十一、食事の誘い 三
断ったら、ミラーが腹いせに嫌がらせをしてくることも想定せねばならない。店の運営に遺漏はないが、あくまで零細規模の個人商店だ。いや、最悪、邪教徒の濡れ衣を着せられるかもしれない。
腹の虫が収まらないのは、自分の都合を計算しているはずなのに、いつの間にか相手の都合だけに気を遣わされているからだ。何となれば、ミラーの方がはるかに高い権力を持っている。
それを跳ねかえすには、対等な立場になるしかない。つまり、ミラーの主張に応じるかどうかではなく、こちらの都合を要求する。
都合とは。ペンドルとの面会は、さすがに飛躍しすぎだろう。もっと様々な情報や疑問が整理されてからの方がはるかにいい。それよりも、教会の上層部にコネを作りたい。どのみち、パニーの回復を目指すならリネットといずれは直面せねばならない。ある意味、教会ほどリネットについて詳しい組織はない。いくどとなく邪教徒狩りをしているのだから。
アコーはあくまで修道院の尼僧あがりで、組織の一員としては最末端である。
自分なりに腹案が固まりつつあるものの、やはり、自分だけで決めるのは抵抗がある。仲間二人の意見も必要だろう。
そんなことをまとめていると、また眠気がやってきた。今度は朝まで寝られそうだ。
翌朝。
雨はあがった。青い空を背景に、カモメが数羽飛んでいる。
コーダーとアコーが出勤した時、一階……つまり狭い意味での『店』に三人で集まった。
「昨日、参事会員のミラーから、ノンドという名の召使いがここにきた。ノンドは、ミラーが私にだした手紙を渡してくれたうえで、返事はいつでもかまわないとの伝言もよこした」
参事会員という言葉に、アコーもコーダーもぴくりと肩を動かした。
「手紙の内容は、パニーとトラバスの身柄についてだ」
それから、かいつまんで本文を紹介した。
「これから返事を書く。私としては、この機会に教会の上層部をミラーから紹介してもらうつもりだ。それが受けいれられたら、二人の身柄について、ミラーと改めて交渉する」
「教会の上層部と面識をえられて、具体的にどうするんだ?」
コーダーは、たとえ警戒していても表面にはださない。簡潔かつ淡々としている。
「リネット教徒について、知られる限りの知識を身につけたい。それと、アコーは何も気にしなくていいから」
「私からも、有料で講義しますよ」
「その時がきたらな。私としては、一筋縄ではいかないし、このさい……」
「二人が回復しても、身柄はこっちに置いておいた方がいいぞ」
コーダーが、珍しく口を挟んだ。
「どうして?」
「これだけの大事にかかわった以上、身柄を渡したが最後、まず返されない」
「じゃ……じゃあ、一生軟禁されるのか?」
「なきにしもあらずだ」
駆けひきもクソもあったものじゃない。
「だからって、にべもなく断るのもまずいだろう?」
「大将。打たれる覚悟ででるならでる、長いものに巻かれるなら巻かれる、どっちかだ」
コーダーは、未練を断たんばかりにぴしゃりと言葉を放った。
「アコーの意見は?」
とりあえずの時間稼ぎ。
「私は、上層部のお歴々とはあまり親しくなりたくないですね」
あいまいな微笑を、彼女は浮かべた。
「窮屈で、うっとおしくなるからか?」
「えー、まあ、そういうことです、はい」
ため息をついて、腕を組むしかない。
多少なりの予想していたところではあった。いざ直面すると、ぬきさしならない状況がじわじわ押しよせてくる。
「どうにかして、ミラーの頼みを聞きつつ、こちらの都合で二人をいつでも取りもどせるようにしないといけないな」
「いいとこどりか」
「コーダー、そういじめないでくれ」
「悪いとはいってない。大将がどうしたいかだ」
「どうしたいかって……そりゃあ、パニーと……」
「そういう意味じゃない。店の方針だ」
「方針……?」
「このまま、小さくともまとまった商売で終始するのか。思いきって店を大きくする機会を掴むのか」
素朴に信じていた。パニーが意識を回復したら、全て元通りだと。コーダーやアコーについては説明せねばならないが、まさか拒絶はしないだろう。
「好むと好まざるとにかかわらず、分岐点ということか」
「そういうことだ。だからこそ、いいとこどりは狙って損はない。もちろん、勝算がたつのは大前提だ」
「つまり、教会の上層部とも顔がつながる。パニーとトラバスの身柄もこちらが確保する。参事会からは報酬をえる」
「そこから、どう引き算するかが肝心だ」
「引き算、か……」
「お金が減るのは良くないですよね……」
「それはこのさい……」
どうでもいいといいかけて、思いなおした。経営とはゼニカネそのものである。
「パニーは、私の義妹だ。だから、私が保護する。しかし、トラバスは参事会の決議で勇者となったのだから、参事会員が保護する。それが公平だろう」
「たしかに、それなら交渉する値打ちはある」
「経費も減る」
アコーを意識して、一言つけ加えた。
「そのぶん、パニーさんを手厚く看護するのですよね?」
「もう、充分このうえなく手厚い看護をしてもらっているから、さらに丁寧にする必要はない」
「具体的な文言はどうする?」
「私は半年前まで代書人だった。一度方針が固まれば、それなりのことを書く」
夢葬業以外にも、自分が自信を持てることは探せばあった。
「ぼちぼち仕事にもどった方が良さそうだな」
コーダーは、言外にアコーを促した。彼女も、余計な口を利かずにさっさと地下室へ降りる。
大事な手紙なので、一人で集中したい。来客の応対は、元来コーダーの職務である。だから、二階にあがった。
『落ちつくべきところに落ちついたようで、何よりだこと』
『まだペンドルの件を忘れたわけじゃありませんからね。私の最優先事項は、あくまでパニーですから』
机に筆記用具をならべながら、しっかり釘を刺した。
『でも、途中までは、トラバスと一組で考えていたのよね?』
嫌味とも注意喚起ともつかない指摘だった。
席について、羽根ペンの先にインクを浸し、まずは時候の挨拶と手紙の感謝について述べた。ごく型通りの始め方だ。
『こちらと致しましても、入念に検討を重ねた結果、まずは教会当局との意見調整が必要ではないかとの認識に達しました。本件が魔女討伐から始まる以上、当然至極の要素かと拝察致します。
どのような形であれ、世俗の代表たる市参事会が教会とあまり深くかかわりを持つのは、換言しますと利害関係を持ってしまいますのは、真相の追究において決して利益ばかりともならないでしょう。
そこで、せんえつながら私ことタックが、ご両者の仲立ちとして立候補致します。私は参事会員ではございませんし、店の従業員には尼僧もおります。蛇足ながら、義妹のパニーは慈善院で働いておりました。是非ともご検討下さいませ。
もう一つ、勇者トラバス氏とパニーの身柄につきまして、トラバス氏が勇者となったのは参事会の議決あったればこそでございます。
その真相に切りこまんとするミラー様が、トラバス氏を保護するのは、さすがのご賢察といわざるをえません。
しかしながら、パニーにつきましては、大した礼儀作法も知らず、トラバス氏ほどの人格的力量にも恵まれてないため、どのような粗相をするのか義兄としてまったく予測がつきません。したがいまして、パニーにつきましては、こちらが保護する形で進めたく存じます。当然ながら、先の手紙でご提示下さった報酬につきましては、減額に至っても何ら不満となるところではございません』
書きあげた本文をためつすがめつし、我と我が身に太鼓判を押す。そのあと、末尾の挨拶を加え、手紙は仕あがった。




