第28話:最果ての愛のテイスティング
魂の契約を交わしてから数日が過ぎ、リリアーナの魔力は、鏡の向こうから供給される絶望を糧にいよいよ神々しいまでの極致に達していた。
ゼパルはある日の午後、余興と称してリリアーナを「断絶の間」の正面へと連れ出した。
「リリアーナ、今日は私の城の大切な備品を見せてあげよう。お前の幸福を支えるために、日々絶望を紡ぎ出す家畜たちだ」
鏡の裏側、アリステア、アドラー公爵、ヘンリックの三人は、リリアーナが近づいてくる気配に、消えかけた命の灯火を激しく燃やした。
鏡越しに、至近距離で対峙するリリアーナ。
彼女の瞳は、かつてないほどに澄み渡り、自分たちが知る「泥を啜っていた娘」の面影は微塵も残っていない。
アリステアは、ひび割れた唇を動かし、音にならない声で彼女の名を呼んだ。
リリアーナは、鏡の中に展示された「醜い生き物」たちを、まるで珍しい深海の怪物でも眺めるような無機質な視線で見つめた。
「……ゼパル様。これが、私のために働いてくれている生き物なのですか? 随分と、見るに堪えない姿をしていますのね」
彼女の声には、憐れみすら含まれていなかった。
ただ、美しい庭園に迷い込んだ害虫を眺めるような、純粋な嫌悪感だけが漂っている。
ゼパルは愉悦に目を細め、わざとらしく足元を指し示した。
「おや、こんなところにゴミが落ちているな。リリアーナ、拾ってごらん。それは彼らがかつて、もっとも大切にしていた『愛の証』らしいよ」
リリアーナは小首を傾げ、床に転がっていた安物の、けれど磨り減るほどに持ち歩かれていた小さな宝石を拾い上げた。
それは五年前、アリステアが気まぐれに、彼女の誕生日に買い与えた安物の指輪だった。
当時の彼女は、それを世界で一番の宝物だと思い込み、毒に侵され指が腐りかけても、決して手放さなかったものだ。
アリステアは、その指輪を見て、一筋の希望に縋った。
それを手に取れば、ほんの少しでも、あの頃の献身的な彼女の記憶が蘇るのではないか。
しかし、リリアーナは指先でその指輪をつまみ上げると、心底不思議そうに目を細めた。
「……これ、ゴミ箱に落ちていましたわよ。こんな濁った石、私のドレスを汚すだけですわ」
彼女は、かつて自分の命よりも大切だったはずの指輪を、無造作にアリステアの檻の正面へと蹴り捨てた。
カラン、という虚しい音が、アリステアの心臓が砕ける音のように響く。
「汚らわしくて、見ていられませんわ。ゼパル様、早く、私の視界からこれらを消してくださらない? 漂ってくる負け犬のような匂いが、私の肺を汚してしまいそうですわ」
リリアーナは、ドレスの裾を汚さないように引き寄せ、一度も振り返ることなくその場を立ち去った。
アリステアは、床に転がった自分の「愛の残骸」を見つめ、声にならない慟哭を上げた。
自分がかつて彼女に投げつけた「汚らわしい」という言葉。
それが今、彼女の純粋な無関心によって、呪いとなって自分を永遠に縛り付ける鎖となったのだ。
ゼパルは、アリステアの檻の前にしゃがみ込み、彼の絶望で満たされた紫の魔力を指先で弄んだ。
「素晴らしい。お前の絶望が、リリアーナをさらに美しくしたよ。これこそが、私が求めていた『最果ての愛』の形だ」
リリアーナにゴミとして扱われた事実は、アリステアにとって、死よりも重い永劫の刑告としてその魂に刻み込まれた。










