十五、黒づくめの人形 三
ちょうど今、富裕区に至ったのがすぐ理解できた。広々とした庭園に、噴水や彫刻を備えた邸宅がぽつぽつ散らばっている。
そして、二匹のニシンが刻まれた外門の前で、馬車は止まった。すぐに、内側から開かれ、前庭へ入る。
前庭には、円形の道路が設けてあり、半周すれば屋敷の玄関前に到着する。
「お疲れ様でした」
御者が一声かけつつ、ドアを開けた。
「ありがとう」
忘れずに礼を述べ、小銭を渡す。御者はにこにこしながら受けとった。
馬車が去るのと同時に、玄関が……外門と同じように……内側から開いた。
金髪の巻き毛も麗しい、まさに七歳相当の背格好をした令嬢が、二人の召使いをうしろにしたがえている。
「ようこそおいでくださいました。私があなたにお仕事を依頼した代理人で、ブルック家の娘であるところのテティです」
テティは、スカートの両端を両手でつまみ、お辞儀した。召使い二人も彼女にならう。
いくら特別な能力を持つとはいえ……また、それに基づく依頼とはいえ……。中流区の市民に、ここまで礼儀を尽くすのは極めて異例である。
「ご丁重な挨拶、痛みいります。ご依頼を受けて参上しました、夢葬屋タックの店主、タックでございます」
タックも、胸に右手を添えてお辞儀した。彼女の、人形への思いに虚飾はない。一目でそう直感した。
「ご返礼、ありがとうございます。それでは、すぐにお仕事にかかって頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
テティは、青くつぶらな瞳でまっすぐこちらを見た。
「はい、そのように致しましょう」
「ありがとうございます。それでは、ご案内致します。どうぞ、こちらへ」
テティは回れ右し、歩きだした。召使い二人が続き、自分達がさらにあとへとついていく。
赤絨毯を張られた廊下をえんえんと進み、いくつか角を曲がり、ようやく『現場』に到着した。
夢葬屋タックの一階が、ゆうに三つは入る空間だった。壁という壁を棚が埋め、様々な人形が納められている。それらはどれも、怪物や冒険者といった種類だった。どこまでいっても、着飾った男女や宮廷貴族のような人形は一つもない。
そして、部屋の中央にある分厚くも巨大なテーブルには、黒づくめの兵士の人形がたっていた。フィナンなのはすぐ察しがつく。
「ここは、私の一番小さな遊び部屋です。テーブルにいるのがフィナンちゃんです。私はここにいますから、お仕事に取りかかって下さい」
「かしこまりました」
能力を発揮してすぐ、あっという間に、場面が切りかわった。
どこか、塔の屋上に彼……フィナンはいた。黒い鎧をまとい、槍を持っている点は人形と同じ。しかし、背格好といい手足の微妙な動きといい、生身の人間そのものだ。それも、自分やコーダーよりずっと背が高く、立派な体格をしている。
彼の前には、二人の人間がいた。一人は、質素な服を身につけた若い女性。もう一人は、作業着にエプロン姿の老いた男性。
フィナンは、頭を巡らせて地上を一通り見渡した。何百人か、何千人か、とにかく大勢の兵士が塔を囲んでいる。
本来、塔は城壁と、そこに配置された兵士に守られていた。もはやそれらは壊滅し、残った味方は自分を入れて三人のみ。さらに、まともに戦えるのは、三人の中でフィナンのみ。
「わしの力では、一人しか助けられん」
作業着姿の老人は、厳しく宣言した。
「もう時間がない……フィナン、あなただけでも助かって」
若い女性が、フィナンを見上げた。
フィナンは、返事をしないまま、老人のエプロンを指さした。
「わしのエプロンをどうするんだ?」
そう不審がりつつも、老人はエプロンを外して渡した。フィナンは、エプロンを自分の左肩から右腰に巻きつけつるような要領で、即席のハンモックにした。
「えっ……? えっ……? きゃあっ」
若い女性は、フィナンに抱えられ、老人のエプロンに収まった。こうすれば、多少激しく動いても落ちない。
ついで彼は、老人に背をむけてしゃがんだ。
「わ、わしを背負うのか!? いくらお前でも二人は……」
背をむけたまま、フィナンは両手をうしろへ差しだしてくいくい曲げた。恐る恐る老人はフィナンの背に乗り、両足を腰に巻きつけるようにしてしがみついた。
フィナンはたちあがった。二人の重さが加わっているのに、まったく乱れのない歩調で階段を降りていく。
塔の一階まで降りると、門は外側から激しく叩かれていた。わずかだが裂け目が生まれ、蝶番も外れかかっている。何度目かの打撃の直後、フィナンは閂を外し、打ってでた。
「あっ、むこうからでてきたな!」
塔を取りまく兵士の一人が叫んだ。
「手間が省ける! これでリネット教徒はおしまいだ!」
別な一人が叫んだ。彼は一人だし、足手まといを二人も抱えている。だから、簡単に討ちとれると考えるのも無理はなかった。
フィナンは、槍を振るって円を描いた。死の円である。たちまち数人の兵士が首をはねられた。思わぬ抵抗に、残りの兵士達は一瞬ぎょっとしたが、かえって憎しみをかきたてられた。四方八方から手に手に得物を構えて突っこんでくる。死体の数が何倍かに増えただけだった。
「弓矢だ! 弓矢で始末しろ!」
誰かが叫び、潮が引くように兵士達はフィナンから離れた。フィナンは、とっくに全力で走っている。崩れさった城壁を越えれば、大勢の兵士だとかえって追いにくくなる。それに、馬も見つけられるだろう。
城壁までは、二百歩ほどか。五十歩消化したところで、最初はまばらだった矢がまとまって飛んできた。だが、自分はもちろん、抱えている二人にもかすり傷一つない。もっと距離を詰めて放てば当たるのだろうが、フィナンの槍さばきを目の当たりにして恐怖が先だっている。だから、逃げられる間あいを過大に見積もっていて、こちらに届く時には薄板一枚貫けないような勢いになっている。
やすやすと、フィナンは城壁までたどりついた。寄せ手の兵士達は、馬は高価だし城攻めには使いにくいので、少し離れた場所につないでいる。それほど遠くない。




