二十一、出世 四
「どんな根拠があっての判断ですか?」
「私は、被害にあった教会に勤めているからです。犯人が、教会に隠しておいたお金を持ちだして、あなた達に渡した現場も目撃しています」
「こちらを尾行して知ったということですか?」
「もちろん。犯人が金を持って歩いていき、ひとけのない空き地へたどり着いたではありませんか」
「もう結構。なるほど、その空き地にいたのは我々ですよ」
怒鳴りつけたくとも、腹に力を溜められない。
「ご安心を。私はその件を、他人に告げてはいません」
「だから依頼を受けろというのですか?」
ブリドルは、僧衣のポケットから小さな紙袋を出した。逆さにして、テーブルに中身を落とす。
「安楽死薬です。依頼を受けて頂ければ、まずこれを飲みます」
つまり、自発的な口封じとなる。
ブリドルが嘘をついてないことだけは、伝わった。なおさら腹がたつ。
「こちらとしては、全部あなたの妄想だと片づけてもいいんですよ」
「でも尋問はされます。あなたの商売からすると、面白くないでしょう」
いい加減にしろ、という言葉が喉の辺りでうごめいている。
「ウチを脅すっていうんなら、貧民区の連中でも想像できんようなやり方で、あんたをなぶり殺しにするしかない。いいのかね?」
コーダーが、眉を水平に固定したまま、滑らかに警告した。
「私が、ある一定の時間までに帰らなければ、さっき喋ったことをひとまとめにしたメモが衛兵に届くようになっています」
「関係ない。デマで一蹴するだけだ」
「邪教徒として認定されても、ですか?」
「知ったことじゃない」
せっかくの反撃もコーダーに捻りつぶされ、ブリドルは口を一文字に結んだ。
であるからには、店主として、さっさとブリドルを追放するのが適切だろう。しかるべく実行しようとして、不意に疑念が湧いてきた。
「どうして邪教徒と認定されるんです?」
コーダーと入れ違いに、ブリドルをつきつめる形になった。
「もちろん、教会を襲った人間と同席していたからです」
「教会を襲った人間が邪教徒だと、どうやって判別するんですか?」
「教会を襲うこと自体が邪教徒そのものです」
「なら、犯人は、教会を襲う前は邪教徒じゃなかったということですか?」
「教会を襲った以上、それ以前からさかのぼって邪教徒だとされます」
「つまり、一度邪教徒と認定されたら徹底的に邪教徒なんですよね?」
「仰る通りです」
「邪教徒とつるんでも即座に邪教徒となるんですよね?」
「間違いなく」
「じゃあ、あなたも最初から邪教徒じゃないですか」
「何故!? どうしてです!?」
ブリドルの余裕ぶりが、一瞬にして蒸発した。
「我々が、あなたを追放して邪教徒認定を受ける。その我々に仕事を依頼したあなたは、邪教徒とつるんだのだから邪教徒です」
ブリドルは、がくんと頭を落とした。
「違う……違うんだ。私は邪教徒ではなかったんです!」
テーブルを眺めつつ、ブリドルはうめくようにいった。
「ではなかった?」
微妙な違和感を禁じえない。
「最初は、私はまっとうなオリン教徒でした。不可避的にやむをえない事情を経て、邪教徒になったんです!」
「誰かに脅されでもしたんですか?」
いよいよ支離滅裂で、意味不明。
「違います! 邪教徒の言動に触れて、正しいことを主張していると判断してしまったのです! そこで私は邪教徒となりました! だからこそ、夢の中で理想的なオリン教徒にもどり、死ぬことで天国にいくのです!」
「要するに、強盗殺人犯と話をして、宗旨がえをしかけた。しかし、地獄にはいきたくないから、オリン教徒にもどりたい……ということか」
コーダーが、どうにか現実的な妥協点を発見した。
「不正確です! もっと以前から、オリン教に疑念がありました! 強盗殺人犯との会話はそのきっかけにすぎません!」
「そいつが教会から金を持っていくのを、黙認したんだろう?」
さらにコーダーは追い討ちした。
「はい!」
「なら、犯人を尾行したんじゃなくて、示しあわせてついていったのか」
「はい!」
「強盗殺人犯は、あんたの手引きで教会に入ったのか?」
「はい!」
ブリドルは、自分に不利益な事実を次々と認めた。満面の笑みで。
「どうして? どうしてそんなことをする必要があるんです?」
こうなると、自分としても確かめたい。
「私は、私こそが、司祭……いや、司教になるべきだったからです! だからこそ、貧民区の教会を志願したのです!」
「現実には助祭どまりか」
淡々と、残酷な事実をコーダーは送りつけた。
「神は私を見放しました! 失望していた私に、ケードというリネット教徒が誘いかけてきたのです! ケードは、邪教徒なりに殉教の決意を固めていました!」
「殉教……?」
「夢葬屋に、リネット病の特効薬を作る方法を伝えてから死ぬ、と。そうすれば、リネットの考えは引きつがれ、街全体に広がる、と」
「飛躍にもほどがあります」
拒絶しつつも、全否定できない。リネット病がオリン教会の手をかけずに終息すれば、ましてリネット教徒のもたらした薬で終われば、連中に存在意義がないことが立証されてしまう。教会は、リネット病を治すために高価な祈祷料を徴収しているのだから。
「私は、とうとうあなたに事実を告白しました! ケード以上の『殉教』を成しとげて初めて、私はオリン教徒として天国に受けいれられます!」
「ケード以上のって……オリン教徒として、リネット病の治療祈祷を無料奉仕でもするんですか?」
「的外れです! あなた達を、オリン教徒に復帰させるために死ぬのです! すなわち、ケードのもたらした薬の調合をやめさせるのです!」
「どうやって?」
玄関がノックされた。
「俺がいく」
コーダーが席をたち、すぐもどってきた。
「衛兵だ」
ドアには覗き窓があり、開けなくとも相手を観察できる。
「衛兵!? ハーモ隊長か?」
「わからん。三人いる」
「三人……」
正式な捜査の可能性が濃厚だ。
「完結! 完結です!」
ブリドルが喚いた。
「完結って、何の話です?」
「あらかじめ、強盗殺人犯の共犯がこの店にくるという話を衛兵に流しておいたのです! あなた達が、私の依頼をすぐに承諾していれば良かったのに! そうすれば、私はあなた達と貧民区に行き、そこで死んだでしょう! もちろん、衛兵云々をお話して! そうすれば、あなた達は速やかに帰り、衛兵がきても知らぬ存ぜぬで通せたのです! でも、あなた達は私を徹底的に突きはなした! 時間を浪費した! つまり、邪教徒の仲間だと告白したにひとしい! そんなあなた達を衛兵に突きだしながら、私は死ぬ!」
テーブルに置かれたままの安楽死薬を掴み、ブリドルは素早く飲みこんだ。
「衛兵です! すぐに開けてください!」
玄関からは、ドアが蹴破られんばかりに激しく鳴る音が耳障りに響いてきた。
「ふざけるな、この……」
「オリン様に……栄光……あれ……」
仕事とは無関係に、夢葬が発動した。
教会の、説教壇と長椅子に挟まれた場所で、ブリドルは誰かと話をしているようだ。かつ、ブリドルはたったままであり、相手は彼に対してひざまずいている。青灰色の司祭衣が、縮こまっていた。
「許してくれ、ブリドル。全てを司教様にお話して裁きを受ける」
ひざまずいたまま、相手はブリドルにいった。
「何をどう許すのです?」
厳しく、冷酷に、ブリドルは腕を組んで見おろした。




