第5話:痛覚の空白と、敗者の選択
【賭市村康介の脳が、傷だらけの拳の痛みを感知する可能性:0.00%】――「確率100%の死神」をへし折った代償は、俺から『痛覚』を奪い去った。血が流れても、骨が軋んでも、何も感じない壊れた人形。人間としてのリソースをすり減らしていく恐怖が、静かに俺の背筋を這い上がる。だが、絶望している暇はない。完璧な世界(100%)を失い、神のレールから叩き落とされた少女――狙厨 楼。居場所を失った元能力者と、五感を失い続けるモブ主人公。バラバラだった全部の欠片が、夜の屋上で最悪で最高の『可能性』として繋がり…
「あ、が……っ、はあぁ……!」狙厨楼を殴り倒した勢いのまま、俺――賭市村 康介は、地上三十階のビル屋上のコンクリートに膝をついた。両目の奥が爆発しそうに熱い。視界の端から、ツッと流れた生温かい血が顎を伝って地面に滴り落ちる。限界だった。物理法則のバグを強引に固定した反動が、脳に凄まじい負荷をかけている。俺は荒い呼吸を整えようと、血まみれの右拳を、横の給水塔の鉄パイプに思いきり叩きつけた。ガンッ!!!鈍い金属音が夜の屋上に響く。鉄パイプが派手に凹んだ。それほどの衝撃。なのに。「……あ?」痛くない。手の皮が破れ、血が滲んでいるのが目に見えているのに、脳には「叩きつけた」という視覚情報しか届かない。まるで、他人の腕を遠くから眺めているような、奇妙で不気味な感覚。【康介が『痛覚』を正しく脳に伝達できる可能性:0.00%】(詳細:100%の因果を書き換えた代償。脳の痛覚レセプターの可能性が完全に消失)味覚に続いて、今度は痛覚が消えた。怪我をしても気づけない、ただの壊れた人形。着実に人間としての何かをすり減らしている底冷えするような恐怖が、俺の背筋を駆け上がる。「あーあ、着実に人間をやめていってるねぇ、康介」給水塔の上から、メロンソーダの空き缶を転がしながら与廼輪年能神(よのわ としの かみ)がひょいと降りてきた。いつもの飄々とした、しかし底の知れない瞳。「五感を賭け(オールイン)続けたギャンブラーの末路、って感じだ。まあ、命があるだけマシだけどね」「うるせえ……。モブが神様に勝つには、これくらいのチップ(代償)は当然だろ」俺は痛みのない右手をポケットに突っ込み、ゆっくりと歩き出した。その先には、自分の拳銃を水に変えられ、俺の一撃を喰らって倒れている少女――狙厨楼がいた。「う……あ……」楼が、小さく呻きながら上半身を起こした。包帯の隙間から覗く片目が、信じられないものを見るかのように俺を、そして床に広がったただの『水溜まり』を見つめている。「私の、銃が……。完璧だった私の100%の世界が……崩れた……?」彼女の身体が、小刻みに震えていた。完璧な狙撃、絶対の命中。因果を固定された世界の中にしか、彼女の居場所はなかったのだろう。それをモブの不確かな「可能性」によって粉々に砕かれたのだ。戦意は完全に消え失せていた。その時、楼の胸元に下がっていた奇妙な形のコインが、パキリと音を立てて真っ二つに割れた。「あ……」楼が絶望に目を見開く。「あーあ、君の神様から『契約解除』の通知だね」与廼輪年能神が、気の毒そうに、でも楽しそうに首を振った。「負けた能力者は加護を失い、ただの『元能力者』になる。世界の裏側のルールを知っただけの、ただの無力な標的さ。明日からは他の神に愛された連中から、君の命が100%狙われることになるよ」「私が、ただの、標的……」楼はぽつりと呟き、コンクリートに両手をついてうつむいた。長い黒髪が彼女の表情を隠す。「私は……決められたレールを歩くことしかできなかった。確率のバグなんて不確かな世界で、これからどう生きていけばいいのよ……!」泣き出しそうな、しかしプライドだけは捨てきれない少女の拒絶。そんな敗者に、俺はポケットから取り出した、最後の一粒のフリスクを放り投げた。楼は反射的にそれをキャッチし、呆然と俺を見上げる。「100%なんて決まりきった未来、ただの退屈だろ」俺は前髪を乱暴に跳ね上げ、血の滲む目で不敵に笑ってみせた。「お前は神のレールから外れた。ってことは、これから何にでもなれる『可能性』が生まれたってことだ」「……何にでも、なれる?」「そうだ。神様の奴隷をやめて、自分の足で賭け(ギャンブル)を始めるんだよ。……神様、お前を狙う次の敵が来る確率、何%だ?」俺の問いに、与廼輪年能神がニヤリと笑う。「そうだねぇ。君たちがコンビでも組まない限り、明日生き残れる確率は『0.1%』ってところかな」「0.1%……上等だ」俺は楼に向かって、痛覚の消えた右手を差し出した。「おい、死神。お前のその『100%の観察眼』、俺のこの『可能性の眼』の相棒に賭けてみる気はねえか?」楼は差し出された俺の手を、そして俺の目を見つめた。味覚を失い、痛覚を失い、ボロボロになりながらも、神すらも対戦相手として睨みつける、狂ったモブの目を。彼女はフッと、初めて冷酷ではない、年相応の小さな笑みをこぼした。「……勘違いしないで。お前がいつ確率の底に沈んで死ぬか、特等席で見届けてあげるだけだから」楼は俺の手を拒み、自分の力で立ち上がると、投げられたフリスクを口に放り込んだ。強力なミントの刺激に、彼女がわずかに顔をしかめる。「……何これ、辛い」「いいな。俺にはもう、その味は分からねえよ」俺たちは夜の屋上から、街の明かりを見下ろした。痛覚のない身体と、完璧を失った狙撃手。そして、それを見守る胡散臭い神様。バラバラだった全部の欠片が、今、最悪で最高のバディとして一つに繋がった。(第5話・了)
第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました!これにて、確率100%の死神・狙厨 楼との激闘、そして本作の第1章が幕を閉じました。激闘の代償として『痛覚』まで失ってしまった康介。そして、神の加護を失って「ただの標的」に堕ちた楼。五感を失い続けるモブと、完璧を失った天才狙撃手という、お互いのマイナス(欠片)を補い合う最高の男女バディがここに誕生しました!ラストのフリスクのやり取り、「俺にはもう、その味は分からねえよ」という康介のセリフなど、コメディとちょいシリアスの温度差を自分なりに全力でぶつけてみましたが、楽しんでいただけたでしょうか?ここから物語はさらに加速し、世界のバグをハッキングする次なるゲーム(第2章)へと突入します。与廼輪年能神(よのわ としの かみ)も、ますます愉悦に目を輝かせています(笑)。「この2人のコンビ、最高にエモい!」「第1章完結おめでとう、続きが気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ応援をよろしくお願いいたします。画面下のブックマーク追加や、いいね(評価の★★★★★)をポチッと押していただけると、作者の執筆の可能性が100%になって、第2章の更新スピードが爆速になります!それでは、新展開が動き出す第6話でお会いしましょう!




