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好きと言えなかった初恋の春樹くんが、大学で私を見つけてくれました  作者: ちょこまろ


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第4話 渡せなかった手紙と、渡せなかった言葉

五年前、卒業式の日に渡せなかった手紙。


春樹と再会したことで、美雨はもう一度、その手紙と向き合うことになります。


あの頃は言えなかった気持ちを、今なら渡せるのか。


そして春樹にもまた、美雨へ渡せなかったものがありました。


五年間すれ違っていた二人の想いが、少しずつ重なり始める第4話です。

 週末、美雨は実家に帰った。


 大学から電車で一時間半。

 地元の駅に降りると、空気が少しだけ柔らかく感じた。


 母は相変わらず忙しそうに台所を動き回りながら、美雨を迎えた。


「急に帰ってくるなんて珍しいわね」


「ちょっと、部屋のもの探したくて」


「何を?」


「昔のノートとか」


 母は何か察したように、美雨をじっと見た。


「春樹くん?」


 美雨は思わず咳き込んだ。


「なんで分かるの」


「分かるわよ。帰ってきてから、少し声が明るいもの」


「声?」


「そう。電話の時より、ちょっとだけ柔らかい声してる」


「……そんなの分かる?」


「母親だからね」


 母は楽しそうに笑って、味噌汁の火を弱めた。


 美雨は赤くなった顔を隠すように、二階の自分の部屋へ逃げた。


 部屋は、大学進学で家を出た時のままだった。

 机。

 本棚。

 ベッド。

 カーテン。


 中学時代の自分が、まだどこかに残っている気がした。


 机の引き出しを開ける。


 古いプリント。

 生徒手帳。

 友達からもらったメモ。

 文化祭の写真。


 その奥に、小さな紙箱があった。


 美雨は息を止めた。


 忘れていたわけじゃない。

 ただ、開けられなかっただけだ。


 箱の中には、折りたたまれた一枚の便箋が入っていた。


 卒業式の日、春樹に渡せなかった手紙。


 美雨はそっと開いた。


 少し黄ばんだ紙に、震えた文字が残っている。


 卒業おめでとう。

 ずっと好きでした。


 たった二行。


 今見ると、幼くて、まっすぐで、痛い。


 あの頃の自分は、こんなにも春樹が好きだった。

 それなのに、言えなかった。


 その下から、もう一冊のノートが出てきた。


 中学時代に書いていた物語のノートだった。


 表紙は少し汚れていて、角が丸まっている。

 最初のページには、下手な字で題名が書いてあった。


 放課後の校庭。


 美雨はページをめくった。


 そこには、走る男の子を好きになった女の子の話が書いてあった。

 名前は違う。

 場所も少し変えてある。


 でも、どう読んでも春樹くんだった。

 どう読んでも、美雨の初恋だった。


 文章は拙い。

 同じ表現が何度も出てくる。

 会話も不自然だ。


 それでも、胸が詰まった。


 あの頃の自分は、ちゃんと何かを伝えようとしていた。

 現実では言えない言葉を、物語の中に隠していた。


 美雨は便箋とノートを胸に当てた。


 今なら言えるのだろうか。


 春樹と再会して、話すようになった。

 一緒に歩いた。

 中学の頃のことも話した。


 でも、肝心な言葉はまだ言えていない。


 好きだった。


 そしてたぶん、今も。


 スマホが震えた。


 春樹からだった。


『今日、実家?』


 美雨は驚いた。


『なんで分かったの?』


『さっき駅で見かけた気がした。声かけようとしたけど、人違いだったら恥ずかしいからやめた』


 美雨は少し笑った。


『実家だよ。昔のもの探してた』


『昔のもの?』


 美雨は手元の便箋を見る。


 言うべきか迷った。


 でも、指は自然に動いた。


『卒業式の日に渡せなかった手紙』


 送信してから、心臓が大きく鳴った。


 既読がつく。


 しばらく返信が来なかった。


 送らなければよかった。

 重かったかもしれない。

 春樹を困らせたかもしれない。


 そう思い始めた時、返信が来た。


『見たい』


 美雨は画面を見つめた。


 見たい。


 それは、どういう気持ちで言っているのだろう。


 続けて、もう一通来る。


『無理にとは言わない。でも、もし美雨が嫌じゃなければ』


 春樹らしい。

 踏み込むけれど、逃げ道をちゃんと残してくれる。


 美雨は便箋を見つめた。


 五年前は渡せなかった。

 でも今、また渡す機会が来ている。


 怖い。

 けれど、もう逃げたくなかった。


『明日、大学で渡す』


 送ると、すぐに返事が来た。


『ありがとう。大事に読む』


 その言葉を見た瞬間、美雨の胸が熱くなった。


 翌日。


 美雨は便箋を鞄の中に入れて大学へ向かった。


 何度も鞄を確認した。

 落としていないか、折れていないか、気になって仕方がない。


 中学時代のノートも一緒に入れた。

 見せるつもりはない。

 でも、持っていきたかった。


 講義の内容はほとんど頭に入らなかった。


 夕方、春樹と図書館裏のベンチで待ち合わせた。


 春樹は練習前らしく、ジャージ姿だった。

 美雨を見ると、少し緊張したように笑った。


「来てくれてありがとう」


「ううん」


 二人はベンチに並んで座った。


 美雨は鞄から便箋を取り出す。

 指が少し震えていた。


「これ」


 春樹は両手で受け取った。


 その丁寧さに、美雨は泣きそうになった。


「今、読んでいい?」


「……うん」


 春樹はゆっくり便箋を開いた。


 たった二行。

 読むのに時間なんてかからない。


 それなのに、春樹はしばらく黙っていた。


 美雨はその横顔を見られず、膝の上で両手を握りしめた。


 やっぱり恥ずかしい。

 昔の自分を丸ごと差し出したみたいだ。


 春樹が静かに息を吐いた。


「美雨」


「うん」


「これ、卒業式の日に?」


「うん。渡すつもりだった」


「どうして渡さなかったの?」


「怖かったから」


 美雨は正直に言った。


「好きって言ったら、今までみたいに見てることもできなくなる気がした。春樹くんに気持ち悪いって思われたらどうしようって。だから、言えなかった」


「思うわけない」


 春樹の声が、少し強くなった。


 美雨は顔を上げた。


 春樹は便箋を大事そうに持ったまま、美雨を見ていた。


「俺、あの日もらってたら、たぶんすごく嬉しかった」


「……本当に?」


「本当に」


 春樹は少しだけ笑った。


「というか、今でも嬉しい」


 胸が、ゆっくり温かくなる。


 春樹は便箋を折り直し、大切そうに封筒へ戻した。


「俺も、渡せなかったものがある」


「え?」


「今度、見せる」


「今度?」


 春樹は少し困ったように笑った。


「ごめん。今は持ってない。でも、美雨の手紙を読んで、ちゃんと見せなきゃって思った」


「何を?」


「卒業式の日、俺も美雨に渡そうとしてたもの」


 美雨の時間が止まった。


 聞き間違いかと思った。


 でも、春樹はまっすぐ美雨を見ている。


「春樹くんも……?」


「うん」


 春樹は少しだけ目を伏せた。


「中学の時、美雨のこと、気になってた」


 美雨は息をするのを忘れそうになった。


 そんなふうに言われる日が来るなんて、思っていなかった。


「いつも窓から見てくれてる子。休み時間は本読んでて、あんまりしゃべらないけど、掃除の時は誰より丁寧で。たまに笑うと、すごく柔らかい顔をする子」


 美雨の胸が熱くなる。


 自分ばかりが見ていたのではない。

 春樹も、自分を見てくれていた。


「でも、話しかけられなかった。美雨、俺が近づくといつも逃げるみたいに目を逸らすから」


「それは……緊張してたから」


「今なら分かる」


 春樹は少し笑った。


「でも中学の俺には分からなかった。嫌われてるのかと思った」


「そんなわけない」


 美雨は思わず言った。


 春樹が嬉しそうに目を細める。


「うん。今聞けてよかった」


 風が吹いた。


 図書館前の木々が揺れ、雨上がりの匂いがかすかに残る。


 春樹は手元の封筒を見つめてから、ゆっくり言った。


「俺たち、ずっとすれ違ってたんだな」


「うん」


「五年も」


「うん」


「でも、同じ大学で会えた」


 春樹が美雨を見る。


「今度は、すれ違いたくない」


 その言葉は、告白のようで、まだ告白ではなかった。


 でも美雨には十分だった。


 心の奥にしまっていた初恋が、もう隠れられないほど大きくなっている。


「私も」


 美雨は小さく言った。


「私も、もう逃げたくない」


 春樹は、少し驚いたように目を見開いた。

 それから、ゆっくり笑った。


 その時、春樹のスマホが震えた。


 画面を見た春樹の表情が、少し曇る。


「ごめん。部活の集合、早まった」


「大丈夫。行って」


「うん」


 春樹は立ち上がりかけて、ふと美雨の鞄を見た。


 少しだけ見えていた古いノート。


「それ、中学の時の?」


 美雨はとっさに鞄を閉じた。


「うん。でも、これはまだ無理」


「そっか」


「ごめん」


「謝らなくていい」


 春樹は優しく言った。


「俺がちゃんと走れたら、読ませて」


「え?」


「次の記録会。俺、出るか迷ってた。でも出る。逃げない」


 春樹の目が、夕方の光の中でまっすぐ美雨を見た。


「だから美雨も、いつかでいいから逃げないで」


 美雨の胸が震えた。


 春樹は無理に笑っているわけではなかった。

 怖さを抱えたまま、それでも前に進もうとしている顔だった。


「……分かった」


 美雨は言った。


「春樹くんが走るなら、私も書く。ちゃんと最後まで」


「約束?」


「うん。約束」


 春樹は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 春樹がグラウンドへ向かって走っていく。


 その背中を見送りながら、美雨は鞄の中のノートに触れた。


 春樹は渡せなかったものがあると言った。

 そして、次の記録会に出ると言った。


 美雨にも、渡せなかったものがある。

 見せられなかった物語がある。


 次は自分の番なのかもしれない。


 美雨は夕暮れの中で、小さく息を吸った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


五年前、美雨だけが想いを伝えられなかったわけではありませんでした。


春樹もまた、美雨を気にかけながら、言葉にできずにいたのです。


そして二人は約束します。


春樹は、怖くなっていた「走ること」から逃げない。


美雨は、誰にも見せられなかった「書くこと」から逃げない。


「春樹くんが走るなら、私も書く。ちゃんと最後まで」


次はいよいよ最終話。


五年前に渡せなかったものと、言えなかった「好き」。


二人の初恋が、ようやく答えにたどり着きます。

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