二十、出世 三
自分から少し先を、女性とおぼしき何者かが歩いている。
「パニー!? パニーなのか?」
声をかけたものの、相手は身じろぎさえしないまま動きをとめない。
「おいっ、せめて返事くらいしてくれ!」
走って追いつこうとしたものの、いっこうに距離が縮まない。足だけ別な生き物になったかのようだ。
「聞いてくれ! ミラー参事会員が、教会と参事会の癒着を疑いはじめている! リネット教徒への迫害も少しずつ明るみになりそうなんだ! それに、ペンドルも……」
道を縁どる木が何本か、ばっさり斬り倒された。剣を鞘に収めたトラバスが、行く手を塞いだ。
「どけっ、邪魔だ!」
「物事には段階がある。後ろ姿が見えるところまできただろう」
「お前がいえた義理か!」
「パニーは俺の相棒だ」
頭に血が昇る感触を、素で実感した。せめて、コーダーほどの腕っぷしがあれば殴りかかったのだが。
「前にも聞いたが、どうしてパニーの夢にお前が現れるんだ!」
拳の代わりに言葉を繰りだした。
「それが……」
「彼女の望みなんてもう一回いったら、ぶっ殺す!」
「魔女からの要求の一部だからだ」
「魔女からの要求だと!? なら、本人に会ったのか!」
「会った」
「じゃあ、その時お前は何をしていた!」
「パニーの希望で、黙って待っていた」
「どうしてパニーはそんな希望をしたんだ!」
「呪いを止めて、ストラ市の人々を許して欲しいと魔女に交渉したかったから」
確かに、あずまやで目にした手紙には、それを示唆する内容が記してあった。
「でも、こうなったってことは、交渉は失敗したんだろう!」
「いや、成功はしてないが、失敗もしていない」
「どういう意味だ!」
「魔女は、お前の存在をパニーから聞き、興味を持った。お前が、魔女がどうして魔女になったのかを解明し、真相を街全体に広めれば俺もパニーも解放され、呪いも消える」
「じゃあ、回りくどいことをしないで、お前からでも私にそう告げたら良かっただろう!」
「ここまでの一連は、予備審査だ。お前が、魔女の期待を満たせそうな実力を持つかどうかの。それには合格した。だから、俺もようやくここまで明かせた」
「結局、お前は魔女のいいなりか!」
「パニーが人質になるときめた以上、俺もつきあうことにした。一人よりは二人の方が、魔女も安心しやすいと俺なりに判断もした」
「ふんっ。真相か。お前が何を魔女から聞かされたかは知らないが、お前は回復し次第、身柄をミラー参事会員に預けられるんだ。ミラー本人と、そういう約束を交わしてきた」
「……」
「ミラーによれば、魔女討伐そのものがただのパフォーマンスなんだってな? そして、参事会の一部が魔女と馴れあいを試みた、と。お前はそんな任務についていたんだろう?」
「そうだ」
「じゃあ、お前が語る魔女の真意も、嘘か本当かわかったものじゃないだろう」
「お前は、それ以上のことをミラーから聞いたはずだ。フォニアという、百九十七歳まで生きた女性を」
固有名詞のみならず、具体的な年齢まで当てたとあっては、なじってばかりもいられない。
「それを知っているからって、お前の話が信用できるとは限らないだろう」
「フォニアについての資料は、教会が独占しているのではない」
「何!?」
「次のリネット教徒に会え。会って夢葬を果たせ。そうすれば、進展がある」
「進展? どんな進展があるんだ?」
「次のリネット教徒に……」
『大将、大将ーっ! 起きろ!』
頭から水をざばざばかけられて、半ば強制的に現実へ帰ってきた。
「大将、口と両目から白いもやが出てたぞ。あと、頬がへこんで腕も細くなってる」
「え……?」
慌てて自分の両手を見ると、骨が浮きかかっていた。
『夢葬の副作用が、だんだん酷くなっているわね。肉体の消耗がここまで深刻になるなんて』
レッタとしても、看過できなくなっているようだ。
「追加料金をくださったら、回復のお祈りを……」
「いや、いらない。今日はここまでにしよう」
アコーの申し出を断り、きびすを返しかけたら、足がもつれて倒れてしまった。コーダーが、肩を掴んで助けてくれた。同時に、肩甲骨からゴリッと音がする。
「痛いーっ!」
「しまった、大丈夫か?」
「あ、ああ……。ちょっと骨がきしんだくらいだ」
「俺が担いで……」
「まさか。自分で二階まで上がる」
「なら、俺が一階まではついて上がろう」
「好きにしてくれ」
コーダーもアコーも、それ以上は提案も干渉もしなかった。
一段ごとにため息をつき、膝に力をこめては自分の身体を引きずりあげるようなあんばいが必要だった。いつもの何倍もの時間をかけ、一階に至った。同じ苦労をもう一度味わって、やっと二階に進めた。
ベッドに倒れこみ、窓を眺めると、夕方にさしかかっていた。太陽が、オレンジ色だ。まだ一日は終わってないが、何か月も過ぎた気がする。
次のリネット教徒、と、トラバスは語った。まさか本人が、自分から名のるはずがない。衛兵でもないのに、こちらから聞いてまわることもできない。八方ふさがりだ。本人がここにくるということか。
そこで考えがまとまらなくなり、眠りについた。
翌朝。
不覚にも……または、順当にも……正午近くに目が覚めた。手足は、寝る直前よりはちゃんと動く。
服を着がえたり蒸し風呂に入ったりしたい。その前に、掃除をせねばならない。
一階に降りると、コーダーはいつものように仕事をしていた。挨拶をすることもあれば、しないこともある。今回は、後者だ。したくともできない。応接テーブルで、彼は客とおぼしき男性と話をしているから。
「金を払うのだから、問題ないだろう」
と、一目で聖職者とわかるその男性は力説した。まだ若く、少なくとも自分とコーダーの真ん中よりはずっと自分に近い。背丈は人並みで、それほど筋力はなさそうだ。
「何の理由も語られないまま、これから死ぬので夢を見させろじゃあ困りますよ」
コーダーは、辛抱強く説得した。
「ここで死ぬわけじゃない。貧民区に自宅があるのは確かだが、周辺住民はみんな私を理解してくれている」
貧民区という言葉が、嫌でも心にささくれを作った。同時に、ミラーからの返事を聞いた以上、ハーモにもこちらから詳細を伝えねばならないと思いだした。二人は連携しているのだからなおさらだ。
「それはお客さんの話であって、我々の話では……」
「詳しく聞こう」
押し問答を、自ら打開した。
「失礼、こちらは?」
「ウチの大将です」
コーダーの説明に、客人の聖職者は礼を欠く寸前までこちらをじろじろ眺めた。髪はぼさぼさ、服はよれよれ、唇は干からび、手足は痩せ細っている。今さら、そんな自分の姿を意識させられた。
「ご覧のとおり、依頼づくめでなかなか休みが取れないんですよ」
コーダーは、素晴らしく気を利かせて店主の威厳を守ってくれた。
「そうなのですか。失礼、ご挨拶が遅れました。私はブリドルと申します。ご覧のとおり、教会の人間で、助祭を勤めております」
助祭とは、下級聖職者の階級の一つだ。司祭を補佐する。したがって、下級といえども守門よりはずっと高い地位にある。
「店主のタックです。よろしくお願いします。それで、夢葬のご依頼ですか?」
「はい」
「失礼ながら、見たところ、至極ご健康のようですが……」
「ええ、これから死ぬつもりですので」
「……」
ブリドルには、うっ屈した様子はない。それどころか、晴れ晴れした潔さすら感じられた。
「もちろん、報酬は用意しています。依頼を受けてくださるなら、事情をお話します」
「そういうことでしたら、先に事情をお話ください。もちろん、ご依頼が実行できずとも、お話頂いたことは誓って外部に漏らしません」
店主として、ここは外せないし譲れない。
「私も、本来ならそれが当たり前だとは理解しています。ただ……その、ここには尼僧がいらっしゃいますよね?」
「どうしてそう判断されたのですか?」
「何日間か、遠巻きに観察しましたから」
あくまで穏やかなブリドルの表情に、タックは軽くぞっとした。ひょっとしたら、フォニアや、ケードの妻だったキャスクを処刑した連中は、こんな調子だったのかもしれない。
「尼僧がいると、都合が悪いのですか?」
「はい」
「なら、お引きとりください」
にべもなく斬りすてた。自分勝手な理屈だけでも出入禁止に値する。ましてや、大事な仲間を都合の対象にするなど論外だ。
「あなたが強盗殺人犯の最期に居あわせたことを、私は知っています」
ろくでもない人間から、ろくでもない指摘がやってきた。




