十二、食事の誘い 四
近所の郵便店にいって金を払い、手紙を預けると、名実ともに一区切りとなった。帰り道を消化しながら、頭の中で相手の反応をあれこれ予想する。
「これはこれは、店主殿」
引しまった体躯に立派な口ひげ……衛兵隊長のハーモが、大げさに挨拶してきた。前回と同じ姿だ。
「あ、どうも」
ハーモとは、仲良くしておきたい。反面、ケードの一件を知られたくない。そんな矛盾が、我ながら堅苦しい表情を作った。
「お店の調子はいかがかな?」
「ぼちぼちです」
「それは何より。ところで、少し伺いたい事があってね。お手間は取らせないし、おつきあい願えないかな?」
手紙の交換などという文明的な生活が、一気に崩れおちていく気がする。
「はい」
下手な小細工は自分の首を絞めるだけ。声をかけてきたからには、つまらないごまかしを見ぬく段取りをたてているはずだ。
「助かる。では、こちらへ」
ハーモは率先して一歩踏みだした。
もよりの衛兵詰所まで、それほど時間はかからない。問題は、どのくらい拘束されるか。今日中に解放されたなら、運がいいというべきだろう。
最悪なのは、何週間も取りしらべを受ける間に、勝手に事態が進むことだ。ミラーだけでなく、政治家なる連中は、零細自営業者など簡単に切りすてる。
思案していると、衛兵詰所の前まできた。いかめしい鎧兜姿の門衛が、ハーモを見るなり敬礼する。
ついに……! と、思いきや、ハーモは返礼しただけで通りすぎた。
わざわざ質問するのも馬鹿げているので、黙ってついていった。
風に、かすかに潮の香りが混ざってきた。どこからか、カモメの鳴き声も聞こえる。船乗りの制服を身につけた人々の姿が増え、ようやくハーモは歩みを緩めた。
『赤い舵輪亭』が、宿屋と居酒屋と食堂を兼務しているのは看板からすぐに理解できた。『夢葬屋タック』の三倍はあろうかという大きさだ。
「さあ、ついたぞ」
ようやくこちらに振りかえり、ハーモは軽く笑った。
訳のわからないまま玄関をくぐり、楽器の生演奏やパイプ煙草の紫煙を浴びながら席についた。
「ここは、タラのすり身煮込みがうまいんだ。牛乳に秘訣があるらしくてな」
兜を脱いで、テーブルの下にある籠に入れながら、ハーモは楽しそうに教えてきた。
「いや、それほど腹が……」
胸元が大きく開いた制服姿の、赤毛で肉づきのいい若いウェイトレスが、じゅわじゅわ音をたてる牛のステーキを隣のテーブルに運んできた。正午までは数時間あるというのに、胃が鳴った。
「俺は食う。そっちは好きにしてくれ」
軽く右手をあげて、ハーモはウェイトレスを呼んだ。
「や、やっぱり私も食べます」
「そうかそうか。タラのすり身煮込みを二つ」
「はーい」
ウェイトレスは、水を二人にだしてからメモを 取り、すぐに去った。
「さて。そろそろ用件に入りたい」
「はい」
水を一口飲んで、衝撃に備えた。
「昨日、君に貧民区での強盗殺人について話した。その日の夕方に、犯人の死体が発見されたとの通報があった。まさに貧民区で」
「はい」
「遺体はもうこちらで収容してある。検死したら、服毒死とも判明した」
「はい」
「犯人は、数日前、私の部下からかなりな深手を追わされた。ところが、壁ぬけの魔法を使って逃げた。それが、発見された時には、傷のいくつかが回復していた。数日で治るようなものではないし、薬品か何かを買う機会があったとも思えない。教会にいくのは論外だろう」
「はい」
ただの相槌が、次第に苦しくなってきた。
「毒の出どころもまた変わっていた。口の中に、ごく小さなビンを隠していて、それを噛み砕いて中身を飲んだ。つまり、本人が自発的にそうした可能性が高い。拷問か何かでやらせる可能性もあるが、本人が死んだのは白昼の広場だ。いくら貧民区とはいえ、そこまでの行為はめったにない」
「なら、逃げ場がなくなって観念したのでしょう」
「傷がいくつか回復した謎が、まだ解けてない」
ハーモにじっと見つめられ、生演奏もウェイトレスもどこか遠くの世界になってしまった。
「貧民区なら、モグリの治癒師くらいいるでしょう」
「それなら、どうして傷を全て回復させなかった?」
「足元を見られてふっかけられたんじゃないんですか?」
「そうか。じゃあどうして、教会に近い場所で毒を飲む必要があった?」
「謎ですね」
突きはなすほかない。
「部下達に、貧民区で聞きこみをさせたら、ケードは、死に際に三人の人々と一緒だったそうだ。顔を隠していたので誰なのかは不明瞭だが」
「そうですか」
心臓の音で、指まで震えてきそうになっている。喉が干上がりそうだが、コップを持ったら動揺がバレる。
「さて。最後の質問だ。トラバス氏とパニー氏の身柄を、自分のところに移して欲しいという要望は、君のところにきているかな?」
「それは……」
「お待たせしました~」
全身から愛想を漂わせ、赤毛のウェイトレスが二皿の料理を運んできた。ハーモとそろって礼を述べ、皿を受けとる。
「冷める前に食べるかね? 返事をしてから食べるかね?」
ハーモの右手には、いつの間にか銀色に鈍く輝くスプーンが握られていた。
やろうと思えば、スプーンでも人を殺せる。もちろん、ハーモはそんなことをしない。
『少しは認めた方がいいわよ』
レッタが、ことここに至って口をだしてきた。
『この衛兵隊長さん、堅物だけど信用できるから』
『知りあいなんですか?』
『違うけど、何度も犯罪者を逮捕して参事会の広報に乗ってるから』
『へー』
『へーって、知らないの?』
『生きるのに必死で、そんなことまで頭が回りません』
『じゃあ、これからは回さないとね』
「何をぶつぶついってるんだね?」
ハーモは、芯からけげんそうだ。
「あ、いえ、堅くて食べにくいんじゃないかなって……」
「そんなはずがないだろう、すり身なんだから。食べたことがないのか?」
「はい」
「まあ、冷める前に食べるのがいいに決まっているんだが……」
「実は、働きかけがありました」
「誰から?」
ハーモが、スプーンを目に見えるくらいに強く振った。
「それは、今の時点ではお話できません。応じるかどうかも思案しているところですから」
答えながら、悟った。強盗殺人の犯人探しは、少なくともこの場では、主従の従だ。本命は、自分……引いてはパニーとトラバス……にあった。
とはいえ、ハーモがどこまで事態の背景を掴んでいるか。こちらはただ、受け身になるしかない。
「応じるかどうかはともかく、誰からきた話くらいはかまわないだろう?」
「強盗殺人事件と関係があるんですか?」
「リネットという共通点があるじゃないか」
正しくはあるが、当たり前すぎて役にたたない。
「それでも、お話できません……が、はっきりした形になれば、また別です」
「いつくらいになる?」
「それほど時間はかからないです。ただ」
「ただ……?」
「お話したことで私に危険が及んだら、私や、私とかかわった人々を守って下さいますか?」
「むろんだ。まさに衛兵の仕事だ」
「それなら、商談成立です」
ハーモは、料理の皿越しに右手を伸ばした。異存はない。テーブルの上で、握手を交わした。
「さて、熱い内に食べるか」
「はい」
自分もスプーンを手にした。
タラの煮込みは、端的にいって美味だった。ハーモの厳しい追及をかわし、ある種の同盟まで組めたので、ますます強くそう感じられたのかもしれない。
食事が終わると、それぞれ自分の勘定をすませ、簡単な挨拶を経て解散となった。
自分の店に帰ると、コーダーはこちらに背をむけて書類を作っていた。いちいち声はかけない。手をとめさせるのはよくない。それに、形式ばったやりとりは最初からいらない。
ただ、ハーモとの会話は、当然共有しておかねばならない。いうまでもなく、アコーも交える。
顛末を語り終えると、二人とも、はっきりした批判はなかった。さりとて熱狂的な賛成でもない。自分としても、意見を強要する気はなかった。こういう類のことは、ある程度時間がたたないと全体像が分からないのだから。
「大将、営業にいってくる。仮に客が見つかったら、商談は数日後にしておくか?」
ここ最近、たてつづけに重大な依頼がきているのを踏まえ、コーダーは気を遣ってくれた。
「いや、すぐにでも進めたい」
「わかった」
コーダーは即座に出発した。
そういえば、コーダーが昼食をとる場面を見たことがない。店で一日中働いていても、正午になると自由にでていってすぐにもどってくる。営業で外出した時は、ついでにすませているのだろう。アコーについては、もっとわからない。たぶん、地下室で食べているのだろうが、確かめる必要のないことだ。
そうなると、赤の他人と昼食をともにしたのはハーモが生まれて初めてとなる。とりたてて感慨深いのではないが、あれは食事というより商談に近い。やはり、一人の方が気楽でいいと理解できたのは収穫だった。




