十八、出世 一
「もちろん、歓迎しますよ」
ミラーは、あからさまに反対するほど馬鹿でもなければ狭量でもなかった。
「ありがとうございます」
「ノンド」
「速やかにお持ち致します」
感謝してからすぐ、手配が始められた。部屋には、自分達とミラーだけが残った。
「孫娘は、あなたのお仕事にとても感謝しておりました」
「そう伺えて、嬉しいです」
型通りに答えつつも、テティが何か酷い暴力でも受けて、無理やり答えたくないことをいわされたのではないかとつい勘ぐってしまう。
「あなたからのお返事も読んでおります。ここにきたのはただの私用ですが、思わぬ幸運でした」
コーダーやアコーが、手紙を知っているかどうかをはっきりさせていないのに、かまわず口にするとは。
ミラーが二人を軽く見ているとも思えない。両者の役割くらい、とうに把握しているだろう。昼食への同席も認めている。ならば、自分自身のみならず、夢葬屋という『店』そのものとも手を組みたいという意識の現れか。
「私としても、得がたい機会と捉えております」
「お返事といえば、トラバス氏とパニー氏のお具合はいかがです?」
「二人とも、容態は安定しています」
事実を明かした。アコーの尽力で、とまではあえていわない。下手に名前など覚えられるのも、当人にとっては不本意だろう。
「何よりです。容態といえば、リネット病について気になる噂を耳にしましたよ」
ミラーは、なかなかにどぎつい話題を呈示した。
「噂? どんな噂でしょう」
と、調子をあわせざるを得ない。
「教会でお祈りしてもらわなくとも、はるかに安い値段で治療薬を作れるという話です」
まさにケードが語った『事実』だ。
「初耳ですね」
無表情に、平然と嘘をついた。良心はまったく痛まない。顧客の秘密を守るのは業者として当然だし、ここでケードの名前をだすのは自殺行為に等しい。
「そんな代物がでまわったら、教会の面子は丸潰れです。もちろん、教会は邪教徒の流した虚言と一蹴しています」
「参事会でも無視ですか?」
是非とも知っておきたい。
ミラーが口を動かす前に、ドアがノックされた。
「入りたまえ」
「失礼致します。お食事をお持ちしました」
ノンドが、自分の上半身ほどもある四輪式の配膳台車を押してきた。木製で、優美な草花の彫刻がほどこされている。
「まずは皆さん、食事としましょう」
ミラーに異論を唱える者は、一人としていなかった。
ノンドは、まず全員にナプキンを配った。
「水でもワインでも、お好きな方を選んでください」
微笑するミラーも含め、全員が水を選んだ。薄いガラスのコップに、銀色の鶴首水さしで水が注がれていく。
それから、ミラーも含む全員に、同じ料理が給仕された。長方形をした、大人の胸くらいの広い皿に、いくつかのくぼみがつけてある。そこに、パンや赤身魚のソテー、牛肉のスープなどがそれぞれ収まっていた。これなら、いちいち皿を取りかえずとも、好きなように食べられる。スプーンやフォークまでセットで入れてあった。
「昼食は、能率を重視していましてね」
ノンドが、タックから皿を置いていくのを目にしつつ、ミラーは上機嫌に語った。
「このやり方なら、皿洗いも最小限の手間ですみますよ」
さらに、ミラーは冗談めかして続けた。
能率云々の言葉とは裏腹に、漂ってくる香りだけでも相当に食欲をそそった。
「そういえば、毒見が抜かっておりました。これからでも私が引きうけましょうか?」
冗談めかして、ミラーは聞いた。
「いえ、とんでもない。このまま頂戴します」
仮に……あくまで仮に、薬物を仕こんでいたら、ミラーはあらかじめ解毒剤でも飲んでいるにきまっている。だいいち、本当に危害を加えるつもりなら、ここまで回りくどいことをする必要はない。
恐れるべきは、そんな陳腐な手ではなかった。参事会員という、権力そのものの相手から、できるだけ多くの情報を得ねばならない。反対に、こちらから与える情報は最小限にせねばならず、かつ、相手の恨みを買わないようにせねばならない。
「乾杯といきたいところながら、水ではしまりませんね。それでは、各自で好きなように初めてください」
「ご馳走になります」
三人そろって礼を述べ、しばらくは黙々と食事をした。たまに、ノンドに水の継ぎたしを求めることもあったが、料理は質も量も非の打ちどころがなかった。
ふと気づいた。三人そろって食事をするのも、三人で外食するのも、三人でよその家の食事に呼ばれるのも、参事会員と会食するのも、全て初めてだ。
ミラーを無視してそんな感慨を共有しあうのも失礼になる。だから、頭の中にしまっておく。ただ、ハーモ隊長に相伴したときよりはずっと楽しい……それは、恐ろしい緊張感と矛盾しない……席ではある。
「大変結構なお料理で、心から感謝致します」
全員の皿が空になり、ノンドが皿を配膳台車にしまったところで、本心から謝意を明らかにした。
「当家の昼食……というのでもありませんが、満足されたのならありがたいです。隠すほどのものではありませんが、私はとうにここをでた人間ですので」
「ここをでた……?」
「いや、深い意味はありません。たんに、邸宅そのものを息子夫婦に譲ったのですよ。ただ、不定期に私がきたときには、ここや他のいくつかの部屋を使います。ここの召使い達に、私からも指示ができますし、私が連れてきた召使いを働かせることもあります」
ということは、ミラーの家はあくまで別個にある。
「まあ、今日ここにきたいきさつを話しますとね。まさにこの部屋で、気分転換をしたかったのですよ。参事会員をしていると、そうした環境を持つのはたしなみのようなものですから」
たしなみで、こんな豪邸に個室を持っているというのも凄い。
「さて。そろそろ、本題に入りましょう」
「失礼します」
ミラーの宣言を受けて、ノンドは配膳台車ごと去った。
「お返事で示された提案ですが、基本的に賛成です」
開口一番、ミラーはずばり結論を述べた。
「ありがとうございます」
ほっとする気にはなれない。『基本的な』賛成では。
「ただし、私からも要求したい。タックさん、衛兵隊長のハーモさんをご存知ですか?」
「はい」
「ハーモさんは、私の依頼で、参事会と教会の癒着について捜査をしています」
「ええっ!?」
こんな風に、いきなり当事者からもたらされると、やはり驚かずにはいられない。
「ハーモさんによれば、先日、貧民区で教会への強盗殺人があったそうです。犯人は自殺したらしいのですが、リネット教徒の疑いが強いと。そして、数年前に犯人と死別した妻は、リネット病の特効薬とやら称する薬を調合していたそうです」
「つまり、さっき、お話のあった……」
と、調子をあわせるのは処世術の初歩。
「まさにそれです。問題は、参事会から、ハーモさんに、強盗殺人の捜査を中止する命令をだす動議が提案されていることです」
「参事会が……? 何のためでしょう」
「これは、私の推察ですが、くだんの特効薬の話が市民に広がるのを防ぎたいのでしょう。もちろん、一部の参事会員だけの目論見です」
「ということは、その参事会員達が、教会と……」
「癒着しているのです」
自分がぼかした語尾を、ミラーはこともなげに補った。
「ハーモさんは、動議を知っているんですか?」
「今日、午前中に私から直に伝えました」
「ハーモさんはどう考えているのでしょう?」
「考えているというより、怒っています。参事会が、司法に干渉しようとするのは重大な規約違反ですから」
「動議は可決されそうですか?」
「まだ五分五分です」
「仮に可決されたら、事態はどう展開するのでしょう?」
「リネット教徒への新たな弾圧が始まります。もっと具体的には、魔女狩りが本格化します」
精神的に窒息しそうだ。
『魔女狩りを口実にした、反体制分子狩りでしょう?』
レッタがいきなり口だしした。危うく復唱するところだった。
「魔女狩りは、参事会の一部と教会が公然と手を組む重要な機会となります」
こちらの沈黙を前にして、ミラーは言葉を継いだ。
「歴史の教科書にしかない出来事だと思っていました」
魔女の手先が悪事を働いたから、教会が苦労してやっつけた。……自分だけでなく、市民の大半は学校でそう習う。
「ええ、ストラで最後の魔女狩りは三百五十年ほど前です。多少詳しくいうと、三百五十七年前に、リネット教の総責任者として、フォニアが処刑されました」
そこまでは覚えてなかったが、パニーからの知らせは忘れようはずがない。




