二十三、尋問室のシミ 一
馬車はすぐに到着した。
ドアが外から開けられ、ところどころに緑色のコケがへばりついた、石造りの建物が間近にそびえているのを目の当たりにする。現実には、それほど巨大ではないのだろうが……不本意な立場で連れてこられたとあっては、のしかかるような圧迫感を覚えた。
地面に降りると、門番が敬礼した。むろん、自分達にではない。すぐにドアが開けられ、店から同行してきた衛兵達とともに入った。
留置場は地下か一階にあるのだろうし、多少なりとも覚悟を決めていたつもりだったが、衛兵達は階段を上がり始めた。ついていくしかない。
二階をすぎて、三階に至た。最終的に、『隊長室』と記された細長い板を貼られたドアがノックされた。
「どうぞ」
聞きおぼえのある声だ。
「失礼します。ご命令のあった、タック氏とコーダー氏をお連れしました」
ドアを開け、衛兵が申告すると、部屋の奥にある椅子の背もたれ……質素な板張りだ……がぎしっとうなった。
「アコー氏は?」
部屋の主、ハーモ隊長の問いかけに、衛兵は軽く身じろぎした。恐怖までは浮かんでいなかったが。
「はい、尼僧院の同意がなければ断るとのことで、店に残りました」
「ふむ。ご苦労。下がって良し」
「はっ。失礼しました」
衛兵達は退場し、戸口には自分とコーダーが残された。
「良くぞきてくれた。まあ、座ってくれ」
ハーモは、自らたちあがりつつ応接用のソファーを示した。彼の席からは七、八歩隔たっている。だからといって回れ右して逃げるわけにもいかなかった。ドアはコーダーが閉め、自分は座った。
ハーモは、コーダーも着席してから部屋を横切った。三人で、頑丈そうな樫のテーブルを囲んだことになる。
「部下が手荒な真似をしてなければ良いが、大丈夫か?」
「はい」
強引で荒っぽくはあったが、いわれてみると、最低限の一線は意識されていたようにも思える。
「結構。先日、一緒に食事をした時のいきさつを覚えているか?」
「はい」
「結局、あれはミラー参事会員からの手紙だったわけだ。時間差で、先方から知らされたよ」
「お伝えするのが後手になって、申し訳ありません」
苦笑するハーモに、形式通りの謝罪を返した。
「いや、ここ数日間の君は、かなりな過労ぶりだったようだからな。それに、君が味方と判明して心強い」
味方、というのは、ミラー派に所属したということだろう。少なくとも彼の感覚では、当初の約束もあり、こちらを保護したということか。
手放しで喜んでもいられない。参事会がハーモの捜査を凍結させないための、ダシにされる可能性が否定できない。ブリドルという聖職者が店で死んだ、それも安楽死薬でとなると、教会は自らの名誉のために事態をなあなあにしておきたい。そこで、タック達の身柄を教会に差し出し、交換条件として強盗殺人事件の捜査を進める。秘密裏に。
ミラーは、参事会を教会派に仕切らせないように出来ればそれでいいのであって、必ずしも事件の真相を世間に公表するつもりはない。タック達は、闇から闇に始末される……という展開は何ら難しくない。
「それを踏まえて、改めて伺いたい。助祭ブリドルは、強盗殺人事件について何かいいのこしてなかったか?」
「かなり以前から、ケードと馴れあっていたようです」
どのみち、ブリドルはケードの共犯だと自分から衛兵に知らせるよう手配した上で、店にきている。
「ほう。いつから、どんな風に」
「具体的な期間まではわかりませんが、司祭に昇任できないのを恨みに思っていて、そこをケードにつけこまれたようです」
説明しながら、自分の頭の中でも少しは疑念が整理できた。
ブリドルの不満を、ケードはどうやって知ったのか。ブリドルは、ケードの背景をいつの時点で把握したのか。
「なぜ、彼は昇任できなかったのだ?」
「殺害された司祭が、司祭昇任試験で実はカンニングをしていて、その責任を自分がかぶったからです」
「司祭のために?」
「はい」
「そこまでして、ブリドルは何を得たんだ?」
「あとで、自分もその司祭から罪を許され、それで司祭になる機会を得るためでした」
「なるほど。裏口合格のための地盤固めという訳か」
「はい」
「殺害された司祭が、約束を裏切ったのか?」
「仰るとおりです」
実はそれだけではない。リネット教徒の隠れ家における告発、ユーバ参事会長との癒着。これらこそが核心だ。
「だからといって、強盗殺人の手引きまでして、しまいには自殺とは極端だな」
まっとうな論理なら、誰でもそう考える。
ハーモはまっとうな人間だ。建前は衛兵隊長であり、一皮むけばミラー参事会員の仲間である。街の治安を守り、不正をただすためにそうしている……ということ自体も建前ではないのか? たとえば、ユーバ参事会長を追放して、自分が後釜に座ることをも念頭に入れているのではないのか?
レッタは、別れた恋人との思い出に、ある種の惜別を匂わせて孫娘を動かした。本音は、せめて夢の中ででも惨殺したいという執念だった。彼女の残留思念はいまだに恨みを抱えている。
ケードはどうだろうか? 特効薬の調合を伝えることで、市民を救うといえば聞こえは良い。見方をずらせば、彼はリネット教徒として、夢葬屋を踏み台にしてオリン教を潰そうとしているともいえる。まして彼は、ブリドルとの馴れあいについては一言も触れてない。
本当に、純粋な……というよりは厳粛な……真意で最期の夢を果たそうとしたのはテティくらいで、それも人形の話だ。
「君としても、ブリドルのやり方には思うところがあるんじゃないか?」
「そうですね、報酬もなしにやらされましたから。今さら取りたてもできませんし」
本音は本音だ。アコー辺りなら深甚なる共感を露わにしたに違いない。
「店からすれば、明確な赤字だろう」
ハーモは、口ひげをひねりながらコメントした。たぶん、現場で犠牲者を見おろした時も、似たような仕草をするに違いない。




