二十二、出世 五
「司祭昇任試験の時、カンニングをした私が、その罪を君になすりつけたことだ」
「そう。私は愚かにも、あなたと取りひきした。あなたは助祭から司祭になる。私は一度追放され、そのあと格別な慈悲をもって守門から再出発となる」
「貧民区へ志願したのは、わざとじゃない! 君もそうすると知って、君の出世を早めるためだ!」
「ええ、助祭まではそうでしたね。でも、私が貧民区で探しあてたリネット教徒の隠れ家を、こともあろうに自分の手柄として密告しましたよね!」
「あ、あとで君の名前も加えるつもりだったんだ! 上層部には、君を悪く思っている人々もいる! だから、まず私の名前で……」
「ユーバ参事会長と仲良く昼食を取ったんですよね?」
「さ、誘われたからいっただけだ!」
「司祭様。もうね、手遅れなんですよ。あなたの自分勝手な出世欲は、邪教徒認定でおしまいです。厳しい拷問が待っていますよ?」
「私に……どうしろというのだ!」
ブリドルは、ひざまずく司祭の額を右足で蹴りあげた。
「ぐわぁっ!」
思わず顔がのけぞり、ここでようやくはっきりする。どこにでもいそうな、中年の男性だった。
ブリドルは、軽く顎をしゃくって説教壇を示した。縦長の直方体には、聖印を掲げるための小さなスタンドが据えてある。スタンドは金属製だし、説教壇にはがっちり固定してある。
司祭は、自分の首に巻いたストールを外し、一方の端をスタンドに巻きつけた。もう一方の端で輪を作り、自分の首を通す。説教壇の高さからして、もたれかかってしゃがむような格好で自らの首を絞めた。口がぱくぱく開閉し、かっと目が見開かれて足がばたばた暴れる。
しばらくして、最後のけいれんが収まり、ズボンの前が本人の小便でびちゃびちゃに濡れた。
「おおおーっ! 神はいた! 神は示した! 神は裁いたーっ!」
ブリドルは、両手を高々と天井に振りあげて歓声を上げた。
夢は終わった。ブリドルは、テーブルに顔をつけたまま微動だにしない。
「タックさん! これ以上無視すると、あなたも拘束しますよ!」
いまや、玄関が波うたんばかりにドアが叩かれている。
「あいつらの相手をしていてくれ。俺は、こいつを地下に持っていく」
コーダーは、ブリドルの身体を指さした。
「わ……わかった」
「あと、どうしてすぐにドアを開けなかったのかと聞かれたら、寝ていたと答えろ」
「良し」
今の自分の姿なら、充分な説得力がある。
コーダーに背をむけて、玄関を開けると、三人の衛兵が手に手に金槌を持っていた。金槌には釘抜きがついている。これで、ドアをこじ開けようというわけだ。辛うじて、そこまでには至ってない。
「どうしてさっさと開けなかったんです」
三人の内の一人が聞いてきた。お世辞にも穏便とはいえない。
「寝てました」
三人そろって、一瞬にせよ白けた表情になった。余りにも通りいっぺんな回答な反面、いかにも寝起きという格好をしているので、嘘とも決めつけられない。
「貴店に、先ほど、貧民区の強盗殺人事件における共犯者が入ったという通報がありました。店内を捜索します」
同じ衛兵が、用件を告げた。ブリドルの説明が、ただの恫喝でなかったと察せられた。
「わかりました」
「先に聞いておきますが、貴店は二階建てですか?」
「地下室もあるので、その意味では三階です」
「では、我々が手わけして各階を調べます。あなたは、我々の指示があるまで、一階から動かないでください」
つまり、嫌疑がかかっていると考えた方がいい。とはいえ、ハーモやミラーの名前はまだ出さない方がいいだろう。衛兵詰所まで連行されたのでもなし、拘束されたのでもない。
「好きに調べてください」
「先に、貴店の事務室まで案内してもらいましょう」
「こっちです」
図らずも先頭を切ると、衛兵達は足を踏みならして侵入した。
「ここが事務室です。あれが二階への階段で、むこうが地下室への階段です」
「パニー氏とトラバス氏はどこにいますか?」
あいかわらず、同じ衛兵が質問した。
「二人とも地下室です」
衛兵達は互いにうなずきあい、二階と地下室へ一人ずつ進んだ。一階には、質問してきた衛兵が残る。
すぐに、地下室から甲高い笛の音が響いた。
「一緒にきてください!」
手首を掴まれ、半ば引きずられるようにして地下室への階段を降りた。
元々、質素な普請の割には広い間取りではあった。しかし、三人の衛兵と、アコーとコーダー、パニーにトラバス、ブリドル……ほぼ間違いなく死亡だが……に自分。都合九名。ブリドルは、壁にもたれて座る形になっている。パニーとトラバスを除けば、生者に座る余裕などありはしなかった。
「彼は誰ですか?」
一貫して、同じ衛兵が、ブリドルを指して質問した。
「ブリドルさんです。当店に夢葬のご依頼をしにこられました」
事実を語るのはかまわない。
「具体的に、どんな夢でしたか?」
「司祭に昇進する夢です」
これも、正しい。
「彼は、自分がどこの教会に勤めているのか、述べましたか?」
「はい、貧民区の教会だそうです」
「階級は?」
「助祭と聞きました」
「彼は、負傷していたり病気にかかっていたりしましたか?」
「いえ、健康でした」
「今もそうですか?」
「まだ、確かめてはいません」
ここで、衛兵はアコーに注目した。
「もう死んでいます」
アコーは淀みなく答えた。赤い三つ編みには微塵の動揺もない。
「どうして死んだのか、心当たりはありますか?」
「依頼の話をしたあと、安楽死薬を飲みました」
「どうして止めなかったのですか?」
「あまりにもいきなりで、止める暇がなかったからです」
「あなたは、寝ていたのにその一連に携わったのですか?」
「半分眠りながら、仕事をしていました」
不意打ちめいた質問も、ミラーとの駆けひきに比べれば可愛いものだ。
「報酬はどのくらい払われましたか?」
「まだ受けとっていません」
「ほう。それはどうしてです?」
「私は断ったんですよ。にもかかわらず、ブリドルさんは、いきなりその場で安楽死薬を飲んだんです」
「彼は、強盗殺人事件について、何か話しましたか?」
ついにきた。ここは切所。ぬきさしならない。
十中八九、自分達は衛兵に連行される。尋問は免れない。コーダーが、アコーにどこまで説明をしたのかを知っておかないとボロが出かねない。まさかこの場で確認するのも不可能だ。
『話したことは話したけど、報酬を払わずにすませるためのはったりだと思ったと答えなさい』
レッタが、ここぞで助言した。
「話したことは話しましたが、報酬を払わずにすませるためのはったりだと思ったんです」
迷わず実行。
「はったり? 聖職者が?」
「そりゃあ、突拍子もなさすぎてびっくりしましたよ。その隙に、安楽死薬を飲んだんです」
「依頼が成立してないのに?」
「私の能力は、瀕死の人間が近くにいると自動的に作動することがあるんです」
「ブリドルは、あらかじめ知っていたんですか?」
「さあ? そこまでは知りません」
質問攻めをしてきた衛兵は、低くうなって腕組みした。
「まず、ブリドルの身柄は、こちらが確保します。貴店が彼から得るはずだった報酬は、法律に則ってあなた自身で解決してください」
「はい」
「それから、あなたと、そちらのお二人は……いや、トラバス氏とパニー氏ではない方で……我々とご同行願います」
「トラバスさんとパニーさんのお世話は誰がするんですか?」
間髪を入れず、アコーが質した。
「あとで、教会から人手がくるでしょう」
「それは筋違いですね」
アコーの台詞は、衛兵に対しては冷ややかだが、こちらに対しては激熱だった。
「筋違い? どうしてですか?」
質問を装った不快感が、露骨ににじみ出ている。
「まず、今回のお話に、私は無関係です。私はあくまで、トラバスさんとパニーさんのお世話係にすぎません。今日も、お二人の介護をしていただけです。次に、私は教会というより尼僧院に所属しています。私を連行するなら、尼僧院に許可を取ってください。第三に、仮に私も連行した上でお二人の世話を別人にさせるなら、やはり尼僧院の許可が必要です」
思わぬ反撃に、三人の衛兵は顔を見あわせた。まるで想定していなかったようだ。
「それなら、あとで私が……」
「あら、ここまで話を進めておいて、手はずを整えてなかったんですか? だいぶお疲れのご様子ですが、クッキーでも召しあがりますか?」
「あまり片意地を張ると、尼僧といえどもお為になりませんが」
青筋をたてんばかりに、衛兵は肩を怒らせた。
「そちら様こそ、尼僧に暴力を振るったら、出世に障るどころではありませんよ」
「おたくの非協力な発言と態度については、後日、尼僧院に厳重に抗議します」
「どうぞ、ご随意に」
「では、タックさんと、そちらの……」
「コーダーだ」
「じゃあ、コーダーさん。同行願います」
アコーの獅子奮迅ぶりを称賛する暇もなく、コーダーともども店を出た。ブリドルの死体は一人の衛兵が担ぎ、残る二人が一人ずつ自分とコーダーの脇につく。
その要領で、近くに待機していた大型馬車に乗せられた。馬車は即座に出発した。




