二十四、尋問室のシミ 二
「ブリドルは、君にリネット教への参加や賛同を呼びかけなかったか?」
「いいえ。仮にされても、何の興味もありません」
答えつつ、ハーモの背後にある人形に目がいった。教会が売っているものだ。司祭だとすぐわかる。守門などよりはるかに格が高い。
「もう知っていると思うが、強盗殺人事件の捜査を中止するよう、参事会から圧力がかかりつつある」
「はい」
「君達も、このままでは教会からは疑惑を持たれるだろう」
覚悟はしているが、両肩が波うつように跳ねあがるのまでは抑えられなかった。
「ブリドルのやり口は、遅かれ早かれ街中に漏れる。少なくともそういう事態は想定できる。となれば、教会が君らを邪教徒の手先とする根拠……というより口実にはなる」
「心外です」
かけ値なしの本音だ。
「そう、私も理屈にあわないと思う。だからこそ、お互い協力しあいたいのだ」
「私にどうしろというんです?」
「君は、依頼されてない相手に対しても……厳密には、自分を拒絶している相手に対しても……夢葬はできるか?」
「まあ、やろうと思えば。依頼された時ほどは自由になりませんが」
トラバスが明かしたところの『予備審査』で、はっきりしている。
「ある程度は、相手の理想を実現できるのか?」
「はい」
「どのくらいだ?」
「たとえば、街でならぶ者のない大金持ちになりたいと思っていた人間を、富裕区の最末端にするくらいなら。拒絶の度あいにもよりますが」
「良し。それなら、役にたちそうだ。どのみち時間があまりないしな」
「誰の話なんです?」
「邪教徒は、何も公開方式だけで処刑するのではない」
いきなり、不吉極まりない領域にさしかかった。
「教会からの連絡で、邪教徒を監視したり泳がせたりするのも我々の任務の一部だ」
ハーモは言葉を継いだ。
「そして、公開処刑する値打ちはないが殺した方がいい奴もいる」
ここで初めて、コーダーが口を開いた。首筋の切り傷が、肌から鈍く浮いている。
「さすが、伊達に歳を取ってないな、『雨水コーダー』」
「『雨水コーダー』?」
「コーダーは、若い頃、盗賊として市の内外では裏社会の顔役だった。特に、雨の日に、雨水を利用したからくりで壁やドアを破る技術は秀逸だった」
「俺を初めて逮捕したのは、ハーモだ。まだ最下級の衛兵だったがね」
「そ、そんな関係だったのか!」
「二十五年も前の話だ。それに、コーダーは当時の参事会からすぐに恩赦を受けて釈放された」
「どうして……」
「逮捕を見越して、コーダーは、参事会員の秘密を仲間に分散していた」
「もっとはっきりいえば、たとえばある参事会員は愛人の高級娼婦に市の税金を使って……」
ハーモがわざとらしく咳払いし、コーダーは黙った。
「まあ、とにかく、釈放された彼は盗賊稼業から足を洗った。最近まで、何でも屋の類をしていたが、七十代にさしかかり引退……それから君の店にきたんだ」
コーダーを雇ったのは、参事会が運営する人材紹介所のあっせんだった。当然ながら、盗賊云々など知らされてなかった。
「昔話はそのくらいにした方が良さそうだな」
ぶすっとコーダーはいった。
「ああ。話をもどそう。ちょうど今、尋問が終わり、処刑が決まった邪教徒がいる」
「裁判はしないんですか?」
「したとも。教会で」
「そ、そんな……」
「一般人は知らなくてもいいことだからな」
コーダーは、無粋にして武骨な弁護をしてくれた。あまりありがたくない。
「まさか、死刑囚に夢葬しろということですか?」
「そのまさかだ」
「報酬は?」
善意の協力者になるつもりはない。こちらの能力を使わせるなら、無償はなしだ。
「教会や、参事会の一部会員の圧力からの保護」
「脅しですか」
「現実を説いている。つけ加えるなら、君はミラー氏からいろいろと約束してもらっているだろう?」
我々は同じグループの人間で、ボスはミラーだ、とハーモは言外に匂わせた。
ミラーをボスと認めたつもりはない。自分のボスは自分だ。コーダーにせよアコーにせよ、彼らのボスは彼ら自身だ。契約がどうあれ、そこは、お互いに譲れないし譲ったつもりもない。
「私は零細自営業者ですが、ストラ市の市民権を持っています。保護というなら全市民が保護される権利を最初から持っています。つけくわえるなら、営業時間に私とコーダーをここまで連行したのはあなた達です」
弱者の武器は法と言葉だ。
「なかなかに強情だな。私としては、君らをここに拘留しつづけても良いのだぞ。ミラー氏に協力しているのも、あくまで衛兵としての職責上、必要だからにすぎん」
「なら、なおさら衛兵からも報酬を私に出すべきでしょう」
「どうして」
ハーモの黒い口ひげが、さかだった。
「ミラー氏はミラー氏、衛兵は衛兵なら、協力者に自前で報酬を出して初めて格好がつきますよ。予算がつかないというなら話は別ですが、それだとこちらも協力しません」
「商売上手なやつめ。まあ、良かろう。少し待て」
一度、ハーモは応接机の前から離れた。自分の席にいき、引き出しから書類を二枚手にしてもどってくる。
「協力者への報償を約束するものだ。両方とも同じ内容で、こちらと君がそれぞれ保管する。署名しろ」
「二枚とも確認します」
「好きにしろ」
受けとった書類を、コーダーに一枚渡した。もう一枚を自分が読む。それが終わると、書類を交換して、相手が読み終わった分を読んだ。
「こっちは問題ない」
コーダーが、書類を応接机に置いた。
「私もだ」
夢葬屋の報酬としては話にならない低額ではある。しかし、衛兵からのそれとしては市の法律に沿っている。後者の方が重要だ。衛兵から要求されたので、廉価で引きうけたとすれば、教会や参事会の圧力に多少は抵抗しやすくなる。
「ならば、署名できるな?」
「はい」




