表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/67

第67話 数を間違えない男

 昼前、小屋の前には袋と箱と縄が半端に積まれていた。


 朝の依頼を片づけたあとで、次の荷が来るまでのわずかな隙だったが、隙と呼ぶには物が多い。壁際には穀物袋、戸口の脇には布包み、荷台の上には午後に運ぶ木箱が二つ。人が増えた分だけ、こういう「少しの間そこにある荷」が増えていた。


 エルンは帳面を見ながら眉を寄せる。


「木箱は三つのはずです」


「三つだろ」

 ガルドが答える。


「なら、さっき受け取った箱はどこへ置きました」


 その一言で、場が止まった。


 メルカが戸口の脇を見る。フィノが空いた荷台の下を覗き込む。セナは抱えていた縄をぎゅっと握り、ハムが露骨に嫌そうな顔をした。


「知らねぇよ。そこらじゃねぇのか」

「そこらに置くからこうなるんです」

 エルンは早口で返す。

「三つ受け取り、三つ運ぶ予定で書いてあります。今見えているのは二つです」


「運んだんじゃないの?」

 ミラが言う。


「運んでいません」

「なんで分かる」

「帳面に印をつけていないからです」


 だが、それで箱は出てこない。


 ガルドが舌打ちして小屋の中を見回した。

 ドグは奥で板を削る手を止めず、リノは壁際から人の足元だけを見ている。ガンツは荷台の上にある二つの箱を眺め、首を傾げた。


「二つだな」

「だから言ってるでしょう」

 エルンが苛立った。


 カイルは何も言わず、荷の置き方を見た。箱二つは荷台の右。布包みは戸口の脇。穀物袋は壁際。誰かが動かしたなら、何かの下に紛れたか、別の荷と一緒に回ったか。


 その時、トルがぽつりと言った。


「……三つです」


 全員が振り向く。


 トルは相変わらず、荷台ではなく壁際の方を見ていた。鈍い顔のまま、穀物袋の山を指さす。


「……下」


 ハムが面倒そうに近づき、袋を一つどかす。下から木箱の角が覗いた。


「あったじゃねぇか」

「誰がこんなとこに」

 ガルドが言う。


 フィノがそっと手を挙げた。

「オレ……ぶつかると思って、どけた」

「なんで言わねぇ」

「言おうとしたけど、先に次の荷来た」


 ガルドが怒鳴りかけるより先に、エルンが箱を見た。

 角は潰れていない。上に積んだ袋も重すぎるものではなかったらしい。


「数は合いました」

 そう言ってから、ようやく息を吐く。


 ガルドはフィノを睨んだが、結局、頭を小突くだけで済ませた。


「どけるなら言え」

「……はい」


 それで終わるかと思ったが、トルはまだ箱を見ていた。


「……最初から、そこです」

「何?」

 エルンが聞き返す。


「受け取った時」

 トルは言葉を探すように少し黙り、

「……フィノが端に寄せた。袋があとから上」


 たどたどしいが、順番は正しいらしい。


 エルンが帳面を閉じる。

「見ていたんですか」


 トルは答えず、ただ箱から目を離さない。


 代わりにメルカが笑った。

「この人、ずっと見てるよ。喋らないだけで」


「三つ受け取って、端に寄せて、そのあと袋を上に置いた」

 エルンは確認するように繰り返す。

「だから、運んでいないのに見えなくなった」


「……はい」


 短い返事だった。


 ハムが鼻を鳴らす。

「変なとこばっか覚えてやがる」

「覚えてるから役に立つんでしょ」

 メルカが言った。


 ガルドは箱を荷台へ戻しながら、トルを見た。

「だったらもっと早く言え」

「……見てた」

「見てるだけじゃ分かんねぇんだよ」


 そう言いながらも、声に怒りは薄い。


 エルンは帳面を開き直し、箱の横に小さく印をつけた。そして珍しく、トルの方へ顔を向ける。


「次から、受け取りの時はあなたも横にいてください」

 トルはきょとんとした顔をした。

「数と、置いた順番を見ていてください。帳面だけでは追いきれない時があります」


 少し間があってから、


「……見るのは、できます」

 と返した。


 それで十分だった。


 カイルはそのやり取りを見ていた。


 前に立つ者がいる。

 力のある者もいる。

 だが荷が増えるほど、頼りになるのは、こういう者だ。


 速くない。

 器用でもない。

 だが、数を外さない。

 置いた場所と順番を、黙って覚えている。


 小屋の前では、また次の荷車の音がした。


 市場裏の流れは、もう勢いだけでは回らない。

 間違えない者がいるから、次へ進めるのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


続きが気になる方は

ブックマークしていただけると嬉しいです。


評価ポイントも励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ