十九、出世 二
彼女は、あずまやにあった手紙の中で、自分がリネットの子孫だとはっきり断言していた。
「フォニアは、リネット直系の子孫を自称していました。教会は、彼女のあらゆる発言を、ただの世迷言として切りすてましたがね」
頭の両脇を飾る白髪を、ミラーは両手でなでつけた。
「彼女……」
「ああ、フォニアは女性です。そこは、教会だけでなく、あらゆる記録が一致しています」
性別で人の能力を仕わけするような愚かな感覚は、自分にもコーダー達にもない。だが、パニーの主張が事実とするなら、リネットの子孫は女性が多いとも思えた。
「まさか……記録は残しておいたということでしょうか?」
言葉の裏を、読むというよりかいくぐった質問だった。
「たった一つの数字が、数百年に渡り、教会の苦慮と焦燥をかきたてているのです。フォニアは、処刑された時点で百九十七歳でした」
「百九十七歳!」
自分だけでなく、黙って聞いていたコーダーとアコーも思わず軌を一にして叫んだ。
「しかも、外見は二十代の序盤そのもの」
今度は、自分達はあんぐりと口を開けるほかなかった。
むろん、常人には不可能だ。そんな魔法や技術があれば、市民という市民……いや、大陸中の人々がこぞって手にしたがるだろう。
「あ、あのう……教会は、そうなるための要領を、フォニアから聞きだせなかったのですか?」
ついに、アコーが口を挟んだ。聖印を包む両手が震えている。
「そこですよ、問題は」
ミラーは、アコーの乱入をとがめはしなかった。むしろ、微笑さえ浮かべている。
「教会は、フォニアへの尋問記録を門外不出の秘事としています。実のところ、私も何年か前に閲覧を願いでて断られました」
「たとえば、その……系図の確認もなさったのでしょうか?」
パニーの主張の裏づけとして、これほど正確な証拠はない。教会は、市内で新たな出生があれば、可能なかぎり登録して記録を保管する。だからといって、自分が調べれば藪蛇になりかねない。これを機に、ミラーから間接的な情報だけでも得ておきたい。
「それも、希望しましたが拒絶されました」
「手がかりは、全部教会の手の内か……」
コーダーが、顎をさすりながら独り言を口にした。
「唯一、手がかりになりそうな貧民区の強盗殺人事件まで横槍です。残る算段は、トラバス氏とパニー氏だけとなりました」
「どうして教会や参事会は、トラバスの身柄だけでも自前で確保しようとしないのでしょう?」
ここまで深い事情を知ると、どうしてもそこに触れざるを得ない。
「教会は、パニー氏ともども身柄を管理したいのですよ。しかし、参事会が賛成しません。元々、魔女討伐はあくまで参事会が主体ですので、教会も強くは主張できません」
「どうして参事会が賛成しないのでしょう?」
「私や私に同調する参事会員が反対しているからです」
「反対……何故?」
「賛成するなら両氏について具体的に、どんな施設でどう人手を確保するのかを別個に議論することになります。それを抑える権限を持てば、魔女の秘密を知るも同然……実質的に、街を牛耳る権力を手にしたことになります。だからこそ、お互いに牽制せざるを得ません」
「失礼ですが、魔女の秘密とは、そこまで莫大な権力に結びつくのですか?」
「はい。私も、まだまだ調査中ですが……たとえば参事会長は、我々の切り崩しに必死ですね」
ミラーは、誠実に自分の知識をこちらへもたらした。参事会員にしては珍しい。
「トラバス氏の身柄は、こちらから運びましょうか?」
誠実でないのは自分の方だ。事実に基づく認識が、ちくちくと良心を刺した。それもこれも、パニーが復活するため……極端な話、彼女が健康無事で自分と一緒ならさっさと別な街に引っこしてもかまわない。自らの決意は揺るがない反面、もしそうなれば、残された市民は教会にずっと食い物にされていく。
トラバスの身柄云々は、矛盾をごまかすための提案でもあった。
「いえ、ノンドに手配させましょう。経費もこちらが持ちます。近日中に、また貴店へ伺うことになろうかと。その代わり、と申してはなんですが、今後は貴店で入手できた情報を逐一お知らせ願いたい。連絡役は、ノンドに一任で」
「かしこまりました」
今後は、という言葉が肝要。ケードの件に触れないですむ。
「話が早くてありがたい。それと、店舗登録税の無期免除を申請しておきましょう」
夢葬屋に限らず、市内のあらゆる店舗は参事会に登録税を毎月払わねばならない。滞納すれば、差しおさえはもちろん、程度によっては鞭打ちや晒し者といった刑罰もあり得た。
「ありがとうございます……お礼とともに、もう一件お願いしたいことがありまして」
「何でしょう」
そもそも、参事会員は、市民の要望に耳を傾けるのが仕事である。建前にせよ。
「海外の方ですが、大商人と名高いペンドル様。ストラ市参事会様ともお取りひきがあるとか……。もし機会がありましたら、是非ともご面識を頂戴したいです」
『タックさん!』
『手を組むわけじゃないですよ』
案の定、レッタが騒ぎだしたが、軽くいなした。
「そのくらいなら、お安い御用です……念のために伺いますが、どのような目的ですか?」
ミラーでなくとも、妥当な質問だ。
「大先輩のペンドル様から、ストラ市で将来見込みのありそうな商売を知りたいです。投資に興味がありますので」
半分は嘘だ。レッタが夢で見せた発言から、ペンドルが大なり小なりリネット病にかかわっているのは知っている。市民とは無関係な立場からの知識は、真相解明に欠かせないだろう。
「なるほど。それなら、次にペンドルさんとお会いした時にでも都合を聞いてみましょう」
「ありがとうございます」
「私からは以上です」
ミラーが締めくくり、議論は終わった。別れの挨拶を交わし、往路と同じ馬車で帰路についた。
「結局、テティの話はお互いしなかったな」
ほとんど揺れのない車内で、コーダーがようやく……他者との会話を意識して……口を開いた。
「ああ。テティのことは心配だけど、正直なところ、こっちからは手の打ちようがない」
「その通りだ。とはいえ、話に上がらないからこそ物凄く重要だともいえる」
「フィナン達を裏切った老人が、ユーバって名前だったからだろ」
「まだある。ペンドルは、この街で人形を売っている」
「ええっ!?」
大商人というからには、街の上下水道の利権だとか、造船業だとか、重くて大きい品を扱っているのかと思いこんでいた。
「人形は、子どもが遊ぶだけじゃない。教会が信者、つまり市民に売る。天使や聖者の人形を」
コーダーは、事実をさらに重ねた。
「売るのではなく、唯一神オリン様の功徳をお裾分けするのです。わずかな喜捨と引きかえに。私からも、お二人に……」
「アコー、間にあってるからいらない。コーダー、どうしてあの場で……」
「踏みこみすぎだ。俺達まで、教会に絡めとられる恐れがあった。ミラーは、一見頼もしい味方のように思えるが、パニーさえ手に入るなら俺達など歯牙にもかけん」
「まさか……」
「場合によっちゃあ、俺達を魔女の手先にでっちあげて、教会と参事会の癒着を『証言』させられるかもしれない」
まだまだ自分の判断は甘い。唇を噛みかけたところで、車体が少し揺れた。
「むろん、ミラーに怪しまれないよう、ペンドルと顔をつなげるのも必須だ。その意味では、大将はうまくやり抜いた。余計な情報がない分、わざとらしい演技にならなかった」
「コーダー……ありがとう。すっかり抜けていたよ」
衷心から頭を下げると、コーダーはわずかにうなずいた。
「話をもどすが、教会は何も、自力で人形を作っているんじゃない。外注で賄う。市内に人形職人はいるが、彼らもペンドルとつながっている」
「そういえば、店にも教会の人形があったな……」
「最低ランクよりはましな品ですね」
「アコー……」
「誉めているのですよ」
「誉めてない」
教会が売る人形にも、格の上下がある。高いほど、日常生活に特典があるという触れこみではあった。たとえば、商売繁盛、家内安全といった類の。
具体的に検証した者はいない。そんなことをすれば、邪教徒として糾弾されかねない。一方で、功徳があろうがなかろうが、一種のステータスシンボルとして高い人形を買う者もいた。ちなみに夢葬屋に置いてある守門は、教会の門番を務める最下級聖職者である。最低ランクの平信者より一つだけ格上だ。
「テティの部屋にもミラーの部屋にも、教会が売っている人形はなかった。小細工をする人々ではないから、本当に教会と仲が悪いんだな」
「あれって、本当に功徳があるのか?」
アコーの前で、かなりずけずけした質問だが、配慮する気にはなれなかった。
「値段相応だな」
逆説的に、ないわけではない。
「教会からすれば、大事な収入源だし、威厳の根拠なんだろう? いくら大商人だからって、外国人に任せるのか? それこそ、ペンドルがいいように教会を牛耳る可能性だってあるのに」
外国人を蔑視するつもりはない。しかし、地元教会という、一種の閉鎖環境で、いくらでも独占できるはずの旨味をわざわざ減損させているのは腑に落ちない。
「俺も、そこまでは知らん。というより、まさにそこを解明するのが肝要だ」
「教会の上層部が何を狙っているのか、信者はもちろん中堅層の聖職者でもわかりません」
金にこだわらない時のアコーは、鋭く賢い。そんな彼女でも、自分の地位や立場をはるかに離れたことまではわからない。
あれこれ考えている間に、馬車は店の前についた。御者にふたたび小銭を渡して帰ってもらい、ようやく帰宅となる。
「コーダー、アコー」
「こっちはいつでもいい」
「お金を頂戴できるなら元気いっぱいです」
もうためらう理由はない。三人で地下室に降りた。あいかわらず両目を閉じたままのパニーの夢へ、そのまま入りこむ。
これまでとは打ってかわって、どこか深い森の中だった。頭上を仰げばどこまでも晴天が広がり、目の前には木々に挟まれた細い一本道が延々と伸びている。




