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第74話 ヘイスの鍵

 昼を過ぎる頃には、小屋の中はもう人の居場所より荷の居場所を探す方が難しくなっていた。


 壁際には後で出す木箱。板の上には濡らせない布包み。戸口の脇には今すぐ回す袋。朝のうちに決めた置き分けは、それでも半日でいっぱいになる。


「もう入らねぇぞ」

 ガルドが言った。


 言いながら、戸口の前に積みかけた袋を睨む。睨んでも広くはならない。エルンも帳面を見たまま、珍しくすぐには口を開かなかった。


 ドグが床板を踏む。

「無理に置くと沈む」


「外は」

 ミラが聞く。


「雨が来たら終わりだ」

 ドグは短く返す。


 実際、空は朝より曇っていた。今は降っていなくても、夕方まで保つかどうかは怪しい。外に積めば濡れる。中へ押し込めば通れない。


 その時、小屋の前に荷車が一台止まった。


 荷を持ってきたのは、商人ではなかった。顔色の悪い細身の男で、腰に鍵束を下げ、服だけは市場裏にいる人間にしては妙に汚れが少ない。人の荷を運ぶような感じではない。


「ここが、ガルドさんのところですか」

 男は丁寧そうな声で言った。


 ガルドが眉を寄せる。

「誰だ」


「ヘイスと申します」

 男は軽く頭を下げた。

「裏手の小倉庫を預かっている者です」


 ミラが目を細める。エルンも顔を上げた。倉庫、という言葉だけで空気が少し変わる。


「何の用だ」

 ガルドが聞く。


「荷が増えていると聞きまして」

 ヘイスは答えた。

「見れば分かります。今の置き方では、もう長くは持たないでしょう」


 言い方は柔らかい。だが、柔らかいだけで、見下していないわけではない。


 ガルドは鼻を鳴らした。

「分かってる。で?」


「空きがあります」

 ヘイスは鍵束を軽く鳴らした。

「広くはありませんが、濡れずに置ける場所が少しだけ。順番を守ってもらえれば、お貸しできます」


 エルンが帳面を閉じる。

「幾らです」


「一日ごとに銅貨三枚」

 ヘイスはすぐ言った。

「出し入れは私を通していただきます。勝手に開けられては困りますので」


「高ぇな」

 ハムが横から言う。


「濡れて駄目になるよりは安いでしょう」

 ヘイスは表情を変えずに返した。


 ミラが笑った。

「親切だねぇ」


「仕事ですので」

 ヘイスは言う。

「もっとも、空きは多くありません。今なら少しだけ、ですが」


 その「今なら」が気に入らない顔を、ガルドは隠そうともしなかった。


 カイルはヘイスを見ていた。丁寧だが、相手の足元を見る声だ。困っているところへ、ちょうど必要な形で現れる。善意ではない。荷を入れる順番も、倉庫の鍵も、向こうが握ることになる。


「見るだけ見る」

 ガルドが言った。


 裏手の小倉庫は、小屋からそう遠くなかった。だが近いからこそ腹が立つ。こんな場所があるなら最初から欲しかった、と思う程度には使えそうだった。


 広くはない。木の匂いより湿った土の匂いが強い。だが屋根はまともで、床も小屋よりはましだ。木箱と袋を少し置くなら十分だった。


「ここを使うなら、札をつけてください」

 ヘイスが言う。

「どの荷が誰の物か、いつ出すのか、分からなくなると揉めますので」


 エルンの目が細くなる。

「札まで」


「順番がありますから」

 ヘイスは鍵束を鳴らした。

「皆さんが使いたがる場所です。勝手をされると困るんですよ」


 ドグは何も言わず床を踏み、ガンツは入口の幅を見ている。セナは中へ荷を置けることに少し安心した顔をし、フィノは鍵束ばかり見ていた。


 ガルドが倉庫の中を見回す。

「使う」


 即答だった。


 エルンが何か言いかけたが、結局飲み込む。今の小屋だけでは回らないのは事実だ。荷を置く場所が要る。それもまた事実だった。


 ヘイスは満足そうにも見えない顔で頷いた。

「では、最初の分だけ運び入れてください。ただし、勝手に奥へ積まないでください。順番は私が見ます」


 言われるまま、木箱が二つ、袋が三つ運び込まれる。濡れない。通り道も少し空く。使えば便利なのは、誰の目にも分かった。


 だが、小屋へ戻る道で、ミラがぽつりと言った。


「嫌な感じだね」


「使えるならいいだろ」

 ガルドが返す。


「使えるよ」

 ミラは笑わない。

「こういうのは、使えるから厄介なんだよ」


 カイルも同じことを思っていた。


 置き場が足りない。

 だから借りる。

 借りれば、鍵を持つ者が間に入る。


 荷が増えるほど、こういう者にも触れずにはいられなくなる。


 市場裏の流れは、また少し別の手が加わろうとしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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