第66話 セナの仕事
翌朝、小屋の前に積まれた荷は、昨日までと少し違っていた。
樽も袋もない。代わりに、布包みと細い木箱がいくつも並んでいる。どれも軽そうに見えるが、雑に持てばすぐ中身を駄目にしそうな物ばかりだった。
ガルドが露骨に嫌そうな顔をする。
「軽いな」
「軽いよ」
ユナが言った。
布切れや古着、小物を扱う露店女で、今日は自分で荷を持ち込んでいる。相変わらず荷を抱えるように腕を回し、最初から人を信用していない目をしていた。
「軽いけど、潰したら売り物にならない。濡らしても駄目。擦っても駄目。雑に積んだら角が折れる」
「面倒くせぇな」
ハムがぼやく。
「面倒だから、前の連中には頼まなくなったの」
ユナはすぐ返した。
「軽い荷ってね、軽いから雑にされるんだよ」
ガルドは鼻を鳴らしたが、それ以上は言わなかった。
小屋の前では、もう役割が分かれ始めている。ハムとニグは重い荷がないと手持ち無沙汰だ。ガンツは荷車の縁に手を置いたまま、今日は積み方より道の揺れを見ている。トルは木箱の数を黙って数え、エルンは帳面に荷の種類まで書き込み始めていた。
セナだけが、少し離れたところで固まっている。
布包みを見て、怖がっているのではない。むしろ逆だ。重い袋や樽の時より、どこを持てばいいのか分からずに戸惑っていた。
「セナ」
カイルが声をかける。
びくりと肩が跳ねる。
「そっちの布包み、持てますか」
「……も、持てると思います」
「落とさなければ、それで十分です」
強く言わない。
急かさない。
それだけで、セナの指先の震えが少しだけましになる。
ユナはその様子を見ていた。
「その子でいい」
前と同じことを言う。
「力のあるやつは、軽い荷を軽いってだけで乱暴に扱う」
「聞こえてんぞ」
ハムが言う。
「聞かせてるの」
ユナは平然と返した。
布包みは三つ。細長い木箱が二つ。古着の束が四つ。数だけ見れば大したことはない。だが、それぞれ置く向きが違い、上に何を重ねていいかも違う。
メルカが荷の横にしゃがみ込んだ。
「布は上。木箱は下。でも端に寄せすぎると揺れる」
「分かるならやれ」
ガルドが言う。
「やるけど、持つのはその子の方がいい」
メルカはセナを顎で示した。
「私は道見るから」
結局、布包みはセナが両手で抱え、フィノが空いた縄を持ち、メルカが先に通りを見て、ガルドが前に立つ形になった。大きな荷車一台ではなく、小さく何度も運ぶ。
最初の包みを持ち上げた時、セナはあまりに慎重で、動きが止まりそうになる。
「遅ぇ」
ハムが言いかけたところで、ガルドがそちらを見る。
それだけで、ハムは口を閉じた。
「落とすよりいい」
ガルドが短く言う。
「運べ」
「……はい」
セナは小さく答えた。
歩幅は狭い。
足も遅い。
だが、包みは揺れない。
市場裏の石畳は平らではない。荷車の轍で窪んだ場所もあるし、昨日の雨が乾ききらず滑るところもある。セナはそういう場所でいちいち足を止めかける。普通なら邪魔だ。急ぎの現場では一番後ろへ回される。
だが今日は違った。
「そこ、左」
メルカが言う。
「水、残ってる」
セナは素直に左へずれる。
そのまま布包みを抱えたまま、店先の段差を見て止まる。
「上げる?」
フィノが聞く。
「……だいじょうぶ」
セナはそう言って、片足ずつ確かめるように上がった。
時間はかかる。
だが、角はぶつからない。
布も擦らない。
露店先で受け取ったユナは、包みの端を確かめてから小さく頷いた。
「それでいい」
彼女は言う。
「速くなくていいから、そのまま持ってきて」
セナは目を丸くした。
褒められたと思っていない顔だった。ただ怒られなかったことに、少しだけ戸惑っている。
二つ目の木箱では、さらに差が出た。
フィノが先に手を出そうとして、ユナに止められる。
「だめ。そっちは立てると中でずれる」
「え、そうなの」
「そういう荷なの」
セナは言われた通り、木箱を胸の前で水平に抱えた。腕は震えている。重くはない。だが、落とせないと思っているせいで余計に力が入っていた。
その横を、ハムが古着の束を片手で持って通る。
早い。だが、荒い。
「見ろよ」
ユナが呆れたように言った。
「だから軽い荷は嫌なんだよ」
「古着だろ」
ハムが言い返す。
「古着でも売り物」
ユナは即座に返した。
「泥がついたら、その分だけ安くなる」
ハムは鼻を鳴らしたが、次に持つ時は少しだけ雑さが減った。
エルンが帳面を見ながら言う。
「重い荷だけではない、ということですね」
「当たり前でしょ」
メルカが答える。
「重いのは目立つだけ。面倒なのは、こういう軽くて崩れやすいの」
ガルドは黙ったまま前を歩いている。
たぶん、まだ腑に落ちきってはいない。だが、セナの抱えた布包みが一度もぶつからず、木箱の角が潰れていないのは見ていた。
荷を受け取ったユナは、数を確かめてから銀貨を置いた。
「また頼むよ」
それだけ言う。
愛想はない。だが、十分だった。
ユナが去ったあとも、セナはしばらく両手を前で固めたまま立っていた。
「……終わりました」
小さな声で言う。
「終わったな」
ガルドが返す。
「次も軽いのならお前だ」
セナはすぐには答えなかった。
やがて、少しだけうつむいたまま、
「……はい」
とだけ言った。
カイルはそのやり取りを見ていた。
強い者が要る。
重い荷を持つ者も、前に立つ者も要る。
だが、それだけでは回らない。
落とさない者がいる。
雑にしない者がいる。
遅くても、壊さず運ぶ者がいる。
弱いから向かないのではない。
弱いからこそ、向く仕事がある。
市場裏には、そういう半端な役目が集まっていた。
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