十七、黒づくめの人形 五
人形には、本当に魂があった。それも、生臭いともいえる現実に満ちた人間の。本物の人間の魂が封じられていたのだ。どんな人間かにもよりけりながら、それ自体が邪教徒認定されても何らおかしくない禁忌だ。
もっとも、そんな検証はあとまわしにせねばならない。コーダーとアコーを同席させるべきか、帰らせるべきか。ミラーに害意がないならいてくれた方がいい。あるなら、犠牲になるのは自分だけでいい。
『二人がいた方がいいわよ』
ここで、レッタが背中を押した。
「かしこまりました。ただ、二人の仲間も同席を認めて頂けますか?」
「もちろん。何でしたら、テティからの報酬はノンドがお預かりしてもかまいません」
「いえ、ご好意のみ頂戴致します」
何があるかわからない以上、うかつに手放すのは下策だ。
「そうですか。ともかく、ここはいささか……あー、大人の会話にはむいておりませんな」
悪意はないのだろうが、テティは赤面してうつむいた。そのせいで、顔をしかめたくなるのをどうにか我慢した。
「私としては、貴重なミラーさんのお時間を部屋の移動などで浪費したくはないですね」
テティをかばうつもりはない。実のところ、ミラーが完全に主導権をとるのだけは阻止したい。
「まあ、そうおっしゃらず」
ミラーは、手を甲高くパンパンと鳴らした。
「お呼びでございますか」
と、間髪を入れず、ノンドがやってきた。手紙をもたらすだけでなく、どこまでもミラーとともにいるらしい。
「客人を応接室へご案内しなさい」
「ははっ」
「テティ、お前とはここで少し話がある」
「はい、おじい様」
テティの緊張ぶりからして、暖かみのある話ではなさそうだ。さりとて干渉できる立場でもない。
「お客様、こちらへ」
ノンドに促され、テティ達をあとにした。
新たに触れたのは、拍子抜けするほど質素な部屋だった。個人の私室としては広い方だが、飾り気はほとんどない。むしろ、カビ臭い古文書だの染みの浮いた古本だのをぎっしり収めた本棚だけが存在感を持っていた。カーテンさえ薄くて地味な柄をしている。
「どうぞ、おかけになってお待ちくださいませ」
三人そろって着席した。
「これからお茶をお持ちします。おくつろぎを」
「ありがとうございます」
おくつろぎをといわれても、だらけるわけにもいかない。いっそ、成金趣味丸だしの方が下手な冗談でもでてきただろう。アコーが革袋をしっかり抱えたままなのが、唯一の救いといえば救いだった。
「まさか、本当に御大が……」
黙ったままなのも気詰まりだ。率先して口を開いた。
「こんなことなら、俺がもっと綿密に背景を調べておくべきだった」
コーダーが、珍しくも愚痴を吐いた。
「そう自分を責めなくてもいいでしょう。どのみち聖職者は中立ですし」
アコーはコーダーを慰めつつ、己が抱きしめた革袋の中で、金貨がぎちぎちと音をたてるのをうっとりしながら聞いている。
「待て。盗聴されているかもしれん」
無慈悲なコーダーの指摘に、アコーさえ表情を一変させた。
「そこまでするか……?」
「少なくとも疑うべきだ。最初は、紙に書いて警告しようかとも思った。しかし、あっちはそれをも見こしているだろう。なら、下手な芝居をやめて堂々としている方がましだ。余計な口数を避けて、な」
「どうせなら、最初からいってくれ」
「ずっと黙ったままだといっそう疑われる。それなりの真意を口にした方がましだ」
はたときづいた。
問題になるとすれば、自分の発言だけだ。元より、コーダー達こそ無事に帰らせるという方針だけは妥協しない。だから、彼の忠告は絶妙のタイミングだった。
と、ここでドアがノックされた。
「どうぞ」
代表で自分が答えると、ドアが開いてノンドが現れた。テティの時と同じような、銀の盆を持っている。盆には、白磁のティーポットが一つと、カップが人数分構えられていた。クッキーを盛りあわせた皿もある。
ノンドは、各自に茶を淹れ、クッキーの皿を置いた。
「どうぞ、ご自由にお楽しみくださいませ。しばらくすれば、こちらにご主人様がきます」
「ありがとうございます」
ノンドは、一礼して去った。
「飲むのか、これ……?」
ここまでくると、薬物入りでもおかしくない。
「飲まなかったら飲まなかったで、相手の機嫌を損ねるかもな」
逃げ場をなくすコーダーの意見。
「わかったよ。私が毒見する」
ここは、店主が一肌脱がねばならない。
「いいだろう」
「異議なしです」
湯気のたつカップを手に、わずかな間、ためらった。何でもない場面であれば、香りを楽しんでいるように思われただろう。実際、気品のある風味を予期させはした。
顔をしかめながら、一口飲んだ。美味だし、いつまでたっても身体のどこもおかしくならない。
「次はクッキーだ」
カップを置いて、クッキーを一枚つまんだ。皿のうえで半分に割り、一方を食べた。
「どっちも大丈夫そうだ」
「そうか、ありがとう」
「神に感謝を」
三人で黙々と茶を飲み、クッキーを食べた。もうすぐ正午になるが、夢葬にかかわるとやたらにエネルギーを使う。
ティーポットが空になり、クッキーが一枚残らず各自の胃袋に収まった。少しして、ノンドが盆を小脇に現れた。
「もうすぐご主人様がきます。お下げしてもよろしいですか?」
「はい、ご馳走様でした」
ノンドは手早く片づけをすませ、退室した。
そこで、正午の鐘が鳴った。
「昼飯か。最近、魚ばかり食べているし。たまには肉にしようかな」
なぜかハーモとの会食が、心に浮かんだ。
「俺も肉にするか」
「私は野菜炒めで」
「そういえば、三人で食事をしたことはないな」
「強いてやる必要はないだろう。一人の方が、気楽でいい」
コーダーの主張は、そっけなくもあり、自由の何たるかを象徴してもいる。
三度ドアがノックされた。
「失礼します。ご主人様がきました」
三人がそろって椅子からたち、お辞儀した。
「いや、そのままで結構」
ミラーの台詞を受けて、ふたたび座った。
ノンドは、ミラーについてきて、彼のために椅子を引いた。ごく当然に彼が着席すると、ノンドは最敬礼してから去った。
「どうも、お待たせしました。さっそくお話……と、したいところですが、ちょうどお昼です。良ければ、食事でもしながら進めませんか?」
「い、いえ、お茶も頂いたことですし……」
少なくとも、一回は遠慮するのが礼儀である。
「まあ、そう仰らずに」
ミラーも、そこは柔らかく勧めた。受けるべきか受けないべきか。
参事会員……しかも、初対面……の前で、コーダーやアコーの意見を聞くのはかなりの危険を伴った。
夢葬屋とは、いってみれば実態のないサービス業だ。極端なところ、なくても世間は困らない。それを、金を払ってでも利用しようという存在にするには、ある程度の威厳がいる。
自分からすれば、コーダー達を部下とみなすつもりはない。しかし、世間がどうみなすかはまた別個である。
ミラーの視点にたって考えると、自分の提案を自分の目の前で部下と相談する店主がどう映るか。優柔不断で、いちいち部下の顔色をうかがう人間とでも判断されてはたまらない。
会食は自分とミラーだけでおこない、コーダー達は先に帰らせるという手もある。それは、ミラーが何かを企んでいても、自分一人で対決せねばならないという欠点につながる。率直にいって不安すぎた。
「厚かましい質問ながら……。ここにいるコーダーとアコーも、引きつづき同席してよろしいですか?」
さんざん悩んだ割には、まばたき一回分の時間しかかかってなかった。




