巨大な黒翼が、空を覆い尽くした。
結衣の手は、震えていた。
怖い。
心の奥を抉られるみたいだった。
“嫌われる”
“迷惑になる”
“いつか捨てられる”
そんな声が、何度も頭の中へ響いてくる。
でも。
それでも。
結衣は春の手を離さなかった。
「……私は、隣にいるから」
その言葉が。
春の胸へ、真っ直ぐ届く。
春の中にも、ずっと怖さがあった。
また一人になること。
期待して、裏切られること。
だから。
誰にも頼らないようにしてた。
傷つかないように。
でも。
結衣だけは違った。
何度傷ついても。
怖くても。
ちゃんと隣へ来てくれる。
春は握られた手を見る。
暖かい。
その温もりだけで。
闇の声が、少し遠くなる。
春は小さく笑った。
「……ありがとな」
結衣の瞳が揺れる。
春は結衣の手を、今度は自分から握り返した。
「俺もいる」
結衣の胸がドクンと鳴る。
春は真っ直ぐ言った。
「結衣が怖い時は、俺が隣にいる」
その瞬間。
二人の紋章が、強く輝いた。
──パァァァァ!!
虹色と金色の光。
今までで、一番優しい光だった。
アリアの黒羽が、少しずつ消えていく。
アリアの瞳が揺れた。
『……え』
結衣は涙を拭きながら、アリアを見る。
「怖いのは、消えないよ」
声は震えている。
でも。
ちゃんと前を向いていた。
「でも」
結衣は春の手をぎゅっと握る。
「誰かが隣にいてくれたら、立てるから」
春も笑う。
「一人じゃ無理でも、二人なら進める」
その言葉に。
アリアの表情が崩れた。
まるで。
忘れていたものを見たみたいに。
黒羽が揺れる。
『……どうして』
アリアの声が震える。
『どうして、そんな顔で笑えるの』
その瞳には、怒りじゃなく。
苦しみがあった。
春は気づく。
この人も。
ずっと一人だったんだ。
アリアは頭を押さえる。
黒い闇が漏れ出す。
『信じたのに』
『全部壊れたのに』
空間が歪む。
悲しみが、そのまま魔力になっていた。
結衣は苦しそうにアリアを見る。
胸が痛い。
まるで。
泣いている子どもを見てるみたいだった。
結衣は一歩前へ出る。
春が驚く。
「結衣?」
結衣は小さく深呼吸した。
怖い。
でも。
放っておけなかった。
結衣は震える声で言う。
「……一人だったんだね」
アリアが止まる。
紅い瞳が揺れた。
結衣は続ける。
「苦しかったんだよね」
その瞬間。
アリアの闇が、大きく揺らいだ。
『……黙れ』
声が震えている。
結衣は逃げなかった。
「私も怖かった」
「嫌われるの怖かった」
「一人になるの怖かった」
結衣は春を見る。
そして、少し笑った。
「でも、春くんが手を握ってくれたから」
春の胸が熱くなる。
結衣はアリアへ手を伸ばす。
「だから今度は、私が──」
だが。
その瞬間だった。
アリアの胸へ、黒い紋章が浮かび上がる。
ゼルヴァの顔色が変わる。
「まずい!!」
アリアが苦しそうに目を見開く。
『ぁ……』
黒い鎖が、空間から現れた。
アリアの身体へ巻き付いていく。
『いや……』
エリシアが叫ぶ。
「深淵王の強制制御です!!」
アリアが苦しそうに頭を押さえる。
『やめ……』
だが。
黒い闇が、さらに膨れ上がる。
空が割れる。
川が逆流する。
ミアが青ざめた。
「こんなの……!」
春は剣を握る。
結衣も杖を構える。
アリアは涙を流しながら、苦しそうに叫んだ。
『逃げて……!!』
次の瞬間。
巨大な黒翼が、空を覆い尽くした。




