表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/71

第66話 セナの仕事

 翌朝、小屋の前に積まれた荷は、昨日までと少し違っていた。


 樽も袋もない。代わりに、布包みと細い木箱がいくつも並んでいる。どれも軽そうに見えるが、雑に持てばすぐ中身を駄目にしそうな物ばかりだった。


 ガルドが露骨に嫌そうな顔をする。


「軽いな」


「軽いよ」

 ユナが言った。


 布切れや古着、小物を扱う露店女で、今日は自分で荷を持ち込んでいる。相変わらず荷を抱えるように腕を回し、最初から人を信用していない目をしていた。


「軽いけど、潰したら売り物にならない。濡らしても駄目。擦っても駄目。雑に積んだら角が折れる」

「面倒くせぇな」

 ハムがぼやく。


「面倒だから、前の連中には頼まなくなったの」

 ユナはすぐ返した。

「軽い荷ってね、軽いから雑にされるんだよ」


 ガルドは鼻を鳴らしたが、それ以上は言わなかった。


 小屋の前では、もう役割が分かれ始めている。ハムとニグは重い荷がないと手持ち無沙汰だ。ガンツは荷車の縁に手を置いたまま、今日は積み方より道の揺れを見ている。トルは木箱の数を黙って数え、エルンは帳面に荷の種類まで書き込み始めていた。


 セナだけが、少し離れたところで固まっている。


 布包みを見て、怖がっているのではない。むしろ逆だ。重い袋や樽の時より、どこを持てばいいのか分からずに戸惑っていた。


「セナ」

 カイルが声をかける。


 びくりと肩が跳ねる。


「そっちの布包み、持てますか」

「……も、持てると思います」

「落とさなければ、それで十分です」


 強く言わない。

 急かさない。

 それだけで、セナの指先の震えが少しだけましになる。


 ユナはその様子を見ていた。


「その子でいい」

 前と同じことを言う。

「力のあるやつは、軽い荷を軽いってだけで乱暴に扱う」


「聞こえてんぞ」

 ハムが言う。


「聞かせてるの」

 ユナは平然と返した。


 布包みは三つ。細長い木箱が二つ。古着の束が四つ。数だけ見れば大したことはない。だが、それぞれ置く向きが違い、上に何を重ねていいかも違う。


 メルカが荷の横にしゃがみ込んだ。


「布は上。木箱は下。でも端に寄せすぎると揺れる」

「分かるならやれ」

 ガルドが言う。


「やるけど、持つのはその子の方がいい」

 メルカはセナを顎で示した。

「私は道見るから」


 結局、布包みはセナが両手で抱え、フィノが空いた縄を持ち、メルカが先に通りを見て、ガルドが前に立つ形になった。大きな荷車一台ではなく、小さく何度も運ぶ。


 最初の包みを持ち上げた時、セナはあまりに慎重で、動きが止まりそうになる。


「遅ぇ」

 ハムが言いかけたところで、ガルドがそちらを見る。


 それだけで、ハムは口を閉じた。


「落とすよりいい」

 ガルドが短く言う。

「運べ」


「……はい」

 セナは小さく答えた。


 歩幅は狭い。

 足も遅い。

 だが、包みは揺れない。


 市場裏の石畳は平らではない。荷車の轍で窪んだ場所もあるし、昨日の雨が乾ききらず滑るところもある。セナはそういう場所でいちいち足を止めかける。普通なら邪魔だ。急ぎの現場では一番後ろへ回される。


 だが今日は違った。


「そこ、左」

 メルカが言う。

「水、残ってる」


 セナは素直に左へずれる。

 そのまま布包みを抱えたまま、店先の段差を見て止まる。


「上げる?」

 フィノが聞く。


「……だいじょうぶ」

 セナはそう言って、片足ずつ確かめるように上がった。


 時間はかかる。

 だが、角はぶつからない。

 布も擦らない。


 露店先で受け取ったユナは、包みの端を確かめてから小さく頷いた。


「それでいい」

 彼女は言う。

「速くなくていいから、そのまま持ってきて」


 セナは目を丸くした。

 褒められたと思っていない顔だった。ただ怒られなかったことに、少しだけ戸惑っている。


 二つ目の木箱では、さらに差が出た。


 フィノが先に手を出そうとして、ユナに止められる。


「だめ。そっちは立てると中でずれる」

「え、そうなの」

「そういう荷なの」


 セナは言われた通り、木箱を胸の前で水平に抱えた。腕は震えている。重くはない。だが、落とせないと思っているせいで余計に力が入っていた。


 その横を、ハムが古着の束を片手で持って通る。

 早い。だが、荒い。


「見ろよ」

 ユナが呆れたように言った。

「だから軽い荷は嫌なんだよ」


「古着だろ」

 ハムが言い返す。


「古着でも売り物」

 ユナは即座に返した。

「泥がついたら、その分だけ安くなる」


 ハムは鼻を鳴らしたが、次に持つ時は少しだけ雑さが減った。


 エルンが帳面を見ながら言う。


「重い荷だけではない、ということですね」

「当たり前でしょ」

 メルカが答える。

「重いのは目立つだけ。面倒なのは、こういう軽くて崩れやすいの」


 ガルドは黙ったまま前を歩いている。

 たぶん、まだ腑に落ちきってはいない。だが、セナの抱えた布包みが一度もぶつからず、木箱の角が潰れていないのは見ていた。


 荷を受け取ったユナは、数を確かめてから銀貨を置いた。


「また頼むよ」

 それだけ言う。

 愛想はない。だが、十分だった。


 ユナが去ったあとも、セナはしばらく両手を前で固めたまま立っていた。


「……終わりました」

 小さな声で言う。


「終わったな」

 ガルドが返す。

「次も軽いのならお前だ」


 セナはすぐには答えなかった。

 やがて、少しだけうつむいたまま、


「……はい」


 とだけ言った。


 カイルはそのやり取りを見ていた。


 強い者が要る。

 重い荷を持つ者も、前に立つ者も要る。


 だが、それだけでは回らない。


 落とさない者がいる。

 雑にしない者がいる。

 遅くても、壊さず運ぶ者がいる。


 弱いから向かないのではない。

 弱いからこそ、向く仕事がある。


 市場裏には、そういう半端な役目が集まっていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


続きが気になる方は

ブックマークしていただけると嬉しいです。


評価ポイントも励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ