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夢葬屋タック 〜義妹を回復させたければ『勇者』に聞け? ふざけるな!〜 (完結済み)  作者: 堅他不願


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十六、黒づくめの人形 四

 何十頭もの馬が、そこかしこの木につないである。フィナンは二人を降ろし、三頭の馬を木から離した。全員に乗馬の心得があるのは、この場で計り知れない助けになる。


 遅まきながら城壁を越えてきた兵士達を無視して、三人はそれぞれ馬にまたがった。そこからは、敵よりも馬を気づかいながら進んだ。


 夕陽が地平線にかかったころ、ようやく三人は馬をとめた。川のほとりで、むこう岸までは船でもなければとうていいきつけない。


「もう……駄目かと思ったぞ」


 老人が、荒く息を継ぎながら馬の首に両手をついた。


「フィナン……ありがとう」


 女性は、それだけ口にするのがせいいっぱいだった。


 フィナンは、呼吸一つ乱れてない。にもかかわらず、二人に返事をしなかった。代わりに、馬を降りて手綱を引き、岸辺へ連れていく。馬はすぐさま水を飲みだした。残る二人も彼にならう。


 馬から少し上流へ歩き、女性は水を手ですくって飲んだ。フィナンもまた、槍を川原に横たえてから兜を外した。川の流れに膝を下げ、両手を川底について口を水面に近づける。その直後、上半身をひねり、両手で波飛沫を飛ばした。吹き矢の針が叩き落とされ、そのむこうには吹き矢を手にした老人が目を見開いている。


「ば、馬鹿な! 完璧な奇襲だったはずだ!」

「やっぱり、あなたが裏切者だったのね」


 女性は、手の平に収めた鏡を見せた。水を飲みつつも、背後を警戒し、隣のフィナンに目配せして合図したのである。


 フィナンは、川をでて老人に対峙した。すぐに馬を使えれば逃げられるだろうが、距離が遠すぎる。吹き矢の射程では、老人もまた馬から離れねば届かない。


「私が、フィナンと同じように信頼して、何でも相談した人形職人のおじいさん。どうして裏切ったの?」

「う、うるさいっ。お前達こそどうかしているぞ! わしはとっくの昔に、オリン教に転向したんだ。だが、それだけでは認められん。前の晩、門を開いて合図を送ることで、わしはストラ市の参事会員だ! 参事会員だぞ!」

「そんな世迷言、本当にむこうが守ると思ってるの?」

「守るとも! 伝書鳩で書類をよこしてきた! いや、フィナンはともかく、お前なら助けてやれるかもしれん。わしの妻にでもなれば……」


 それ以上、聞く耳持つ必要はない。こんな奴に、槍など使うのももったいない。足元の石を拾い、投げた。老人の額にがつんと当たり、鼻血を流しながら彼は倒れた。そのまま近より、フィナンは老人の懐を探った。なるほど、頑丈な木の筒がでてくる。蓋を開けると、書類がでてきた。老人の主張通り、参事会員の証明書だ。


「ユーバ……馬鹿な人……」


 手足を痙攣させる老人に、女性は最後の言葉をかけた。


 そこで、夢は終わった。


 テティは、両手で口を覆っている。召使い達も、互いを見守るだけで、何もできないでいる。


「フィナンちゃん……」

「夢、葬りました」


 淡々と、事務的に告げた。


「フィナンちゃん……」

「つきましては、お約束通りの報酬を……」

「こ、こんなにカッコ良かったの!?」


 テティは、どたどた走り、テーブルにたったままのフィナンを抱きしめた。しかし、人形はぼろっと首が取れた。ついて腕がもげ、胴体にも亀裂が走る。


「フィナンちゃん、死んじゃった……」

「お気の毒です」


 依頼人が、任務完了と同時に亡くなるのは珍しくない。遺族が、泣いて故人にすがりつくのも。


 テティは、人形の死骸を抱えたまま、床にぺたんと膝をついた。両目から涙があふれ、さめざめと悲嘆に暮れた。


「うえええーん、フィナンちゃんがーっ」


 びいびい泣きわめくテティに、送る言葉が思いつけない。コーダーもアコーも天井を眺めている。


 彼女の傷心には同情したいが、絶対に追及せねばならない固有名詞が夢の中に現れた。ユーバ。


 パニーとトラバスを、魔女討伐に差しむけた責任者こそ、参事会長のユーバ。これが偶然の一致とは、とうてい思えない。


 すぐにでも、コーダー達の意見を聞きたい。テティがこんな調子だし、報酬もまだなので、できない相談だ。


『資料はちゃんと読んでるのよね?』


 代わりにレッタが話しかけてきた。


『丸暗記しましたよ。でも、人形の話ばっかりでした』

『だからいいのよ。人形の槍について、何か気づかなかった?』


 彼女の助言で、閃いた。テティは、フィナンを絶賛する一方、彼が持つ槍にもかなりな紙幅を割いていた。


「あのう、テティ様」

「うっうっ……ぐすっ……何ですか」

「槍が、床に転がったままですよ」


 効果てきめん。テティは涙と鼻水にまみれた顔をあげ、槍を拾った。


「ちゃんと……残ってる……」

「それはフィナンの武勇そのものです。だから、彼はちゃんと自分の魂をあなたに残したのですよ」


 子どもを励ましたり慰めたりするのは、ほとんど経験がない。ただ、パニーならそんな風に言葉を選ぶだろうなと思いながら口にした。


「はい……はい、そうでした!」

「じゃあ、お顔をきれいにしないと」


 促されて、テティは人形の残骸をテーブルに置いた。小さな手で顔を撫でまわし、たちまち赤面した。


「まあ、私としたことが。ごめんあそばせ」

「いえ、フィナン殿は立派なご最期でした」

「少し、お待ちになってください」


 テティはつとたちあがり、召使い達のところにいった。ようやくにも、召使い達はテティの顔をタオルで吹いて涙と鼻水をぬぐった。


「はしたないところをお見せしました。申し訳ありません」


 テティは、ぺこっと頭をさげた。


「いえ、こちらこそ、恐縮です」


 どういうわけでか、まじめくさってしまった。


「それでは、お金を……」


 ドアがノックされ、テティの言葉は途切れてしまった。


「どうぞ」


 テティの許可を受け、ドアが開いた。


 自分と同じくらいの目線で、自分よりも少し太った老人。白髪が頭の両脇に少し残った程度の歳つきながら、どこか見覚えがあった。


「おじい様!」


 テティは、慌ててお辞儀した。老人は、軽く右手をあげて彼女に返礼した。


「お初にお目にかかります。私はテティの祖父にして参事会員、ミラーと申します」

「は、初めまして……ミラー様」


 手紙の返事がくる前に、当人が現れるとは。


「孫のテティが、大変お世話になったようで、祖父としてもお礼を申しあげます」

「い、いえっ、仕事ですから」


 代書人をしていた時に、参事会員の依頼を実行したことはある。ただし、ノンドのような秘書を通じて。


 テティがミラーの一族なのはわかっていたものの、まさか本人が直接ここにくるとは。


「それと、私のことはミラーさんで結構。テティ、タックさんはお仕事を終えたのか?」

「はいっ、終わりました。とても素晴らしい成果でした」

「では、報酬を払いたまえ」

「はい」


 テティが、召使いの一人に目配せした。指定された召使いは黙って頭をさげ、部屋をでた。すぐに、銀の盆に革袋を載せて持ってくる。


 召使いはうやうやしく腰を落とし、テティは革袋を持ちあげた。本人の頭と同じくらいな大きさで、抱えると表現した方が正しいかもしれない。


「お金です。どうぞ、ご確認をお願いします」


 危なっかしい足どりで、テティはこちらまでやってきた。そして、重さと緊張のあまり、ぶるぶる震える両手で革袋を差しだした。


「ありがとうございます。テーブルをお借りしてもよろしいですか?」


 テーブルとは、フィナンがあったそれを指す。金額を確かめるために、他に適切な場所がない。


「はい、もちろん」

「恐縮です」


 返事を聞いてすぐ、受けとった革袋をコーダーに渡した。コーダーは、音をたてないよう気を遣って革袋を置き、アコーとともに中身を改めた。


「確かに」


 異口同音に二人が述べた。これで、テティとの用件は終わった。テティとは。


「さて、タックさん。お疲れのところ申し訳ないが、このさい私とのお話に入ってもらえるとありがたい」


 やはりこうなる。ミラーが、テティからの依頼を聞いて現れたのかと勘ぐりたくもなってくる。


 

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