洗いをすませておくよう命令してある。おかげで排泄物の心配はない。あってもすぐに魔法が清めてくれるがね。これならタック君も、速やかに仕事に移れるだろう」
「ご配慮どうも」




