第67話 数を間違えない男
昼前、小屋の前には袋と箱と縄が半端に積まれていた。
朝の依頼を片づけたあとで、次の荷が来るまでのわずかな隙だったが、隙と呼ぶには物が多い。壁際には穀物袋、戸口の脇には布包み、荷台の上には午後に運ぶ木箱が二つ。人が増えた分だけ、こういう「少しの間そこにある荷」が増えていた。
エルンは帳面を見ながら眉を寄せる。
「木箱は三つのはずです」
「三つだろ」
ガルドが答える。
「なら、さっき受け取った箱はどこへ置きました」
その一言で、場が止まった。
メルカが戸口の脇を見る。フィノが空いた荷台の下を覗き込む。セナは抱えていた縄をぎゅっと握り、ハムが露骨に嫌そうな顔をした。
「知らねぇよ。そこらじゃねぇのか」
「そこらに置くからこうなるんです」
エルンは早口で返す。
「三つ受け取り、三つ運ぶ予定で書いてあります。今見えているのは二つです」
「運んだんじゃないの?」
ミラが言う。
「運んでいません」
「なんで分かる」
「帳面に印をつけていないからです」
だが、それで箱は出てこない。
ガルドが舌打ちして小屋の中を見回した。
ドグは奥で板を削る手を止めず、リノは壁際から人の足元だけを見ている。ガンツは荷台の上にある二つの箱を眺め、首を傾げた。
「二つだな」
「だから言ってるでしょう」
エルンが苛立った。
カイルは何も言わず、荷の置き方を見た。箱二つは荷台の右。布包みは戸口の脇。穀物袋は壁際。誰かが動かしたなら、何かの下に紛れたか、別の荷と一緒に回ったか。
その時、トルがぽつりと言った。
「……三つです」
全員が振り向く。
トルは相変わらず、荷台ではなく壁際の方を見ていた。鈍い顔のまま、穀物袋の山を指さす。
「……下」
ハムが面倒そうに近づき、袋を一つどかす。下から木箱の角が覗いた。
「あったじゃねぇか」
「誰がこんなとこに」
ガルドが言う。
フィノがそっと手を挙げた。
「オレ……ぶつかると思って、どけた」
「なんで言わねぇ」
「言おうとしたけど、先に次の荷来た」
ガルドが怒鳴りかけるより先に、エルンが箱を見た。
角は潰れていない。上に積んだ袋も重すぎるものではなかったらしい。
「数は合いました」
そう言ってから、ようやく息を吐く。
ガルドはフィノを睨んだが、結局、頭を小突くだけで済ませた。
「どけるなら言え」
「……はい」
それで終わるかと思ったが、トルはまだ箱を見ていた。
「……最初から、そこです」
「何?」
エルンが聞き返す。
「受け取った時」
トルは言葉を探すように少し黙り、
「……フィノが端に寄せた。袋があとから上」
たどたどしいが、順番は正しいらしい。
エルンが帳面を閉じる。
「見ていたんですか」
トルは答えず、ただ箱から目を離さない。
代わりにメルカが笑った。
「この人、ずっと見てるよ。喋らないだけで」
「三つ受け取って、端に寄せて、そのあと袋を上に置いた」
エルンは確認するように繰り返す。
「だから、運んでいないのに見えなくなった」
「……はい」
短い返事だった。
ハムが鼻を鳴らす。
「変なとこばっか覚えてやがる」
「覚えてるから役に立つんでしょ」
メルカが言った。
ガルドは箱を荷台へ戻しながら、トルを見た。
「だったらもっと早く言え」
「……見てた」
「見てるだけじゃ分かんねぇんだよ」
そう言いながらも、声に怒りは薄い。
エルンは帳面を開き直し、箱の横に小さく印をつけた。そして珍しく、トルの方へ顔を向ける。
「次から、受け取りの時はあなたも横にいてください」
トルはきょとんとした顔をした。
「数と、置いた順番を見ていてください。帳面だけでは追いきれない時があります」
少し間があってから、
「……見るのは、できます」
と返した。
それで十分だった。
カイルはそのやり取りを見ていた。
前に立つ者がいる。
力のある者もいる。
だが荷が増えるほど、頼りになるのは、こういう者だ。
速くない。
器用でもない。
だが、数を外さない。
置いた場所と順番を、黙って覚えている。
小屋の前では、また次の荷車の音がした。
市場裏の流れは、もう勢いだけでは回らない。
間違えない者がいるから、次へ進めるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
続きが気になる方は
ブックマークしていただけると嬉しいです。
評価ポイントも励みになります!




