十三、黒づくめの人形 一
また一日たった。
ミラーからの回答は、もっと日数がかかるだろう。当然のことだ。
それはそれとして、朝一番、コーダーが自分とアコーに改まった口調で切りだしたことの方が重要といえる。
「昨日、客を見つけた」
「素晴らしい! 神に感謝を! 神に感謝を!」
アコーは、聖印を掲げてキスした。
「すごいぞ、良くやったな。で、どんな客?」
コーダーには心から礼をしたい。同時に、あまりおかしな客は、できれば敬遠したい。店主といえども人間だ。
「人形だ」
「はぁっ!?」
珍しくも、アコーとだけ唱和してしまった。
「金払いはいいぞ。何しろ富裕区からの依頼だからな」
「富裕区!?」
また二重唱。
「代理人は、金持ち一家の娘さんだ。かわいがってきた自分の人形が死ぬ寸前だから、最後に夢を見させて欲しいとさ」
「何とも幻想的な仕事だな」
笑うべきか、感動すべきか。
「死ぬって……古くて壊れかかっているということですか?」
アコーも、金銭以外のことで好奇心を刺激されたようだ。
「そこまでは知らん」
「人形は、あくまでモノだろう? どうやって夢を見させるんだ?」
「大将の腕でやるしかない」
「じゃあ、今回だけ代理人には非公開か、要約版と称して……」
「始めから終わりまでを直に見たいとの要望だ」
店主は、店の最高責任者である。時には無理難題をこなさねばならない。
「代理人は、いくつなんだ?」
大人の方がましだ。理非を説けば、納得してもらえる可能性がある。
「七歳。いや、待て。七歳のお嬢さんが直接俺と話をしたんじゃない。それはお嬢さんの召使いが代行した」
「代理人の代理人か」
「ああ、必要な措置だ。それと、場所は先方の自宅で、ブルック家。代理人の名前はテティ」
富裕区の人間は上客そのもの。夢だけでなく、顔を売るのに打ってつけだ。逆に、断わろうものなら逆恨みされ、あらぬ噂がばら撒かれる危険もある。
引きうけたとしても。七歳のお嬢さんが、なにがしかの楽しみもこめて、どきどきしながら人形を見つめる。何も起こらない。いや、人形は人形なので不可能ですと事実を告げる。するとお嬢さんがわあわあ泣きわめき、彼女の両親は自分達の娘ではなくこちらを人でなしだの報酬泥棒だのと罵倒する……最悪の展開だとそうなる。
「詳しい背景は?」
無言で、コーダーは紙束をだした。市販品の本と同じくらいの大きさだ。紙束には、端に二つの穴が開けてあり、桃色の細いリボンを使って綴じてあった。表紙には、『フィナンちゃんの思い出』と、稚拙だが可愛らしい字体で書いてある。ご丁寧にも花まで描きそえてあった。
「まだ、契約はすませてないよな?」
「当たり前だ。あくまで大将の決断だけが重要だ」
コーダーも、そこはきっちり理解している。
依頼を受けたとして、単なる人形が夢を見るはずがない。魔法や呪いで何かの魂が封印されていれば別だが。
「まずは、資料を読もう。あと、コーダーもアコーもまだ自分の仕事にはかからないでくれ」
依頼を受けるとなったら、アコーも同行した方がいいだろう。ならば、ここにいた方が手間を省ける。
「わかりました」
「良し。コーダー、資料を頼む」
「ああ」
『フィナンちゃんの思い出』を、コーダーから受けとり、表紙をめくった。
『私はフィナンちゃんが大好きです。どうしてかというと、強くてカッコいいからです』……冒頭で、明らかに兵士と思しき絵が添えてあった。長槍を肩にたてかけていて、頭から爪先まですっぽりと板金製の鎧を身につけている。しかも、全身これ漆黒とは。槍まで黒い。身長は、テティの顔と同じくらいだそうだ。
パニーも、特に小さな頃は、人形を好きだった。お姫様やら聖女様やらが。間違っても兵士に関心はない。
どんな人形を集めようが、本人の勝手。しかし、代理人の年齢といい、フィナン『ちゃん』といい、無意識にパニーと同じような趣味を連想していた。
資料によれば、この人形は、四歳の誕生日祝いに両親に買ってもらったものだった。本人が自宅でパンフレットを眺めて、これを選んだ。両親も、いちいち意見がましいことをいわず、すんなり決まったとのことである。
やってきたフィナンを、持ち主は溺愛し、どこへいくにも連れていきたがった。もっとも、戦争ごっこをさせたり冒険者ごっこをさせたりするのではなく、日常生活の仲間だという位置づけのようだ。
フィナンには様々な仕かけがあった。手足や首が動くのはもちろん、槍を構えたり突いたり、椅子に座ったり、槍を包丁に変えれば料理……のような仕草……さえできた。
残酷でもあり当然でもあるが、それらの機能は、歳月を経る内に、少しずつ失われていった。修理すればまだまだ使えるはずだが、両親が反対したともある。反対の理由までは書かれていなかった。
先月、ついにあらゆる機能が停止し、彼女はフィナンの命が終わりつつあると判断した。
『フィナンちゃんは、まだ生きています。私がご飯をわけてあげると、少しだけ笑います。手をさすってあげると、握りかえしてくれます。だから、ちゃんと夢を見ると思います。両親に許可を取り、お金は、私が溜めたお小遣いからお支払いします。どうか、受けると仰って下さいませ』
最後の頁には、切実そのものの訴えが連ねられていた。そして、末尾には、『フィナンちゃんの代理人 テティ』との署名があった。
「ふーっ」
「大将にしては、大げさなため息だな」
「いくら私でもやりにくい」
「でも、お金持ちなんですよね?」
アコーの徹底的な追究ぶりで、少しは気が晴れた。
「そう、金持ちは金持ち。その意味でも引きうける」
「その意味でも……?」
コーダーが、言葉尻に潜む重大さにいちはやく気づいた。
「ひっかかるのは、この部分」
フィナンがまだ生きているとする、最後の頁。
「小さな子どもなら、思いいれのある人形が本当に生きていると認識していてもおかしくないです」
珍しくも、アコーが金銭以外で妥当な正論を述べた。
「こちらが仕事を始めようとした時には、すでに死んでいたとでも方便すれば、辻褄があうだろう」
コーダーも、無理に最後までつきあう必要はないという方向のようだ。
「いや……私が察するに、この人形は本当に生きている」
「ええっ!?」
このところ、店では誰か二人以上が同時に驚くことが多い。
「人形を作った職人が、かなり優秀な人間だったんだ」
「どうして、本当に生きていると断言できる?」
「まず、テティは嘘をつかない。嘘に基づく依頼なら、コーダーがとっくに見ぬいている。次に、テティの説明には矛盾や唐突さがない。精神が不安定になって妄想が生じているなら、依頼云々の前に、まず両親が彼女に何らかの治療をあてがっている」
「黒魔術や、邪霊とは関係ないのか?」
コーダーも万能ではない。敵になるならあらかじめ危険度を見きっておきたいのだろう。
「やってみないとわからない」
「下手をすると、邪教徒認定だぞ」
「どのみち一回くらいは危ない橋を渡らないと、ウチみたいな零細店はすぐ日干しなんだ」
「おお、神よ」
アコーが、聖印を握りしめた。
「そこまで覚悟がはっきりしているなら、先方に受諾を伝えよう。いつでも実行できるんだな?」
「ああ、いつでも大丈夫だ。今回、二人には同行して欲しい。出張手当てははずむ」
「異存ない」
短く同意するコーダー。
「ああ、素敵な言葉ですね!」
激しく同意するアコー。
「じゃあ、いってくる」
「私は地下室にいますから」
二人がほぼ同時に退場し、いきなり一階はがらんとした虚ろな雰囲気になった。




